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第17話:優しすぎる母

※第17話のポイント

イネイブリングの恐怖: 「良かれと思って」やっていることが、実は相手の成長を止める最大の壁になっているという逆説。


九条の視点: 表面的な優しさに騙されず、システムとして「誰が誰に依存しているのか」を見抜く力の重要性。



その光景だけを見れば、誰もが「理想の母子」だと思うに違いない。


「ユウキ、お茶のおかわり持ってきたわよ。真庭さん、うちの子、人見知りで口下手だから……私が代わりに説明してもいいかしら?」


 利用者のユウキさんの自宅。母親の芳恵よしえさんは、絶えず柔らかな笑みを浮かべ、30歳を過ぎた息子の髪を慈しむように撫でた。

 ユウキさんは俯いたまま、母親が淹れたお茶を啜り、一言も発しない。


「ユウキさんは、少しずつ就労支援のステップに進みたいとおっしゃっていましたよね?」

 私がそう問いかけると、答えたのはやはり母親だった。


「ええ、でも無理はさせたくないんです。この子、昔から繊細で、外に出るとすぐ体調を崩しちゃうから。私がついていないと、何もできない子なの。ねぇ、ユウキ?」


「……うん。母さんがいないと、俺、無理」


 ユウキさんの小さな呟きに、芳恵さんは満足そうに頷いた。

 私は胸の奥に、得体の知れない「息苦しさ」を感じた。一見、献身的な愛に見えるけれど、二人の間にある空気は、まるで出口のない温室のように淀んでいる。


 ◇


 事務所に戻ると、九条さんは私の報告を聞き終える前に、手に持っていたペンをデスクに置いた。


「真庭。その母親の顔を思い出せ。彼女は息子が自立していく姿を、本当に望んでいたか?」


「え……? もちろんです。あんなに心配して、自分の時間をすべて息子のために使っているんですよ」


「それが罠だ」

 九条さんは冷徹な瞳で私を射抜いた。

「あの母親は、息子を救っているのではない。『無能な息子』を飼い慣らすことで、自分の居場所アイデンティティを確保しているんだ。息子が立ち上がってしまったら、彼女は『可哀想な子を支える立派な母親』という役割を失ってしまうからな」


「そんな……。じゃあ、あの優しさは、全部自分のためだって言うんですか?」


「無自覚なのが一番厄介だ。これを福祉の世界では『イネイブリング』と呼ぶ。支えているつもりが、相手が自力で立ち上がる機会を根こそぎ奪い、依存という深い穴に埋めている状態だ」


 九条さんはホワイトボードに、二人が互いに首を絞め合っているような、歪な関係の図を描いた。


「今の彼らは、共依存という共犯関係だ。真庭、君がすべきことは、母親を感心させることじゃない。母親から息子を『引き剥がす』ことだ」


「引き剥がす……」


「そうだ。嫌われろ。泥棒猫にでもなったつもりで、母親から『息子の管理権』を奪い取ってこい。それができなければ、彼は一生あの茶碗の横で老いて死ぬことになる」


 九条さんの言葉は、あまりにも残酷で、けれど抗いようのない真実を孕んでいた。

 私は、芳恵さんのあの聖母のような笑顔を思い出し、背筋が凍るのを感じた。



次は第18話:イネイブリング(支えという毒)です。

九条が、具体的になぜ「助けることが毒になるのか」という理論を灯に叩き込みます。


実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)

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