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第十話『ハコ』

リビングで三人は話し合うことにした。透と正司がソファに座り、ハコは食卓の椅子を二人と向かい合うように置いて座った。透とハコはこれまでの経緯を正司に話した。


「──ということで。改めてになるが、この子が俺が言っていたハコだ」


「はじめまして。本名は白凪 葉子です。」


「そうか。まさか、実在していたとはな。……ちょっと整理させてくれ。俺たちは小三の夏から秋にかけて一緒に過ごした。その記憶がお前たちにはあるが、俺や日和にはない。……どうなってる?一体どっちが正しいんだ?」


「正司や日和の記憶は間違ってない。俺とハコが持っている『あの夏の思い出』は、別の世界の俺たちの話なんだ」


「からかってるのか?さすがにファンタジーが過ぎるぞ」


「でも本当なの」


ハコが力強く答えた。そして透を見た。


「透にもまだ話してなかったね、私の幼少期の話。この話はふたりに聞いてほしい……」


そうして、ハコの過去が本人の口から語られた──。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


幼稚園に通っていた頃のハコは、明るくおしゃべりで、近所でもちょっとした人気者だった。


『ハコ』とはニックネームだ。漢字を覚えたての近所の小学生のお姉ちゃんが本名の『葉子ようこ』の『葉』を訓読みして、『ハコ』と読んでしまったのがきっかけだった。響きが気に入り、それ以来、友達には自らハコと呼んでもらうようにしていた。


そんなハコは、特に気分がいい日は、寝る前に自分が観たいと思う世界を心でお願いしてから布団に入った。そうすると、本当にその世界を『観に行く』ことができた。あるときはお姫様、あるときは天才子役。幼いハコはこの遊びに夢中になった。


「今日は、お馬さんに乗ってお城の周りをお散歩したの」

「今日はね、パパが空飛ぶ車で幼稚園に送ってくれたんだ」


幼稚園では自然とクラスの全員が、ハコの不思議な物語を聞くために集まった。この小さな語り手に、クラスの先生もよくそんな次から次へとお話を思いつくものだと感心していた。


もちろんこれは作り話ではない。それに、ハコは夢ともちがうと感じていた。いろんな世界でいろんな自分を観て回ることができても、ハコはそれらの世界ではなににも触れることも話しかけることもできなかった。まるで透明人間になったみたいに、ただ近くで観察することしかできなかった。それでも、楽しくて仕方なかった。


しかし、ハコの話を聞いた周りの大人たちは、「あらあら、葉子ちゃん良かったわねー」と言うだけで、真剣に聞いてはいなかった。


三歳で母と死別したハコにとって、父の理人だけが唯一の味方だった。理人はいつも、ハコの話を最後まで静かに聞き、「それで、葉子はどう思ったんだい?」と聞いてくれるのだった。


妙に細部にリアリティがあり、本人が知らないはずの物や場所の名前まで登場する娘の話が、ただの夢の話だとは理人にも思えなかった。彼は量子物理学者の視点から、もしかすると量子レベルで意識が別の世界とつながっているのではないか──そう考えた。


あるとき、理人はハコに説明した。


「葉子、いいかい?君は『特別な力』を持っている。夢の中で見ている他の世界は、夢ではなく本当に存在するんだ。『並行世界』──。パパたち科学者は、他の世界をそう呼んでいる。葉子の意識だけがその並行世界を観に行くことができるんだ。でも、これは他の人はなかなか信じられないんだ。葉子には見える世界が、みんなには見えないからね。でも、『君がこの力を持ったのにはきっと理由がある』。だから、誰になにを言われても自分を呪ってはいけないよ。安心して。パパは葉子の味方だから」


しかし、ハコが小学校にあがると、話を聞いてくれていたクラスメイトも、適当に受け流していた大人たちも反応が変わってきた。


「ハコちゃん嘘ばっか。そんな世界あるわけないじゃん」


「葉子ちゃん、夢のお話ばかりじゃなくて、ちゃんと本当のお話をしようね」


「ほんとだよ。ほんとだもん……」


どれだけ訴えても、家の外ではみんな可哀想なものを見る目で、自分を見てくるようになったのだった。


ついには理人からも「葉子、もう他の世界を観に行ってはいけない。君を守るためなんだ」と言われ、力を使うことを禁止されてしまう。


やっぱり、この力は悪いものなんだ。だから私も悪い子なんだ……。ハコは次第に塞ぎ込むようになっていった。そして、おしゃべりだったハコは小学一年生の途中から、すっかり無口で大人しい子になっていった。


