第二話① 出航
「最高の航海日和だな」
レッドによる船の改造が終わった日の夜、総司は海を眺めながらにやりと笑って言った。
空は快晴、満天の星空。女神が示したように、デミティスリーヴを目指そうとする総司には、航路を導く青い星が煌々と明るく見えている。
不思議なことに、ルディラント領に居残るレッドとマキナには、総司がいくら位置を教えてもこの青い星が見えないのだと言う。とは言え二人とも、総司の言葉を疑ったりはしていない。ディアナにもその星が間違いなく見えているからだ。
「追加部品の組み立ては理解したな? こいつが説明書だ、一応持ってけ。ただ、『その時』に読んでる暇はねえぞ」
「おう、ありがと」
レッドから説明書を受け取って、総司がぽりぽりと頭をかく。
「しかし相変わらずの腕前だ。潜水機能とはな」
「そんな上等なもんじゃねえ、単に部品組み立てて囲いを作れば、水中でもしばらく耐えられるってだけだ」
レッドがたしなめるように言った。
「魔力で完全に接着する接合材を使って、隙間なく囲いを作れる。けどそんだけだ。後は兄ちゃんの魔法で海中に無理やり沈めて、うまいこと操作して嵐を突破する。風が強いなら水中に逃げ込めば良いって考えは悪くねえけど、兄ちゃんの負担はとんでもない上に、海流がまともな保証もねえぞ」
デミティスリーヴを囲う大嵐を突破する秘策として、総司は海の中を進むというアイデアを思い付いた。と言っても総司にしてみれば、昔読んだとある漫画の知識である。強風の影響を受けるのは地上だけで、水面を越えて水中なら地上ほど風の影響は受けないと。
総司のアイデアを実現したのはレッドだ。追加の装甲を組み立てられるようにして、一時的に船を水中に留めおけるように改造した。だが、推進力は得られない。“ラヴォージアス”で沈めながら前へ進めるという豪快な手段が必要になる。
「誰も来やしねえと思うが、身の危険を感じたらすぐ逃げろよ」
「わかってる。領内には魔獣もいるがこの辺は平和だ。のんびりモノづくりしながら、兄ちゃんの帰還を待ってるよ」
「ディアナを送り届けたらすぐ帰るさ」
レッドが呆れたように笑った。
「それで済むわけねえだろ。ま、別に良いけどな。オレはオレのできることをしてる。兄ちゃんもやりたいようにやりなよ。オレらの王さまなんだからさ」
「……助かるよ、理解があって」
そうこうしているうちに、ディアナが準備を整えて二人の元へやってきた。マキナは見送りに出てこなかった。曰く、「数日後にはまた会える」とのことである。
ディアナは整備した大剣を引っ提げて、総司がメルズベルムで買ってきた簡素な服を身にまとい、総司に言った。
「待たせてすまない。行ける」
「よぉし、乗り込め! 出航だ!」
どたどたと船に乗り込み、エンジンを起動させる。レッドが大きな声で激励を飛ばした。
「かましてこいよー!」
「何をだ何を」
二人を乗せた船はゆっくりと入り江を離れて動き出し、ルディラント領を離れていく。ぶんぶん手を振るレッドの姿は、ただでさえ小さいこともあって、すぐに見えなくなった。
真っ暗闇の夜の海は、昼間の美しさとは打って変わって不気味だ。星々は明るく煌めいてくれているが、それでも底知れぬ恐ろしさを拭いきるには足りない。
レッドに託された『ベイスレーム』を取り出して、ひとまず青い星の位置を記録する。夜のうちは見えている星へ向かって突き進み、昼間はこのベイスレームが示す方角へ進む。一番星を見逃さないようにしなければならないが、輝く青い星はとてもわかりやすく、そこまで気を張らなくても良さそうだ。
「操作がハンドル式ってのはありがたいな。直感的に動かせる。波も穏やかだし握りっぱなしじゃなくても良さそうだ。交代で適宜休みながら行くぞディアナ。眠気があるなら今のうちに寝とけよ」
車の免許を取れる年齢ではなかった総司にとって、ここまで「それらしい」乗り物に乗って運転するのは初めてのことだ。まさかリスティリアでこんな機械仕掛けの乗り物を操作できる日が来るとは思っていなかったが、やってみれば新鮮で楽しい。飽きが来ないうちは何時間でも運転できそうだ。
「いや、大丈夫だ」
