第36話(最終回):それぞれの朝
ついに最終回です。九条と灯、二人が辿り着いた「答え」と、これからも続いていく日常を、静かな感動と共にお届けします。
騒動から一ヶ月。事務所の存続は正式に決定し、寺門氏は関連団体からの身を引き、組織の透明化が進められることになりました。
嵐が過ぎ去った事務所には、以前と変わらない、けれど少しだけ柔らかい陽光が差し込んでいます。
私は、九条さんのデスクに新しいコーヒーを置きました。
「九条さん。これ、新しい万年筆です。……監査の時に、前のやつ、インクが切れるほど反論書を書いていたから」
九条さんは無言でその万年筆を手に取り、キャップを開けました。滑らかな書き心地を確かめるように、空中に一文字書き、「ふん」と鼻を鳴らします。
「……真庭。君は一つ、大きな勘違いをしている」
「えっ、なんですか? また何かミスしました?」
「君が私を救ったのではない。君がこれまでに撒いた『知識と誠実さ』という種が、利用者という土壌で芽吹き、それが風を防ぐ森になっただけだ。私はただ、その森の端に座っていたに過ぎない」
九条さんは眼鏡を指先で押し上げ、窓の外に広がる街を見つめました。
「自立とは、孤独になることではない。『自分の限界を知り、誰かと正しく繋がること』だ。……君は、私という人間さえもそのネットワークの一部に組み込んだ。大した成長だよ」
それは、九条さんからの最高級の合格通知でした。
その時、ドアベルが軽やかに鳴りました。
「失礼します……あの、こちらで相談に乗っていただけると聞いて……」
入ってきたのは、かつての私のように、不安で肩を震わせた若い女性でした。
私は九条さんと視線を交わし、力強く頷きました。
「いらっしゃいませ。まずは、温かい飲み物でも飲みながらお話ししませんか?」
私は彼女の前に座り、新しいノートを開きました。
かつて九条さんが私にしてくれたように。
冷徹な正論ではなく、灯火のような知識を。
突き放す境界線ではなく、守り育てるための境界線を。
窓の外では、新しい季節が始まろうとしていました。
私たちはこれからも、不条理な世界の中で、誰かの心に小さな「境界線」と「光」を引き続けていくのでしょう。
不完全な二人の、不完全な救いの旅は、ここからまた新しく始まります。
(『境界線の引き方、教えます 〜毒親・トラウマ・燃え尽きからの脱却〜』 全編完結)
ここまで物語を読んでくださった皆様へ
この物語を通じて、灯と一緒に学んだ「心の技術」は、現実の世界に生きるあなたの武器でもあります。
境界線を引くことは、冷たさではなく「自分と相手の両方を守る愛」です。
知識を持つことは、感情の嵐の中で自分を見失わないための「錨」になります。
助けを求めることは、弱さではなく「生き抜くための賢さ(レジリエンス)」です。
もし、あなたが今、暗闇の中にいるのなら。
どうか思い出してください。
あなたの心の中にも、灯が九条から受け取ったような「折れないしなやかさ」が必ず眠っているということを。
実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)
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