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リスティリア救世譚 外伝 ルディラント建国記  作者: ともざわ きよあき
遥か天窮のゼムナデュラス
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第一話② デミティスリーヴを目指せ

 傷だらけの来訪者が目を覚ましたのは、四日が経過した頃だった。


 保護してから半日が経つ頃には、来訪者の女性の呼吸も安定した。大事に至ることはなさそうだ、と判断したディネイザは、「元々長居する気はなかったしね」と言って、女性が目覚める一日前にルディラント領を後にしていた。


 別に彼女が薄情だというわけではない。少なくとも、遭難者が峠を越えるまでの間は献身的に介抱していてくれた。彼女の容体が十分に安定したあと、これから先しばらくは彼女の事情を聞いたりなんなりというフェーズに入ると見たのだろう。そのこと自体にはさしたる興味がなかったのだ。ある意味ではドライ、そして当然でもある。ディネイザは薬草から作れる薬を作れる限りこしらえて、ティタニエラを目指すため新たな旅に出発した。


 ふと目を覚ました彼女が大慌てで体を起こした時、拠点にいるのは総司だけだった。レッドが作ってくれた原始的なスピンドル――――羊毛をはじめ糸の原料となるものを手作業で紡ぎ、毛糸にしていくアイテムをクルクル不格好に操りながら、パルーテン羊毛による糸の試作品をこしらえている最中だった。


「起きたか!」


 総司が顔を輝かせて言う。大事はないだろうという予想はあったのだが、やはり目覚めるかどうかと言うのは一つのターニングポイントだった。無事目を覚ました彼女は、総司を睨みながら奇妙な手つきをしている。


 その所作が、彼女の武器であった大剣を探している動作なのだろうと、総司はすぐ見抜いた。


「悪いが、手元に武器はないよ。ただ安心してくれ。俺は君の敵じゃない」


 総司が両手を軽く挙げながら声を掛けた。彼女はきっと総司を睨みつけていたものの――――徐々に自分の現状を把握し始めたようだ。


「……私は……私は、もしや……あなたに、助けていただいた、のか」

「俺だけじゃないが、一応そういうことになる」


 木製のコップに水を注いで、彼女の元へ持って行く。薄れていく警戒感が肌で感じ取れた。恐らく、急に殴りかかられるような心配はないだろう。


「ソウシ・イチノセだ。んで、ここは旧ルディラント領――――レブレーベントとカイオディウムの南に位置する、昔の小国の領土内。混乱しているだろうが、まあとりあえず飲みなよ」

「……無礼を許してほしい。なんと礼を言っていいものか……」


 水を受け取ることなく、長身の女性は布団の上でぐっと、不格好な土下座の姿勢を取った。総司の知る土下座のスタイルとは若干違うが、彼女にとって最大限の謝辞の姿勢であろうということはわかる。


「良いから良いから。とりあえず一杯飲んでおけって」


 彼女に顔を上げさせて、ぐいっと強引にコップを押し付けて、総司がどさっと布団の端に腰を下ろした。


 警戒感は薄れているらしいものの、しかしなくなってはいない。水を飲むのもどこか躊躇っている。まるで毒でも入っているのではないかと疑っているかのような、眉根をひそめた微妙な表情だ。だが、彼女の立場にしてみれば考えるまでもなく、総司にその動機はない。殺したいのなら放っておくだけで事足りたのだから。


 女性が警戒しつつも水を軽く一口飲むのを見届けて、総司が再度声を掛ける。


「名前は?」

「……ディアナと言う」

「ディアナ、自分がどこからどういう事情でここへ来たのか、覚えているか?」

「……先ほどの国名……ここは大陸側だということか……」


 ディアナの表情には深い絶望が刻まれていた。


「流れ着くはずが……そんなことが……でも、流れ着いたのなら、もう……!」

「大陸側……?」


 総司が聞くと、ディアナはハッとして、何とか表情を取り繕い、冷静な風体を装った。それがつたない演技であることは、総司にもすぐにわかった。


「私は海の向こうから来た、ということになるのだと思う。大陸の話は、少しだけなら知っている。ルディラントと言う名前に聞き覚えはない。レブレーベントとカイオディウムは、知ってる」

