Chapter 17: A Sea Battle?
バシントンDC、ブラックハウス。
カチッ。
カチカチカチカチ。
リリスはソファに優雅に寝そべり、脚を組みながら、手に入れたばかりのスマートフォンを夢中でスクロールしていた。まるで、今まで知らなかった種類の誘惑を丸ごと発見してしまった人間のような集中力だ。
部屋の反対側では、ソロとバブが妙に姿勢よく――いや、よすぎるほど直立して――座っていた。
そして二人の視線の先には、恐ろしい速度でそろばんを弾いているモニーの姿がある。
小さな髑髏の珠が、骨でできたフレームの上をパチパチと弾けるように行き来する。計算のたびに、装置全体が不吉にガタガタと震えた。
その上部には、誇らしげに彫られた名札が輝いている。
――《マモン・スプレッドシート》。
ムリカでは、デジタルの金融システムなど何十年も前から存在している。
だが、モニーはそんなもの気にしない。
彼の悪魔の脳は、どんなソフトウェアよりも速く数字を処理できる――ただし金融に関してのみ、そして金融に関してだけだ。
その結果、彼はこの不気味すぎる完全カスタムそろばんを頑なに使い続けていた。
材料は、過去の債務者たちである。
「MOAB……17万ドル……」
モニーは低く呟いた。
「クソ……戦争なんて大嫌いだ……」
カチンッ!!
最後に髑髏の珠を劇的に弾き、彼はそろばんをバンッと閉じた。
そして眼鏡の上から、ゆっくりと視線を持ち上げる。
その先にいるのは、ソロとバブ。
「今年のGDP目標は本来1.5%成長だった」
モニーは鋭く言い放った。
「だが今はどうなってる?」
彼はそろばんを指でトントン叩いた。
「マイナス0.5%だ、クソが」
静かな怒気が部屋に広がる。
「その状況で――」
モニーはゆっくりと二人を睨みつけた。
「よくもまあ、このドローンプログラムとやらの資金を俺に出せなんて言えたもんだな?」
「いやいやモニー」
ソロはうめくように言った。
「そりゃ金は燃えるだろ。衛星打ち上げたばっかだし、戦争中なんだぞ」
彼は両手を広げた。
「だからこそ、このドローンが必要なんだよ」
悪魔と交渉するのは難しい。
魔公爵と交渉するのは、さらに難しい。
ソロはこの数年で学んでいた。
ベルフィーやスタンのように柔軟なタイプなら、交渉は成立する。多少遊び場を与えてやれば、あとは勝手にいい子に振る舞う。
だがモニーは違う。
彼は堅物だった。
規律正しく、冷酷で、そして――
ムリカの財政を完全に握る唯一の存在。
彼の許可なしに、金は一ドルたりとも動かない。
ムリカ建国以前、悪魔たちは欲しい物はすべて力で奪っていた。
金など無意味だった。魔王ですら、そんなもの気にしていなかった。
つまり――
新しく生まれた国家ムリカは、スタート時点で見事なまでに無一文だった。
ただし。
モニーだけは例外だ。
モニーは富を愛していた。
彼の城はまるでドラゴンの宝物庫のようだった。金貨の山がきらめき、遺物は推定転売価格ごとに整理され、何世紀にもわたる悪魔の略奪品が恐ろしいほど正確にカタログ化されている。
要するに――
ソロたちは、モニーにとんでもない額の借金をしている。
事実上、彼はムリカの非公式中央銀行だった。
この国の政治構造を簡単にまとめるなら、こうだ。
「スタートアップ企業」
対
「超イライラしている投資家」
「大丈夫だ、ソロ。ここは俺に任せろ」
バブが自信満々に言い、ソロの肩をぽんと叩いた。
ソロはまったく安心していない顔だった。
「モニー」
バブは胸を張って言う。
「俺たちは何千年の付き合いだ。お前が、確実な利益の見込みがない投資を嫌うことくらい知ってる」
彼は両腕を大げさに広げた。
「だからこそ、これを用意した!」
バサッ。
バブは数枚の設計図をテーブルの上に投げた。
その青写真は、一目でわかる。
明らかにアポロ11号の宇宙船をモデルにしている。
ただし――
タイトルはこう書かれていた。
《HADES 13》。
「おお、バブ! ついにその時が来たのか!?」
ソロの目がぱっと輝いた。
「またロケット打ち上げか?」
