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第20話:それぞれの自立

第5エピソードの完結編です。息子を「手放した」母親の喪失感と、それをどう救うか。そして九条なりの「自立」への答えを描きます。



ユウキさんが一人で就労センターへ向かってから数時間後。

 私は、まだ畳に座り込んだままの芳恵さんに、温かいお茶を淹れた。


「……あの子、今頃パニックになっていないかしら。道に迷って、泣いているんじゃないかしら」


 芳恵さんの呟きは、母親としての本能的な心配だった。けれど、そこにはもう、息子を支配しようとする鋭さはなかった。


「お母さん。ユウキさんが今戦っているのは、外の世界じゃなくて『自分への自信のなさ』です。それを克服できるのは、お母さんではなく、彼自身だけなんですよ」


「分かっているわ……。でも、あの子がいなくなったら、私は何をすればいいの? 私の20年間は、あの子を支えることだけだったのに」


 これこそが共依存の核心だ。相手を助けることで、自分の空虚さを埋めていたのだ。


「お母さん、これからは『ユウキさんの母親』としてではなく、『芳恵さん自身』として生きていいんです。ずっと我慢していた趣味や、やりたかったことはありませんか? あなたが人生を楽しむ背中を見せることが、ユウキさんにとって一番の安心材料になります」


 芳恵さんは、震える手で茶碗を包み込んだ。

「……そうね。私、本当は庭仕事が好きだったの。あの子の部屋のカーテンを閉め切るようになってから、ずっと忘れていたけれど」


 ◇


 夕方、事務所に戻ると、九条さんが珍しく窓の外を眺めていた。


「九条さん。ユウキさん、センターから無事に帰宅したそうです。道に迷って一時間遅刻したみたいですけど、本人は『自分で解決できた』って、少し得意げだったそうで」


「……一時間の遅刻か。効率で言えば最悪だな」


 九条さんはそう言いながらも、口角をわずかに上げた。

「だが、その『無駄な一時間』こそが、彼の自尊心セルフエスティームを育てた。真庭、君が今日やったのは、親子を壊すことではない。互いに寄りかかりすぎて折れそうだった二本の木を、それぞれ自立して立てるように植え替えたんだ」


「九条さんに『引き剥がせ』って言われた時は、鬼かと思いましたけど……今は、その意味がわかります」


「自立とは、突き放すことではない。『適切な距離感』を見つけることだ。近すぎれば火傷をし、遠すぎれば凍える。その絶妙な温度を保つのが、我々のプロとしての技術だ」


 九条さんは、私の報告書に小さく「良」と書き込んだ。


「……さあ、次のケースだ。君が感傷に浸っている間にも、世界には『優しさという毒』に苦しんでいる人間が腐るほどいるぞ」


 私は背筋を伸ばし、「はい!」と返事をした。

 誰かを助けることは、時に冷酷に見える決断を伴う。

 けれど、その冷たさの向こう側にこそ、本当の自由があることを、私は知った。


(第5エピソード・完)


※このエピソードのまとめ

共依存からの脱却: 自分の幸せを相手の行動に委ねない。「自分は自分、相手は相手」という心の境界線を引くこと。


見守る勇気: 相手が失敗する権利を奪わない。失敗こそが、最大の学習機会であることを理解する。


セルフケアの重要性: 支援者(家族)自身が自分の人生を充実させることが、結果的に本人の負担を減らし、自立を促す。


実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)

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