「……ディアナがいた島ってのは、デミティスリーヴって名前か?」


 ディアナが驚いた顔で総司を見つめた。


「何故だ……? 大陸の人々はデミティスリーヴについてはほとんど知らないと教わった」

「ほとんどに当てはまらないってことだ、偶然にもな」


 ある程度の想定はしていたが、やはり彼女はデミティスリーヴ諸島の島から来た人間だ。


「……私はデミティスリーヴの……島の一つ、ストリ島にいた。けれど……けれど……?」

「ん? どうした?」

「ぐっ!」


 ディアナが頭を抱えてうずくまった。総司が慌てて彼女の傍に寄った。


「ディアナ!」

「なんだ……何故だ……? 思い出せない……痛い……」

「……“どうしてここに来ることになったのか”の部分が、思い出せないのか」


 ディアナがこくこくと頷く。総司はそんなディアナの姿をじっと見つめていた。


 “女神の騎士”としての力を失った総司だが、魔力の気配に関しては相変わらず敏感だ。これは救世の旅路を達成するため与えられた能力ではなく、元いた世界では花開くことのなかった総司の才覚の一つである。


 ディアナが何かを思い出そうとして、彼女が頭痛を訴えた瞬間、わずかな魔力反応があった。


 つまり――――“枷”がある。何らかの魔法による記憶の封印。


「わかった、一旦置いておこう。話の前に……メシだ。寝ている間何も食ってないわけで、腹減ってるだろ」

「……何故、助けてくれたのだろう」

「……どういう意味だ? 家のすぐ近くに意識不明のヒトが流れ着いて、放っておくのが普通だとでも?」

「……それは……そう、そうか……いや、申し訳ない……妙なことを言った……しかし感謝する、本当に……」


 ディアナはぐっと力を込めて立ち上がり、まだふらつく足取りで総司の方へ向かった。総司が慌ててその体を支えると――――ディアナは総司の腕を、強く掴んだ。


「……どうした」

「お願いだ……お願いします……命を助けてもらっておいて、厚かましいのは、本当によく……けれど、どうか……どうか私を、デミティスリーヴに……!」







 デミティスリーヴ諸島にはいくつかの島々があるが、大きくわけると三つの島――――それに連なる三つのエリアに分けられる。


 「本島」とも呼ばれるヴィタ島、ディアナがいた「ストリ島」、そして基本的にはヒトが住まわず、またヴィタ島を支配する女主人の許可がなければ踏み入ることが許されない聖域にして禁忌の島、「ジオル」。それら三つのエリアを総称し、デミティスリーヴと呼ぶのだという。


「大陸側からデミティスリーヴの座標はわからない」


 ディアナが目を覚ました日の夜、拠点に集まった新生ルディラントのメンバーの前でマキナが言った。


「遥か南方の海のかなたに在る。という記録はあるものの。ディアナの言う大陸側。つまりは我らの記録にデミティスリーヴの詳細はない。私は時空間的断絶があると読んだが。どうやら違う?」

「私も全てを知るわけではないので、断定まではできないが……恐らく距離的断絶と魔力的断絶だ、と思う。デミティスリーヴの周囲……島民の生活の影響が出ないぐらい遠いところでは、大いなる“メゼス”による大嵐が囲んでいる。物理的に近づいたところで、島には辿り着けないはずだ」

「“メゼス”?」


 総司が問うと、ディアナはすぐに答えた。


「デミティスリーヴの古代語だ。今の言葉で言うところの……主君、とか、主という意味になるはずだ」

「さっきの話に出てきた、『ヴィタ島の女主人』のことか?」


 総司が加えて問いかけると、ディアナは首を振った。


「いや、我らストリ島の住民にとっての主君、メゼス。“ゼムナデュラス”という男のことだ」

「よぉしちょっと待った。レッド、紙と“炭えんぴつ”をくれ」

「あいよー」


 レッドがとてとてと、拠点一階の端にある自分の小さな工房スペースに走って、紙と“炭えんぴつ”を取ってきた。


 えんぴつという名称はわかりやすいからそう言っているだけで、実際には生活の中で燃料代わりにしている木材の燃えカスや木の燃え残りを、総司が“ラヴォージアス”によって強烈に圧縮し、えんぴつの形にととのえた簡易筆記具である。粗悪なものだが、メモ書きには十分だ。


