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第19話:突き放すという勇気

第19話は、灯が「嫌われる勇気」を持ち、親子の共依存という厚い殻にヒビを入れる、今エピソードのクライマックスです。


※この話のポイント

「愛の正体」の暴露: 相手を無力な存在として扱うことは、実は相手の尊厳を奪う行為であるという厳しい視点。


自立の第一歩: 「助けてもらう」のではなく、「自分の足で転ぶ許可」を求める姿を描きました。


ユウキさんの家の玄関を開けると、またあの甘い沈殿したような空気が出迎えた。

 芳恵さんは、私の姿を見るなり困ったように眉を下げた。


「真庭さん、わざわざ来ていただいたのにごめんなさい。今日はユウキ、就労センターの見学に行く予定だったんですけど……朝からお腹が痛いみたいで。やっぱり、この子にはまだ早すぎたのよ」


 奥の部屋で、ユウキさんが申し訳なさそうに丸まっているのが見える。以前の私なら「お大事に」と言って引き下がっていただろう。けれど、今の私は九条さんの言葉を握りしめている。


「お母さん。……今日はお母さんにお願いがあります。ユウキさんの隣から、少しだけ離れていただけませんか?」


 芳恵さんの笑顔が、ぴりりと凍りついた。

「……離れる? どういう意味かしら。この子は私がいないと、靴下も選べないのよ?」


「選べないんじゃなくて、お母さんが選んでしまうから、選ぶ必要がなかったんです」

 私は震える声を押さえ、一歩踏み込んだ。

「お母さんが先回りして痛みを代わってあげてしまうから、ユウキさんは自分の足で歩く筋肉がつかないんです。お母さん。あなたが彼を愛しているのは分かります。でも、その愛は、彼を『無力な子供』のまま閉じ込めておくための檻になっていませんか?」


「……なんて失礼なことを! 私はこの子のために、自分の人生を全部捨てて……っ!」


 芳恵さんの声が怒りに震える。聖母の仮面が剥がれ、一人の「縋る女性」の顔が現れた。

 その時。背後の襖が、ガタリと鳴った。


「……母さん、もういいよ」


 ユウキさんが、フラフラとした足取りで出てきた。その目は、母親ではなく、真っ直ぐに私を見ていた。


「真庭さん……俺、本当は怖かった。でも、母さんが『無理しなくていい』って言うたびに、ああ、俺は一生この部屋で死ぬのを待つだけなんだって、絶望してた。……母さんに、嫌われたくなかったから、動けなかったんだ」


「ユウキ、何を言ってるの? 私はあなたの味方なのよ!」

 取り乱す芳恵さんの手を、ユウキさんは不器用ながらも、しっかりと振り払った。


「味方なら……俺が転ぶのを、見ててくれよ。お腹が痛くても、恥をかいてもいい。俺、自分の足で外に行きたい。一人で、行ってみたいんだ」


 芳恵さんは崩れ落ちるように座り込んだ。

 私は、玄関に置いてあったユウキさんのカバンを彼に手渡した。


「ユウキさん。センターの方は私が連絡しておきました。一人で行けますか?」

「……はい。行ってきます」


 震える背中で、彼は玄関のドアを開けた。

 外から入り込んできた冬の冷たい風が、淀んでいた部屋の空気を一気に洗い流していく。

 私は、泣き崩れる芳恵さんの傍らで、静かに頭を下げた。


(ごめんなさい、お母さん。でも、これでいいんです)


 引き剥がすことは、破壊ではない。

 二人がそれぞれの人生を歩き出すための、痛みを伴う「誕生」なのだ。



次は第20話:〚エピローグ〛それぞれの自立です。

ユウキさんが外の世界で得た小さな手応えと、息子を失った(=役割を失った)母親に、灯がどのような「次のステップ」を提示するのかを描きます。

実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)

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