第15話:自分への「合格点」
※この話で得られる「知識」
60点の合格点(完璧主義の打破): 「100か0か」で考えず、小さな前進を認めることで行動力を取り戻す。
リフレーミングの実践: 相手の「できない」という思い込みを、「今はここまでできている」という視点に切り替えさせる。
数日後、事業所に怒鳴り声が響いた。
「もういい! あんたの話は聞き飽きた! 結局、俺が『ダメな人間』だって言いたいんだろ!」
声の主は、氷室さんが担当を引き継いだばかりの利用者、木村さんだった。彼は借金と失業で自暴自棄になっていた。氷室さんは木村さんに対し、再就職のための完璧なライフプランと、家計の見直し案を提示していたはずだった。
「木村さん、落ち着いてください。私は客観的なデータに基づいて、あなたの『最善』を提示しているだけです。これを実行しなければ、あなたの生活は破綻します。これは事実です」
氷室さんの声はどこまでも冷徹で、正しい。しかし、その「正論」が、追い詰められた木村さんには、自分を裁くギロチンの刃に見えているのが私にはわかった。
(今の木村さんは、『全か無か思考』に陥っている……。できない自分を0点だと思い込んで、氷室さんの言葉をすべて攻撃だと解釈してるんだ)
私は、九条さんの顔を見た。彼は黙って顎をしゃくり、「行け」と目図せした。
私は震える足で、二人の間に割って入った。
「木村さん。……氷室さんのプラン、100点満点で凄すぎて、怖くなっちゃいましたよね」
木村さんと氷室さんの視線が私に集まる。
「今の木村さんは、100点じゃない自分はダメな人間だって、自分を責めていませんか? 氷室さんが言っているのは『計画』の話であって、木村さんの『価値』の話じゃありません」
「……価値? 俺にそんなもん、あるわけねぇだろ」
「あります。今日、ここに来られたことが、もう50点です。残りの10点は、私と一緒に、プランの中から『今日できそうなこと』を一つだけ選ぶことで埋めませんか? 60点あれば、今日は合格ですよ」
木村さんの肩の力が、ふっと抜けた。
「……60点で、いいのか?」
「はい。完璧を目指して動けなくなるより、60点で笑っている方が、ずっと素敵です」
木村さんは深く溜息をつき、氷室さんの資料をもう一度手にとった。
「……あんたの言う通りだ。全部はやれねぇが、これくらいなら、やってやるよ」
氷室さんは、信じられないものを見るような目で私を見た。彼女の完璧なロジックが、私の「60点の合格点」という曖昧な言葉に負けた瞬間だった。
木村さんが帰った後、氷室さんは私を振り返り、絞り出すように言った。
「……非効率ね。でも、あなたのその『歪んだ物差し』が、彼を救ったのは認めざるを得ないわ」
私は初めて、氷室さんの目を見て微笑むことができた。
「ありがとうございます。でも、これは九条さんに教わった知識なんです」
次話への展開
次は第16話:九条の「番外編」です。
氷室が去り、ついに九条の「過去の過ち」の真相が灯に語られます。
実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)
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