モニーは眼鏡を押し上げながら、感情のない声で言った。
「フフフ……」
バブは腰に手を当ててニヤリと笑う。
「だが今回は違う」
彼はぐっと身を乗り出した。
「俺たちは悪魔を宇宙へ送り――」
一拍。
「――月を征服する!」
バブはさらに別のスケッチを取り出して見せた。
今度の絵は、明らかに彼自身の作品だった。
「精密な設計図」というよりは、「誇らしげな小学一年生の図工作品」に近い。
にこにこ笑う悪魔の宇宙飛行士が、丸くて楽しそうな月の上に立っている。そしてそこには、空気もないのに元気よくはためく五芒星の旗が突き立てられていた。
「俺たちが最初にそこへ到達する国家になるんだ!」
バブは誇らしげに宣言した。
「そしてそこにある資源は全部――俺たちのものだ! ハハハハハ!」
ビリィッ。
「却下」
モニーは無表情で言いながら、その絵をきれいに真っ二つに引き裂き、ゴミ箱に放り込んだ。
「ノォォォ! ミスター・ハンドストロング!!」
バブが悲鳴を上げた。
「なんでだよぉぉぉ!?」
ソロも胸を押さえて大げさに叫ぶ。
「バブ……」
モニーは鼻の付け根をつまみ、深いため息をついた。
「お前は天才だ。そこは認める」
彼はテーブルを指でコツコツ叩いた。
「だがな。なぜか同時に、どうしようもないバカでもある」
身を乗り出し、冷静な声で続ける。
「俺にさらに七千万ドル、宇宙ロケットに使わせたい? いいだろう」
「仮に月で金鉱を見つけたとする」
モニーは眼鏡越しにバブを見た。
「その金をタルヴァリスまで運ぶのに、いくらかかると思ってる?」
「で、でも……!」
バブは慌てて言い返した。
「プロパガンダにも使える! 世界に俺たちの国の強さを見せつけられる!」
「だったらベルフィーに映画でも作らせて、月面着陸を捏造しろ!」
モニーは怒鳴った。
「その方がよっぽど安い!」
パン。パン。パン。
「はいはい、そこまで」
リリスが鋭く手を叩いた。
子供同士のケンカのようにエスカレートしていた口論が、ぴたりと止まる。
彼女は身を乗り出し、頬杖をついた。
「モニーの言う通り、月で金を探すのはバカで子供っぽいと思うけど――」
「ベイビー……なんで……」
ソロが情けない声でぼやく。
「でもね」
リリスは口元を少し吊り上げた。
「ドローンプログラムが重要っていう点には、私も同意するわ」
彼女は姿勢を正し、数枚の写真をテーブルの上へ滑らせた。
衛星写真だった。
レイヴンドーン王国。ドーン州。
いくつもの場所に赤い円が描かれている。
「だからどう? 金を探すなら、もう少し家の近くで」
モニーの目が細くなる。
「これは何だ?」
「私たちの衛星技術を使えば」
リリスは落ち着いた声で言った。
「科学者たちが、石油を含んでいる可能性のある地層を特定できるの」
「できるのか?」
バブがぱちぱちと瞬いた。
「黙りなさい、バブ。あなた、自分が興味ない部署の報告なんて一度も確認しないでしょ」
リリスは小声で毒づいた。
「数は?」
モニーが短く聞く。
「今のところ九カ所。どう思う?」
モニーはゆっくりと椅子にもたれた。
そして、口元に笑みが広がる。
「ふむ……」
満足そうに頷いた。
「いいな」
彼は静かに言った。
「これこそ――」
モニーの笑みが、少しだけ邪悪に深まる。
「他国に“自由と民主主義”を届けるってやつだ」
「で?」
リリスは身を乗り出し、得意げな笑みを浮かべた。
「取引成立ってことでいい?」
ソロとバブは、ぽかんと彼女を見つめた。
リリスは今、悪魔公爵――しかも財務担当の魔公爵――との交渉に勝ったのだ。
しかも、またしても。
コンコン。
ノックの音がして、軍の副官がソロの執務室に入ってきた。
「失礼します、閣下。ヴァンドリア艦隊が、いまだにこちらの海域へ向かって航行中との報告が入りました」
「ん?」
ソロは眉をひそめた。
「昨日、あいつらの地上軍をボコボコにしたばっかだろ? なんでまだこっちに向かってくるんだ?」
「おそらくですが……」
副官は少し困ったように言った。
「地上軍のマナ通信装置が破壊されたためかと。別のマナ通信を見つけるまで、状況報告ができないのだと思われます」
