第一話④ 相棒の来訪
「ソウシから? 彼が書状とは珍しい」
非番の日にたまたま手紙を受け取ることになったベル・スティンゴルドから報告を受け、手紙を受け取ったフロル・ウェルゼミットが意外そうに目を丸くした。
カイオディウム首都・ディフェーレス上空、大聖堂デミエル・ダリア。国の最高権力者である枢機卿・フロルは、総司とは良き友人である。とは言え、友人であると共に総司の理解者でもある彼女は、レブレーベント王女アレインと同じく、総司が頼ってくるまで積極的な手出しはせず、ルディラントの状況を見守るというスタンスを取っていた。
心配ではあったが、新生ルディラントの初動は悪くない、という話は、総司の無二の相棒であるリシアからも多少の報告を受けていたし、順調ならそのうち顔を見せに来るだろうと、自分からルディラントを覗きにいくようなことはしていなかった。立場的においそれと、領地未満のルディラント領に私用で赴くというのも憚られるので、村でもできた暁には理由をつけて訪ねようか、程度に思っていたところだった。
そんな折に届いた手紙である。緊急を要するなら彼が直接訪ねて来るだろうし、差し迫った問題があるわけではないのだろうが、興味はそそられた。
「……まだ粗さはありますが、しかしこの紙はルディラント産では?」
「え、嘘。確かに見たことない紙ではあったけど」
気づいてはいたらしいが大して考えを深めていなかったベルとは対照的に、フロルは興味津々で紙の表裏を隅々まで観察した。
「青……いえ、緑……不思議な色合いでうっすらと、ルディラントの紋章を紙全体に入れていますね。大したものです、領地内の植物から色を取ったのでしょうか。あまり見覚えがありません。なるほど、間違いなくルディラント領主からの書状であると証明するには十分……」
そっと香りを嗅いでみると、ほのかに清涼なハッカ系の、爽やかな香りがした。頭がすっきりするような、気分の良い香りだ。こういう香りは虫よけの効果もある。フロルは穏やかに微笑んで、
「素晴らしい品です。総司の魔法で作ったのでしょうが、材料の製錬がもう少しできるようになれば、高級品になるやもしれません。良いものをいただきました」
「へえ~。意外と形から入るんだね、ソウシって。雑に見えて結構そういうとこ細かいよね」
「ソウシはああ見えて繊細な気遣いができますし、時と場合を弁えられる男です。あなたは見習うべきですよ、ベル」
フロルがたしなめるように笑みを引っ込めると、ベルはさっと顔を背けた。
「なんて書いてあるのさ」
「動力付きの船を欲しているようですね。シュテミル港で調達できそうなところを紹介してくれと」
「船? なになに、もう海に繰り出そうっての?」
「用途は書いていませんが、至急必要になったとのことですので」
フロルはもう自分の手紙を書き出していた。
「港にいるマリューダ船長に私の名前で手紙を出します。今日中に届けてください」
「……え、誰が?」
「あなた以外にいますか?」
「えー、あたし今日非番なのにさ~」
「ソウシのためです」
「それ言われると……まあねぇ」
ベルはそう言いながら、すすすっとフロルの傍らに寄って、手紙を覗き込んだ。
「……枢機卿猊下?」
「なんです」
「ソウシが提示してる予算と、あなたがマリューダ船長に提示しようとしてる船の予算額が一致してませんけど。五割増しはやりすぎじゃん?」
「私個人の資産から出しますので、ご心配なく」
「……世話焼きたいくせに、頑固なんだから」
ベルはいたずらっぽく笑って、
「レブレーベントじゃなくてこっちを頼ってきたのが嬉しいんでしょ」
「……ソウシの旅路を考えれば、シュテミル港を思いつくのは道理です」
フロルはベルにぐいと手紙を押し付けて、すっと立ち上がった。
