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第四話『銀髪の少女』

マルシェ当日。正司と一緒に、日和の学校へ歩いて向かっていた透は、ぼそっとつぶやいた。


「自分のやりたいことを貫いてる日和はすごいよな」


日和の通う高校は美術大学附属の私立の中高一貫女子校だ。美大附属ということで芸術に関心の高い生徒はもちろん、中高一貫の男子禁制校という環境に、親が安心できるという理由から入学させられた生徒も多い。小学生の頃から絵が大好きだった日和は当然前者のほうだ。


「正司も生徒会頑張ってるしさ。その点、俺はなにもやりたいことがないからなぁ……」


こんなことをぼやいたのはいつぶりだろうか。透は自分で話しながら思った。


「ないのか?やりたいこと」正司は意外そうに言った。


透は『俺にあるわけないじゃん』と言いかけたが、なんだか虚しくなって、頷くだけにした。


ふたりが学校に着くと、正門から校舎へ続く通路の両脇には、ずらりとイベントテントが並んでいた。フランクフルト屋にたこ焼き屋、クレープ屋と飲食ブースが続く。想像より来場客は多く、すでにいろんなブースに列ができ始めていた。


日和の言っていたように、生徒の家族らしき来場客も見かけるが、透たちのように他校の生徒もたくさん見かけた。日和たちが頑張って集客したのだろうなと透は思った。


しばらく歩いていると、校内に入ってから黙っていた正司が、ようやく口を開いた。


「私立のお嬢様学校だからどんな店が出ているかと思ったが、案外庶民的な店が多いんだな」


彼の言うように、出展ブースの大半は、イベントでよく見かける定番ものだった。しかし、どのブースも看板に可愛いイラストが描かれていたり、受け渡しテーブルの上に花の装飾がされていたりと、女子らしい『細やかなこだわり』があった。そして、当たり前だが、店番が全員女子生徒という事実が、透と正司には新鮮だった。


「なんか緊張するなぁ……」


自分の学校で催される文化祭などとはまた違う、華やかな空気感に透はそう言った。


「はっはっはっ!お前はウブだな!」


正司は豪快に笑っている。


先ほどから何度も正司がハンカチで額の汗を拭っているのを見ていた透は、(お前には言われたくない)と心の中で思った。


ふたりは通路を抜けて一度校舎を通り、中庭へ出た。そこではハンドメイドブースのテントが、中庭を囲むように円形に配置されていた。


飲食ブースの通りに比べると客の数もだいぶ落ち着いているが、そのほうが、ゆっくりと並べられたハンドメイド作品を見られるため、来場客には好都合のようだった。日和はそのうちのひとつ、ハンドメイドアクセサリーのブースを担当していた。


「来てくれてありがとー!」


日和の元気な声が、透と正司を迎え入れた。イベントに合わせてエプロンを身につけた日和の姿は、先日会ったときよりも家庭感が出ていて、透は少しほっとした。


「こんにちはー!──あっ!このふたりが日和の幼なじみ?」


日和よりも一段と大きな声の小柄な女子生徒が、テントの奥から出てきた。日焼けした褐色の肌に、黒い短髪。ぱっちりとした大きな瞳が印象的だった。透の頭に『活発』という二文字がよぎった。


「そうそう。こっちが透でこっちが正司ね!ふたりとも、この子は私と同じクラスのナツメ!」


日和がうれしそうに紹介していく。


他に客がいなかったこともあり、四人はブースの中でしばらく立ち話をした。


ナツメの口から語られる学校での日和の様子から、真剣に絵に向き合っているのがわかり、透は自分のことのようにうれしく感じた。しかし、絵の話をしている間、日和はなぜかあまりしゃべろうとしなかった。


正司はナツメに聞いた。


「ふたりの作品は展示されてないのか?ぜひ見てみたいものだ」


「あー、うちらの学年は今年の作品はあんまないんだー。秋の県展に向けて絶賛製作中だから!でも、去年の絵だったら、一階の廊下に貼り出されてるよー!ぜひ見てって!」


「日和のもあるのか?」透はそう言って、日和を見た。


「あるにはあるけど……でも、去年のはそんな自信ないし」


日和は珍しく、モジモジしている。


すると、ナツメは日和の背中に両手を添え、大きな声で言い放った。


「とにかく!せっかく来てくれたんだし、三人で校内見て回りな!ここは、私ひとりでも大丈夫だから!」


そして、ぐいっとブースの外へと日和を押し出した。遠慮する日和にナツメは、「いいから!行った!行った!」と言って、さらにぐいぐい押し出した。透の頭に『豪快』という二文字がよぎった。