ディアナは言葉少なに答えながら、運転席の後方にある長椅子に腰かけた。簡易な船室が船の中にあるのだが、大剣はそこへ置いてきたようだ。
「……数日、あなたの国で過ごして、疑問に思ったことがある」
「国ってほど立派なもんでもねえけどな。まだ」
「いや、素晴らしい国だ。間違いなく。けれど」
ディアナがぽつり、ぽつりと語る。
「どう考えても、あなた達の行動は理にかなわない」
「……たまたま流れ着いただけのお前に、ここまで世話焼くのが不思議だって話か」
「そう。あなたは私に言えたはずだ。お前の望みを叶える暇も余力もないのだから、諦めてこちらの大陸で暮らせと」
リシアから聞いたアレイン王女の忠告と同じ内容を口にする。
「あなたの国はまだ興したばかりと聞いた。貴重な臣民二人を置いて、あなたはこうして旅立った……感謝の念は尽きないが、手放しではできない。私は貰い過ぎている。何故? 私への同情だけでそこまでするのか?」
「話せば長くなる事情がある」
総司が端的に答えた。
「最近、友達ってわけじゃねえが、知り合いが増えてな。そいつが意味深なことを言うもんだから、俺もデミティスリーヴには興味があった。そんだけだ」
「……嘘ではないだろうが、しかしそれだけというわけでもなさそうだ」
ディアナが目ざとく気付いて、総司に続けて問いかけた。
「あなたは随分と若く見える」
「17になってしばらく経つ」
「私より一つ下だな。私は18になってしばらくだ」
「なんだそうだったのか」
「その若さであれほど広大な領土を貰ったというのも疑問だ。どれほどの功績をあげた」
「世界を救った――――いや、救う一因になった。ってとこかな」
ディアナの言葉が途切れたので総司が振り向いてみると、ディアナは胡乱な目つきで総司を見据えていた。
「言っておくが冗談ではないんだな、これが」
「……そう言われてもな」
「しゃーねえなぁ」
総司が楽しそうに笑った。
「時間もたくさんあることだしな。。俺の事情を話しておくよ。ただし他言無用だ。まあディアナの言う通り、信じるヤツはいねえだろうがな」
それから総司はつらつらと、女神救済の旅路のことをところどころ省略しながら、ディアナに話して聞かせた。最初は疑いの目線を向けていたディアナも、話が進むにつれて「どうやら本当らしいぞ」と信じ始め、最終的には総司の話に聞き入っていた。
もちろん全てを話すことはしなかった。具体的には女神の領域での出来事などなどだ。ただ、世界救済の旅路を歩む過程で、全ての国と縁を繋いできたことがわかるように、それらの話をした。
話を聞き終えたディアナは、呆気にとられながらも頭を下げた。
「……すまなかった。失礼なことを」
「良いさ。誰が聞いたっておとぎ話だ」
総司は水筒を取り出して水を飲みながら続ける。
「まあそんな感じで、俺は世界救済の御褒美としてあの領土を貰ったわけだ。必ず達成しなければならない使命ってやつはひとまず終わった。後は好きにやるって段階。だから好き放題してるのさ。気にするこたぁねえよ、趣味みたいなもんだ」
「……どれだけの礼ができるかはわからないが、必ず恩に報いる。期待はしないでほしいが」
「要らねえよ。とは言え俺も疑問があるな」
「なんだ?」
「デミティスリーヴが隔絶された場所だって言うのに、ディアナはこっちのことについてそれなりに知識がある。国の名前も知ってたしな。その辺、詳しく聞いてなかった。本来、話が少しもかみ合わない状態でも不思議じゃないのに」
「大陸のことは姉に聞いた。姉が知識を集めるのが好きでね。ヴィタ島には本がたくさんあるんだ。知識を得るならヴィタ島だ」
「……ん? お前やお姉さんはストリ島ってとこにいるんだよな?」
「そうだ。ストリ島には本の類はあまりない。あっても生活の知恵を記録したものだけ……そして、姉だけはヴィタ島との行き来が許されている」
「えっ」
総司が目を丸くした。
「待て、そんな話あったか? ヴィタ島とストリ島は自由に行き来ができないのか?」
総司が再び振り向くと、総司以上に驚いているディアナがいた。
「……いや……いや、その点は……わからない、わからないはずなのに……何故か、ふと、そんな記憶がよみがえった。なんだ……?」