小学三年生にあがったハコは、誰とも遊ばなくなり、学校でも家でも、一言も口をきかなくなってしまった。理人はハコを気遣い、いろいろ話しかけてくれていたが、それらに答える気持ちになれなかった。ハコの心の中はいつもぽっかりと穴が空いたように感じて、寂しくて仕方なかった。


そしてその年の夏、とうとうその寂しさが爆発してしまう。精神が耐えきれなくなったハコは、理人との約束を破って、自分の望む世界を観に行ってしまう。これまで以上に深く、そして長い旅に出てしまった。


ハコがたどり着いた世界は、とある田舎町だった。東京の自宅とはまるで違う、静かな環境だった。山の自然がすぐ近くにあり、どこまでも広がる海も望めた。その町の名前は『凪ノ町』。ハコはすぐにこの場所が気に入った。そして、この世界で暮らす『もうひとりの自分』を見つけた。


この世界のハコは、同級生の男の子や女の子たちと毎日遊んで過ごしていた。三人の名前は『透・正司・日和』。


これこそ自分が望む世界だ。ハコはこれまでに感じたことがないほど、強くそう感じた。そして、ハコはすっかり帰ることを忘れ、秋になるまでの三ヶ月もの間、彼らの様子をただ見つめ続けた。意識だけだったからか、特に空腹で辛くなることはなかった。


これほど長く並行世界に留まったことはないため、このときのハコはまだ知らなかった。並行世界でも、元の世界でも、時間の進みは同じだということを──。


元の世界に帰ってきたハコは、まず最初に自身の体の重さに驚いた。三ヶ月もの間、寝たきりの状態だったために、筋肉がすっかり衰えていたのだ。そして自分を理人が必死に介護してくれていたことを知った。自分のしたことを深く反省したハコは、もう二度と他の世界へ旅立つことはしないと心に誓ったのだった。


ハコは理人の支えを受けながら、少しずつ現実世界に慣れ、再び学校へ通えるようになっていった。それに伴い、並行世界の記憶も薄れていった。しかし、透たちと過ごした夏の記憶だけは、なぜかいつまでも色褪せることなく残り続けた。


そして、中学三年生のある日、ハコの心にひとつの想いが強く湧き上がった。


「もう一度、透たちと会いたい。今度はこの世界で──」


ネットで調べてみると、東京からは離れていたが、瀬戸内海沿いに『凪ノ町』という田舎町が実在していることがわかった。


そして、掲載されている写真を見てハコは驚いた。並行世界の凪ノ町と、そっくりそのままの景色が映っていたのだ。この世界と最も近い並行世界を引き寄せて観測していたのだと、そのとき初めて理解した。


ハコは理人に凪ノ町の高校に通いたいと懇願した。しかし、理人は反対した。娘の身を案じてのことだ。しかし、あまりに熱心にお願いされたため、ついには折れ、理人自身も一緒に家ごと引っ越すということで納得した。


こうして、ハコの高校生活が凪ノ町で始まった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「高校は透たちとかぶらなかったけど、いつか会えると思っていた。そのときは一からお友達になったらいいなくらいに思ってた」


「まさか私の記憶のせいで、みんなを混乱させることになるなんて……」


そこまで言って、ハコは口をつぐんだ。


「正司、改めてどう思う?」透は正司を見た。


「正直、まだ驚いてる……だが、嘘だとも思えない」


そしてハコの顔を真っ直ぐ見てこう言った。


「信じるよ」


「ありがとう」


ハコは正司の顔を見て微笑んだ。そして透に顔を向けた。


「……透は?ここまで話したのは初めてだし。どう思った?」


「変わらないさ。俺も信じるに決まってる」


「ありがとう。ふたりに信じてもらえて、本当にうれしい……!」


ハコは目に涙を浮かべている。


そして、透は言った。


「──あとは日和だな」


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