「明日も私の命で動いてもらいますので、できるだけ早く戻ってくるように」
「へいへーい。じゃ、行ってきまーす」
総司たちはデミティスリーヴへの行き方がとりあえずわかったため、航海の準備を着々と進めていた。海で獲れる魚や、牛に似た動物「コズ」を狩猟して肉の燻製を大量に作り、まずは食料の確保。総司が切り出した石を用いてかまどを作成したレッドが、木の実をうまくローストして「ナッツ」も作り出した。
もちろん、航行に必要な全てのアイテムを自力で揃えるだけの力は、新生ルディラントにはまだ存在しない。それなりにある貯金を頼りに物資を揃えるのも並行して行った。メルズベルムで果実酒を調達し、保存の利くビタミン源も確保。ディナの実を用いた酒を造るには時間がなさそうだったので、少しでも日持ちするようドライフルーツにすることにした。
「コイツは『ベイスレーム』っつってな、平たく言えば方位記録型の羅針盤だ」
メルズベルムで調達した多少値の張るアイテムについて、レッドが説明する。総司はレッドの前にちょこんと座って彼の話を聞いていた。
「ルディラントの位置を記録しておく。海のどこにいても、コイツの針の先にはルディラントがある」
「帰りはこれを使えってことだな」
青と金の豪華なコンパスを手に取り、総司が頷く。レッドは話を続けた。
「二つ買ってある。もう一つは『青い星』の方角を毎晩記録するのに使え。絶対に取り違えるなよ、帰れなくなる」
「おぉ……気をつけねえとな……」
「ま、印付けとくから大丈夫だ」
レッドは赤色の塗料で、ベイスレームなる羅針盤のガラス面にぴっと線を入れた。
「赤い方はいじらない。これを二人とも徹底すればいい」
「了解だ」
「一通りの道具は揃えた。便利なヤツを適当にな」
どさっと袋を置いて、レッドが中の道具の説明を随時行っていく。総司はふんふんと頷きながら彼の話に聞き入っていた。
その最中、ディアナが表から帰ってくる。傷も癒えて体力も戻ったディアナは、総司やレッドと共に航海の準備を進めていたところだった。
「戻った」
「おうお帰り」
「水の準備は完了した。頼まれていた木材の切り出しも終えたぞ。表に積んである」
レッドがぱっと立ち上がった。
「ありがとよ! じゃあオレは木材の下処理をしてくるぜ! 船が来たら設計して改造部品の作成に入る!」
「頼むよ。しかしフロルの返事が遅い……無視するような女じゃないと思うが――――」
たーっと拠点を駆けだしていったレッドが、そのままたーっと走って戻ってきた。
「船が来たぞ、海から!」
「……ええ!?」
想定していなかった出来事に、総司が慌てて外へ出ると、入り江の中に二隻の船が入ってくるところだった。
一隻の甲板から、体格のいい快活そうな女性が手を振っている。
「おーい少年! 久しぶりだなァ、覚えてるかァ!?」
「マリューダ船長! お久しぶりです!」
桟橋付近につけた二隻の船は、どちらもそれなりの大きさを誇っていた。総司たちが購入する予定だった船を、わざわざマリューダ船長が持ってきてくれたのだ。
事情を聞くと、フロルからの命令であるという。総司が手紙を送ってから五日後の今日、過程をいくつかすっ飛ばして、総司たちは想定していたよりもスペックの高い船を手に入れた。
「猊下から手紙が来た時は驚いたよ。あの時乗せてやった少年が未開の地の開拓やってるなんてね。あの可愛い子は一緒じゃないのかい?」
提示していたとおりの代金で大丈夫、とのことだったので、恐縮しつつも総司が金を払うと、マリューダが楽しそうに笑いながら聞いた。
「アイツはレブレーベントの騎士なもんで、国に戻っています。しかしまさか持ってきてくださるとは」
「猊下からそういう指示が来たのさ。気にすんな、ちゃんとその分の金も貰える手はずなんでね」