どうしても日和は自分の絵を見られたくない様子だったので、三人は校舎を通って飲食ブースのある通りへと戻り、たこ焼き屋の列に並んだ。


ちょうどお昼の時間というのもあり、飲食ブースはどこも長蛇の列となっていた。列に並んですぐに、透たちの後ろにも三組ほど後続ができた。


並んでいる最中、日和と正司は最近話題の恋愛ドラマ『君と、放課後のメロディ』の話で盛り上がっていた。堅物の正司が恋愛ドラマなど観ていないだろう、と透は思い込んでいたが、意外にもそのあたりに精通しているようだ。


「『君メロ』はなんと言っても、蓮くんの感情表現のうまさにあるよね〜!」


「あぁ。あの演技力には圧倒されるものがあるな!」


どうやら、主演俳優の佐藤さとう れんの演技について語り合っているらしい。名前くらいは知っているが、テレビ自体をほとんど観ない透は、すっかり会話から外れてしまった。


そこで透は、ぼんやりと周囲の人を観察して過ごすことにした。


たくさんの人がひとつの場所に集まっている光景を眺めるのは、嫌いではなかった。その人たちがどのような経緯でこの場にいるのか、人の背景を想像する時間は、どちらかといえば楽しかった。そうやって頭の中で想像を広げている時間だけは、不器用な自分がこの世界とうまく付き合えているような感覚がした。


透は自分たちの並ぶブースからやや離れた、校舎そばの飲食ブースの列に目をやった。


(あれはたしか…カスタードたい焼きを売ってたところだっけ?)


列に並んでいる大半は女性客のようだ。


透は最後尾から順番に、客の様子を流れるように見ていく。先頭にいる、ひとりの小柄な女子生徒がちょうどたい焼きを買い終え、うれしそうに紙袋を受け取っている。女子生徒は珍しい色の髪をしている。銀色の綺麗な髪だ。


(銀髪……あれ?もしかして……!)


たい焼きを買い終えブースを離れた銀髪の女子生徒は、すぐに列の影に隠れて見えなくなった。


「ちょっ、ちょっとごめん……!俺、トイレ行ってくる!」


透はドラマの話に夢中なふたりにそう言い残し、慌てて駆け出した。


透は心臓の鼓動が早まるのを感じた。


列から再び姿を現さないということは、女子生徒は正門のあるこちらではなく、反対方向の校舎に入っていったに違いない。


校舎に飛び込むように入った透は、玄関ホールで下駄箱の側面に貼られた『廊下で走らないで!ゆっくり歩こう!』の張り紙を見て、反射的にぱたっと足を止め、あたりを見回した。


普段は男子禁制の花園で、男子ひとりがきょろきょろと歩き回る姿はあまりに異様だ。そこだけは冷静に判断した透は、『ゆっくり歩く』ことを意識した。しかし、これがかえってぎこちない動きになってしまった。すると、向かいから歩いてきたひとりの女子生徒が、すれ違う瞬間にさっと半歩、脇に逸れたのが目に入ってしまう。透の頭に『不審』の二文字がよぎった。地味に心が傷ついたため、外の空気を吸おうと、透はいったん玄関ホールに戻った。


そして、下駄箱の張り紙の前で、ばったりと銀髪の女子生徒と出くわした。


お互い顔を見合わせた。その顔は間違いなくハコだった。


「やっぱり!そうだと思った──」


透がそう言い終える前に、ハコはその場から逃げ出そうとした。透は咄嗟に手を伸ばし、ハコの腕をつかむ。


──その瞬間、透の手にピリッと衝撃が走り、思わず手を離してしまう。


(な、なんだ……?……静電気?)


自分の手を見つめていると、目の前で音がした。


ハコが床に膝をついたのだ。彼女はその勢いで、つかまれたほうと反対の腕に抱えていた紙袋を落としてしまった。


透はあわてて中腰になり、ハコに声をかける。


「だ、大丈夫か!?」


ハコはその場に手をついて四つん這いになっていた。


「だ…大丈夫。ちょっと目眩がしただけだから」


(こういうとき、どうしたらいい?救急車?いや、そこまで深刻じゃなさそうだけど……)


透の頭の中で、いろんな言葉が飛び交った。


「葉子!どうした!?」


男性の声と、こちらへ駆け寄る足音が透の後ろから聞こえた。


「もう行って!大丈夫だから!」ハコは透に向かって言った。


透はその言葉を受け、一瞬戸惑ったが、急いでその場から立ち去った。


床に転がった紙袋からは、簡易的な包み紙に包まれたカスタードたい焼きが顔をのぞかせていた──。

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