「整理しねえと、わからなくなっちまう。マキナが覚えてくれるだろうが俺も理解したい。えぇっと……」


 総司はがりがりと、まだ質の悪い紙の上にディアナの話を書き出し始めた。


「ヴィタ島と、ストリ島と、ジオル。三つの島がある。代表的な島としてこの三つで形成されるデミティスリーヴ諸島の周りは常に大嵐。で、ヴィタ島には“女主人”が、ストリ島には“ゼムナデュラス”って言う島の主君みたいなのが……メゼス・ゼムナデュラスってのがいる。で、大嵐はこのメゼス・ゼムナデュラスが制御してる……いや待て待て、んなことできるか?」


 総司がピタッとえんぴつを走らせるのを止めた。


「魔法だろ? 常に? 化け物どころの話じゃねえぞ」

「そう……メゼスの力は強大だ。メゼス・ゼムナデュラスは四百年もの間その大嵐を維持しながら、ストリ島の支配者として君臨しているんだ」

「よんひゃく!?」


 総司が再びメモを取りながら目を丸くした。


「デミティスリーヴの島民ってのは長寿の種族なのか?」

「長くて80年程度だ、一般的には」

「……大陸側と多分変わらねえな。だとしたら……」

「そう、異常なんだ、メゼスは」


 ディアナが暗い顔で言った。


「嵐を制御する魔法だけじゃない……魔法というもの全てを掌握していると言っても過言ではないほど、天才的な魔法使い……ストリ島を完全に支配する絶対的な存在だ……けれど、決して暴君ではない。少なくとも、表向きは」

「表向きは……裏の顔がある、ということか」

「何故かそう思うのに、何故そう思うのかを思い出そうとすると、靄がかかるんだ」


 ディアナが顔をしかめながら、悔しそうに言う。ディアナが「海を漂流した理由」を思い出そうとした時のような強烈な頭痛があるわけではないらしいのだが、彼女の記憶のプロテクトは随所に及んでいる。しかも、それら全てを把握することはできない。


 完全な記憶喪失ではなく、部分的な記憶の枷であるために、彼女が何を覚えていて何を忘れてしまっているのかがあいまいになっている。総司の感覚としては、このやり方はとても効果的で、且つ小賢しく、あくどい。


 何故なら――――完全な記憶喪失であれば、彼女はある意味平和に、もしかしたら幸せに、新生ルディラントの民として生きる道もあった。


 しかし彼女は覚えてしまっている。自分がどうしても、デミティスリーヴに戻らなければならない理由を。


「ストリ島には私の姉がいる。特別な力を持った、ネイヴェルという姉が」

「お姉さんがいると」

「メゼスが何かをしようとしている。姉が利用されようとしている。けれど……そこが、思い出せないんだ」

「……まあ、焦燥感に駆られるには十分な理由ではあるな。お姉さんが危機的状況になるかも、ってのは。しかし特別な力か。気になるね」


 総司がディアナに問いかけた。


「その力のことは、覚えてるか?」

「名前を思い出せないが、概要は覚えている。姉さんの力は……“過去を現実に再臨させる力”、だ」

「……んん? どういう意味だ?」


 総司が頭を掻いた。


「……過去に“あったこと”を、断片的に、局所的に再現する。そういう力だった……はずだ」

「イマイチわからんが、すごい力だってのはわかるな」


 総司が頷きながら言った。


「“古代魔法”に近い気がする。大嵐の方は“伝承魔法”っぽいけど。ディネイザが行っちまったのは惜しいな」

「同意する」


 マキナが頷く仕草をした。


「ディアナの言葉が真実なのであれば。“古代魔法”の中でも殊更上位。レヴァンチェスカの御業に他ならない。しかし私も知らない。そんな魔法があり得るのか自信がない」

「魔法的ではあるけど魔法の枠に収まらないのかもな」


 総司がふと思いついたように言った。


「ディアナはさっきから、“力”としか言ってない」

「いや、すまない……断言はできない。全てが……全てが、そう、『そう思う』という感覚だ。形容しがたい」

「良いさ、無理するな」


 総司がパッと話を切り替えた。


「とにかく、ディアナはお姉さん……ネイヴェルのために、デミティスリーヴに戻りたい。けれど、デミティスリーヴの位置は大陸側じゃあ把握できていない上、辿り着けたとして大嵐を抜ける必要がある、と来た。無理難題だぜ」