「……気を遣わせちまったなァ……」
「一通り船の説明をするよ。それであたしの役目は終わりだ。中古品だが性能も状態も良いヤツを持ってきたから、頼りになるはずだよ!」
船はエメリフィムで豊富に採れる魔石燃料を動力源とする機工船。カイオディウムとエメリフィムの間を行き来する大きな機工船をそのまま小型化したような型式だ。二人での航海にはちょうどいい大きさで、魔石燃料とは別に生物の魔力でも動くエンジンが積んである。ただマリューダの話では、ヒトの魔力で動かすのはかなり効率が悪いという。
代わりに普段は収納しておける帆と支柱を積んであるので、いざの際は帆を張って風を捕まえるか、風系統の魔法で少しずつでも進んだ方が良い、とのことだ。
気前の良いことに、レッドが希望した設計図も貰えたので、レッドの改造もはかどることだろう。
「量産品だし機密ってわけじゃない。どこでだって造ってるような船だ。役に立つかね?」
「ウチの技術屋たっての希望でね。助かります」
更に船室には、はちみつ漬けにされた柑橘類のフルーツが積み込まれていた。これもフロルが指示したという。航海において不足する栄養のことをフロルも良く知っているらしい。詳細は知らなくても、総司が何事か挑戦しようとしているのを察してのことだろう。
全て説明を終えたマリューダは、そのまま船で帰って行った。総司はぶんぶん手を振って見送った後、レッドに「思うままに改造してくれ」と指示を出した。レッドは指示を受けるまでもなくやる気満々で、早速設計図をもとに改装の設計を始めたところだった。
「ワリィが三日はもらわねえと。ディアナもそこは飲んでくれよ」
「もちろんだ」
ディアナはこくりとすぐに頷いた。
「むしろ……感謝のしようもない。大金も使わせた。どこまで恩を返せるのかわからない、が……ストリ島に戻ったら、できる限りのことはする。何でも言ってほしい」
「早い早い。まだ気が早いぞ」
総司が笑いながら言った。
「無事に着ける保証なんてどこにもねえんだ。ディアナは真面目な性格なんだろうが、恩返ししてくれるにしてももっと後で考えてくれ。今はデミティスリーヴに辿り着くことだけを考えよう」
「……本当にありがとう。もちろん死力を尽くす。私にできることはあるか?」
「今のところないな!」
総司があっけらかんと言うと、ディアナががくっと肩を落とした。
「な、ないのか?」
「船がそれなりに大きいのもあって、食料は十分以上積み込めるし準備できてる。別に洋上でも魚ぐらいは獲れるからな、それ以外の栄養源も思った以上に確保できた。ディアナだけじゃなく、俺にもできることはねえよ。レッドの手伝いぐらいのもんだ」
「今日はひとまず設計を徹底するぜ!」
レッドが船と設計図から目を離さず、楽しそうに言った。
「明日から物を運んだり組み立てたり手伝ってもらうからさ、今日はゆっくりしてろ!」
「そ、そうか……」
「ってことで自由時間だ。のんびりしてろよ」
「そう言われても……ソウシはどうするんだ?」
「あぁ、実はそろそろ俺の客が――――」
総司が空を見た。
遠い彼方、まだ朧げではあるが、覚えのある魔力の気配が上空から近づいてきている。
総司より遅れてディアナも気づいた。何かの接近に気づき、そして驚きに目を見張る。
強烈な魔力、察知できる範囲でもわかる圧倒的なスピード。ディアナがハッと気づいて警戒の姿勢を取った頃には、彼女はもう総司たちの直上に迫っていた。
「――――伝えていたより少し遅れたか」
「いいや、ドンピシャだ。久しぶりだな、リシア」
かつての相棒にして救世主の一人、リシア・アリンティアスが、光機の天翼“ジラルディウス”によって高速で飛来し、総司の傍らに軽やかに着地した。




