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第七話『夏の思い出づくり』

『あの夏の思い出』は自分のものではない。別の世界を観測したハコの記憶──。


とんでもない話を打ち明けられてから一夜明けた今朝も、透はまだ現実ごととしての実感が湧かず、ぼんやりと通学路を歩いていた。


「どうした?やけにぼーっとしているな?」


透を見つけた正司が、後ろから声をかけてきた。


「いや、別に……」


透は『実は異世界の記憶を持ってる』とはさすがに言えず、ただ一言そう返した。


「ところで、明日からお前はどう過ごすんだ?バイトとかするのか?」


正司は透のそっけない反応を気に留めずに話を振った。


「え、なにが?」


「なにがって?明日から夏休みだろう!なにか予定があるのかと聞いているんだ」


「あ……今日、終業式か」


「おいおい、大丈夫か?せっかくの夏休み前にそんな浮ついた状態で!高校二年の夏休みは一度しか来ないんだぞ!」


透は正司の顔がほころんでいることに気づいた。


「お前……やけに機嫌がいいな」


「そうか?俺はいつも通りだぞ!まぁ昨日の太鼓の練習で、諸先輩方に筋がいいと褒められはしたがな!日和も俺の腕前を褒めていたぞ!あいつも見る目があるな!」


「もう夏祭りの練習始めてたのか!?気合い入りまくってるなー」


透は自分の夏休みの予定が特にないことに、焦りを感じ始めた。


「お前こそ、そっちに気を取られてて大丈夫なのか?生徒会の活動は夏休みもあるんだろ?」


「生徒会のほうなら問題ない。夏祭りで太鼓役に任命されたと会長に話したら、立派な地域貢献活動だってことで、夏休み中の俺の業務を減らしてくれたんだ!まるで太鼓に呼ばれたみたいだな!」


正司は無邪気に笑っている。


「まぁ、お前が楽しそうでなによりだよ」


正司の笑顔を見ていると、透の焦りは自然に消えていた。


「それで?お前はなにか予定があるのか?」


「うっ…お前さっきの会話で察しろよ……。なんもないよ」


「そうか!だったら急いで予定を入れたほうがいいぞ!高校二年の夏休みは一度しか来ないんだからな!」


「聞いたってそれ……」


「俺はすでに、夏祭りの練習を始めている!昨日は諸先輩方に筋がいいと褒められてな!それに日和も俺の腕前を褒めていたぞ!なかなか見る目があると思わないか?」


「だから聞いたって!」


「そうだったか?──それより、お前夏休みの予定はあるのか?」


「なんのゲームか知らないけど、朝から勘弁してくれ……」


「?」


終業式は予定より早く終わった。


透は体育館から教室へ戻る道中でスマホを開いた。すると、日和から放課後に前回と同じバーガー店に来るよう、メッセージが届いていた。透は『終わり次第向かう』と返信したが、今学期最後のホームルームがだらだらと長引き、結局、想定よりも遅く学校を出た。


店に到着した透は、前回と同じボックス席をのぞいてみた。すると、すでに到着していた正司と日和がそれぞれストローでジュースをすすっているところだった。


「ごめん、おまたせ」


透が席に座るなり、すぐに店員が水を持ってきた。


「あ、ジンジャーエールで」


急かされていると感じた透が慌てて言うと、店員は黙って頷き、立ち去った。


「さて、おふたりとも今日はよく集まってくれました!」


日和は通学カバンから綺麗に折り畳まれた模造紙を取り出し、テーブルに広げていく。


正司は自分と日和のジュースをテーブルの端へ寄せ、日和に聞いた。


「なんだこれは?」


「まぁ、落ち着いてって!」


そう言う日和のテンションが一番高かった。


テーブルいっぱいに広げられた模造紙には、すでに紫の油性ペンでマス目が引かれている。各マス目には緑やオレンジ色の油性ペンで数字と曜日が振られている。どうやら、大きな手作りカレンダーのようだ。マス目の上には大きく『めいっぱい遊ぼう!夏の思い出作り!』と丸っこくて可愛い文字でタイトルが書かれている。その周りにはひまわりや花火の挿絵が入っていて、なかなか手が込んでいる仕上がりだ。


「せっかく小学校ぶりに再会したんだし、夏休みはなるべく三人で遊ぼうって!でも、毎回それぞれの予定聞くのも大変だし。それで、三人で遊べる日と、その日なにするかを先に決めて書いちゃえばいいじゃん!って思ったんだー!」


日和は世紀の大発見をしたように誇らしげだ。


「これ全部日和が作ったのか?」正司は少し驚いている。


「そー!かわいいっしょ?スケジュール書き込んだら、最後にみんなでデコるから!」


日和はそう言いながら、今度はカバンから台紙にぎっちり詰まったデコレーション用シールを何枚も取り出し、テーブルに並べた。きらびやかで派手なシールがずらりと並ぶ。


「これ全部百均なの!めっちゃかわいいよねー!」


「書くよりスプレッドシートで共有したほうが早くね?」


透はそう言って自分のスマホを指さしたが、日和に睨まれ、「いや、手書きのほうが見やすいかー……」とすぐさま訂正した。


日和が用意したいろんな色の油性ペンを使い、三人でカレンダーのスケジュールを埋めていった。


「なんだか懐かしいね。この感じ」


日和は次に使うペンの色を選びながら言った。


「あぁ。この三人でまた一緒に遊ぶことになるなんてな!」


正司はうれしそうに言った。


「そうだな」


透はそう言いながらも、ハコも一緒ならもっといいんだけどなと思った。


カレンダー制作途中で、三人はジュースとバーガーを追加注文した。そして、デコレーションまで終えた頃には、すでに三時間が経過していた。透は氷が溶けてしまったジュースを一気に飲み干し、「しかし、日和も忙しいんだな」と言った。結局、三人の予定のすり合わせは、一番多忙の日和にふたりが合わせることになったからだ。


「まぁ盆踊りの練習とバイトと、あと県展の準備があるからねー」


「日和の高校って、バイトOKなんだ。意外かも」


「あ、いやー…本当はダメなんだけどね。うち、あんま経済的に余裕あるほうじゃないから、学校に特別に許可もらってんだー。ははっ」


日和は照れくさそうにそう答えたが、透は自分の進みたい道のために頑張っている日和を、素直に尊敬した。


「まずいっ!教室に忘れ物をした!」


バーガー店を出た途端、正司が大声を出した。


「学校に戻るっ!すまないが、先に帰っててくれ!」


正司はそう言い残し、あっという間に走って行ってしまった。


「珍しいな。あいつが忘れ物なんて……」


透はすでに小さくなった正司を見つめながら言った。


「とりあえず…ふたりで帰ろっか?」日和が先に歩き出した。


「どっち行くんだよ。帰り道逆だろ?」


透は日和が向いている反対方向を指さした。


「あ、あははっ。本当だ!うっかりしてたー!」


「まったく、ふたり揃ってなにしてんだよ……」


このとき、透の脳内に去年の出来ごとがフラッシュバックした。


(俺もハコの記憶が伝染する前、忘れ物とか道間違えとかよくしてたっけ。……あれ……もしかして)


「さっ、帰ろー。……ん?まーた、なんか考えごとしてる?」


「あ…いや。なんでもない」


こうして、透たちの夏休みが始まった。──しかし、事態はすでに動き出していた。

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