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第13話:完璧な監査官

第4エピソード:『過去からの刺客と、自己肯定感』

テーマ:「認知の歪み(自己肯定感)」


その女性は、冬の朝の空気よりも鋭く、冷たい空気をまとって現れた。


「――今日から二週間、本部の指示で業務監査に入ります。氷室ひむろです」


 タイトなスーツに、縁なしの眼鏡。氷室冴。彼女が放つ威圧感は、九条さんのそれとは種類が違った。九条さんの厳しさが「守るための壁」なら、彼女のそれは「不要なものを削ぎ落とす刃」だ。


 氷室さんは事務所に座るなり、私の提出したケース記録をパラパラとめくった。そして、信じられないものを見るような目で私を仰ぎ見た。


「真庭さん、と言ったかしら。この『利用者との対話』に費やした三時間……。これ、何の意味があるの?」


「え……。それは、ハルトさんの心の安定を図るために、必要なプロセスで……」


「安定? 福祉はボランティアじゃないの。一人の相談員が特定の利用者にリソースを割きすぎるのは、他の利用者に対する不利益よ。三時間かけて『心の声』を聞くより、三十分で『適切な処方と公的サービス』を繋ぐのがプロの仕事。あなたのやっていることは、ただの自己満足だわ」


 心臓がドクンと嫌な音を立てた。

 今まで積み上げてきたものを、たった一言で「無駄」と切り捨てられた衝撃。私は何も言い返せず、俯くことしかできなかった。


「九条。あなた、いつからこんな教育方針になったの?」


 氷室さんの矛先が、背後に立つ九条さんに向いた。

「かつてのあなたは、もっと合理的だったはずよ。大学病院の地域連携室にいた頃の『氷の九条』なら、こんな非効率な職員、初日にクビにしていたでしょうに」


 ――氷の九条。

 初めて聞く、彼の過去の異名。私は息を呑んで九条さんの顔を見た。


 九条さんは無表情のまま、デスクに手をついた。

「……効率だけでは救えない領域がある。それを学ばせているだけだ」


「笑わせないで。その甘さが、いつか組織を殺すわよ」


 氷室さんは冷笑を残し、会議室へと消えていった。

 静まり返った事務所で、私は自分の存在が、九条さんのキャリアの足を引っ張っている「お荷物」のように思えてならなかった。


(私は、九条さんの重荷になっているだけなのかな……)


 自分の価値が、音を立てて崩れていくような気がした。九条さんの顔を見るのが、これほど怖かったのは初めてだった。



次話への展開

次は第14話:心のフィルター(認知の歪み)です。

氷室の言葉に打ちのめされた灯に、九条が「それは君の脳が見せているフィルター(歪み)だ」と教える回です。


実体験から書きました。少しでも、福祉従事者の役立つ情報になればと思い執筆してます(^^)

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