「あー」
ソロはうなずいた。
「そういえば、あいつらの通信装置って、やたらデカくて不便なんだったな」
彼は手をひらひら振った。
「まあいいや。じゃあスタンとルサルカ提督に――」
「ああ、ちょっと待て、ソロ」
モニーが口を挟んだ。
薄く笑っている。
「いい考えがある」
彼は両手の指を組んだ。
「これなら、ドローンプログラムの予算についても、少しは寛大になれるかもしれんぞ。フフフ」
―――
ムリカ沿岸 北西160キロ。
一隻の空母が、堂々と波を切って航行していた。
その周囲を、八隻の駆逐艦と二隻のフリゲート艦が護衛している。
海は穏やかで、空も晴れ渡っていた。
そして――
HMSバハムートの艦内の士気は、珍しいほど高かった。
艦橋では、士官たちが軽快に動き回っている。
その中心に立つのは、艦隊の中で最も多くの勲章を胸に飾った人物――
誰よりも多くのバッジを身につけた、美しいセイレーンの提督だった。
「ら~らら~♪」
ルサルカ提督は上機嫌で鼻歌を歌っている。
「いい天気ですね、提督」
キャプテン・ケトゥスが海を眺めながら言った。
「ええ、本当に」
ルサルカは穏やかに答える。
「私たちにとって初めての本格的な海戦ですもの」
「地上軍が負けたって聞いた時は、敵が撤退するかと思いましたけどね」
ケトゥスは笑った。
「どうやら運が向いてきたみたいだ」
「やっと……」
ルサルカは満足そうにため息をついた。
「もうクラーケン退治しなくていいのね」
神の結界の内側で使える海域は、わずか二百マイルほどしかない。
そのためムリカ海軍は、何十年もの間、ほとんど沿岸警備隊のような任務しかしてこなかった。
今までの敵といえば――
① 巨大タコ
② もっと巨大なタコ
③ 少し小さいけど数が多いタコ
そんな連中ばかりだった。
だがソロは、将来の世界規模の戦争では、まともな海軍が絶対に必要になると主張していた。
ほとんどの悪魔たちは、内心では「大げさだな」と思っていたのだが。
「提督、防衛省から通信です」
通信士が報告した。
「ちょうどいいわ。命令が来たみたいね」
ルサルカは受話器を取った。
「もしもし、防衛大臣。昨日の勝利、おめでとうございます……」
彼女は話を聞きながらうなずく。
「はい、射程内に入っています……ええ……ええ……?」
うなずきが止まった。
「……どういう意味ですか?」
キャプテン・ケトゥスは、彼女の顔から血の気が引いていくのを見た。
「スタァァァン!! このクソ野郎ォォォ!!」
ルサルカの怒号が、艦橋に響き渡った。
―――
ムリカ沿岸 北西250キロ
ヴァンドリア対悪魔討伐艦隊
ヴァンドリア艦隊は、整然とした隊形を保ちながら前進していた。
その姿は、まるで地球の18世紀の戦列艦を思わせる壮麗な大艦隊。
ただし違うのは、各艦に搭載された魔導砲だった。
それらは地球の砲よりも、倍近い射程を持つ。
さらに甲板の各所には、戦闘魔術師たちが配置されていた。
彼らが艦隊の火力を補助するのだ。
旗艦の甲板では、ロレンツォ提督が士官たちと共に海を見渡していた。
「ピエール公爵の軍から、まだ連絡はないのか?」
「ありません、提督」
「まだ二日目ですし」
別の士官が言った。
「おそらく、まだ戦闘中でしょう」
「……そうだな」
ロレンツォは少し考えてからうなずいた。
「戦場では通信が途絶えるのは珍しくない」
彼はわずかに眉をひそめた。
「とはいえ、悪魔の海で目隠し航行というのは、どうにも落ち着かん」
「ご安心ください、提督」
士官の一人が自信ありげに言った。
「この艦隊の規模なら、たとえ最も危険な海の魔物――クラーケンであっても討伐できます」
ロレンツォはうなずいた。
彼の艦隊は巨大だった。
124門砲艦が十二隻。
64門砲艦が三十隻。
さらに、捕らえた悪魔奴隷を運搬するためのフリゲート艦が四十隻。
そして歴史的に見ても――
悪魔が海軍を持ったことは、一度もない。
ピエール公爵の軍に何が起きたとしても――
それが自分たちに起きるはずがない。