「……お前の記憶の枷も厄介なもんだな。中途半端に不完全だ。けど大事な知識だ。どうやらヴィタ島とストリ島の関係性は、俺が思っていたのとは少し違うらしい」
「私も不思議だ」
ディアナが顔を手で覆いながら言う。
「ジオルが禁忌の島で、立ち入り禁止区域であることは覚えている……けれど、ストリ島とヴィタ島の記憶は……でも確かにそうだ、ヴィタ島の外観は覚えているし、女主人の顔も知っているのに……島の内部の情景が少しも……」
「下手するとディアナも踏み込んだことがないってことかもな」
「女主人の名前も思い出せない。腹立たしい……半端なだけに、鬱陶しい……!」
「まあ落ち着けよ」
総司が気楽に言った。
「数日後には島に入るんだ。今の感じを考えるに、きっかけ一つで綻ぶ程度の小細工なのかもしれねえ」
「そうだな……ありがとう」
「お姉さんのことで覚えてるのは、他になんかあるか?」
「……姉の特殊な力のことは話したか」
「おぉ、覚えてる。何でも、過去を現実に再臨させる力とか……」
「詳細は覚えていないが、破格の力を持っている。恐らく、それが理由でヴィタ島との出入りが許されて……知識を集めるよう命じられた可能性もある」
「……メゼス・ゼムナデュラスに」
「わからないが、恐らく」
「過去にあったことの知識をつけるように、か。けどディアナはさっき、『姉は知識を集めるのが好き』って言ったぜ。命じられて嫌々やってるってわけでもなさそうだな?」
「それも恐らく、としか言えないが……本で得た知識を私に聞かせてくれる姉が、楽しそうにしていたのは覚えているよ」
「となるとどっちかわからねえな」
総司が苦笑した。
「知識を集めるのが好きだったのか、単にお前と話すのが楽しかったのか、どっちだろうな」
「あっ……そうか、そういう見方もあるか……」
「一緒に暮らしていたのか?」
「暮らしていた記憶があるが、直近までそうだったのかは自信がない」
「どんな人だ?」
「そうだな、一言で言うと……天真爛漫というか……おしとやかそうに見えて、勢い任せなところも多いというか……」
総司は妙に納得して頷いた。ディアナは総司より一つ年上ということだが、それにしても若さに見合わない落ち着いた雰囲気があり、どこからどう見てもしっかり者なのである。ルディラント領にいる時も、世話になっているのに休んでいるのは落ち着かないと言った様子で、とにかく仕事を探し求めていた。
兄弟姉妹というのはたいてい、上か下かどちらかが適当な性格だと、他が妙にしっかりするものである。総司が元いた世界もリスティリアも、どうやらそこは変わらないらしい。血の繋がりはないものの、姉妹のようであったフロルとベルも似たような関係性だ。あちらは妹側がいろいろと適当なところがあるタイプの姉妹だが。
「メゼスは姉を利用しようとしている……けれど、その内容は全く見当がつかない。禁忌の島に関係がありそうだが……」
「ジオルが何で禁忌の島なのかってのは?」
「わからないが……とても恐ろしいものが『いる』というのが……私が聞いたであろう、わずかな情報だ」
「……いる、か。在る、じゃなくて」
「いや、話半分で聞いてくれ」
ディアナが慌てて言った。
「言葉の綾というか、記憶を手繰るとそういう表現になっただけだ」
「わかってるさ。でも今のディアナだからこそ、感覚的なものが重要だ。話が逸れたけど、お姉さんは別に囚われの身とかそういうのじゃあなさそうだな」
「今思い出せる限りでは。ただ、現時点でどうかはわからない」
「うーん……お前が傷だらけになった原因も不明か」
「そこに関しては本当にさっぱりだ」
ディアナが情けない声で言った。
「恐らくはメゼスに逆らったのだろうと思う。姉のことで……姉にやらせようとしていることが認められなくて……」
「本人が手を下したかどうかはともかく、ゼムナデュラスってやつは鍵になる。まあそれ抜きでも会ってみたいもんだな。永続的に続く嵐の魔法の使い手……精霊級の所業だ。興味がある」
「……断片的な情報だけですまないが、今わかっている限りだと相当危険だと思うが……できれば、メゼスに見つかる前に島を離れてほしいところだ」
「それは行ってみねえと、なんともな」