 話を総括した結果、ディアナの望みを叶えるのは不可能に近い、というのがハッキリしてきた。


「とは言え難しさの度合いで言えば、大昔に滅んだ国を訪れるほどじゃあないかもな。なんと言っても、間違いなく在るんだから」

「ほう。つまり?」


 マキナが合いの手を入れた。総司の言葉の意味を理解し、楽しむような音が鳴っている。


「不可能に近いが、不可能じゃない。乗りかかった船ってやつだ」


 総司がニッと笑う。


「デミティスリーヴ諸島のことは、ディアナとは全く別方向から名前だけ聞かされててな」


 すっと立ち上がり、総司がバシッと机に手を置いた。


「これを偶然と片付けるわけにはいかないと判断した、ので! 新生ルディラントはデミティスリーヴを目指すため動くことにする!」

「あいよ~」

「わかった」

「え……い、いや、待ってくれ」


 ディアナが慌てた様子で言った。


「私が懇願してしまったのは事実だが……その、あなた方にそこまで……」

「言ったろ、こっちにはこっちの事情がある。デミティスリーヴのことをもっと知りたいって言う俺の事情がな」

「そもそも達成可能かどうか。現時点では定かではない」


 マキナが当たり前のことだが、機械的に淡々と告げた。


「大陸からデミティスリーヴへ辿り着く手段がもとよりないかもしれない。或いはあったとして。新生ルディラントには実現不可能であるかもしれない。実現可能であったとして。時間が掛かり過ぎてキミの言う“姉の危機”が差し迫るまでに間に合わないかもしれない」

「ッ……」


 ディアナがきゅっと唇をかんだ。焦燥感は強いのだろうが、しかし彼女には今、どうすることもできないのだ。


「しかし我らの王が決めた。であれば力を尽くすのみである。どこの誰とも知らぬキミの願い。他の国が叶えてくれるとも到底思えない。キミもまたルディラントと共に行くしかないのだ。さて。どう動く」

「場所の特定とそこまで行く手段の確保を同時並行だな。ただ全く良い考えがない。座標がわからねえんじゃデミエル・ダリアの権能も使えねえからな。ってことで助けてくれ」


 総司が正直に言うと、マキナはまた楽しそうな、笑うような音を立てた。


「考えはあるが。まずは休息だ。目覚めたばかりのディアナをもう少し休ませる」

「確かに、起き抜けに込み入った話だったな」


 総司がハッと気づいて立ち上がった。


「よし、今日はこれでお開きだ! マキナの言う通り、可能不可能の話からだし、焦っても仕方ない。手段が見つかったところで海を越えるとなれば、ディアナの体調も万全じゃなきゃダメだ。回復に専念してくれ」


 総司が明るく言うと、ディアナはしばらく呆けたあと、一筋涙を流した。


 軽く慌て始めた総司だったが、ディアナは総司たちにとにかく礼を言うばかりだった。少なくとも体調が悪いわけではなさそうなので、ディアナは総司が普段寝ているスペースで体を休めることとして、木製の簡易な仕切りを設けて、総司はしばらくリビング側で寝泊まりすることになった。


「オレは技術屋だ。細かい事情は別に関係ねえ、決めるのは兄ちゃんだ。海を越えて島を目指すと決まったなら、そのための手段を探るのが役目だ。けど、今のルディラントで船を一から作るってのはちとキツイな」


 食事の残りをもぐもぐと食べながら、レッドが小声で言った。


「小舟ぐらいならパパっと作れるけどよ、遠洋に出れるわけもねえ。兄ちゃんの魔法で材木運んだり組んだりできるなら、帆船の規模も作れなくはねえけど……」


 魚の燻製を食べ切って、レッドが渋い顔をした。


「その規模になると『動かす』のに人員が必要だ。ずーっと兄ちゃんの魔法で動かし続けるわけにもいかねえしな」

「ああ。凪の時に進めるぐらいのことはできるが、遠さが不確かだからな……案外近い、なんてことはなさそうだし」


 物理的断絶に言及していたディアナの言葉を思い出し、総司も顔をしかめた。


「エメリフィムとの海峡を往復してる機工船があるだろ。アレを調達してくるか」

「小さいヤツなら買えると思うけど、燃料も含めると兄ちゃんが貰った報奨金の半分はすっ飛ぶぞ。しかもあくまでも廉価品しか無理だ。良いヤツはとても買えないね」

「良いさ、金は使うためにあるもんだ。一から動力付きの船を作れる技術と材料はまだないけど、レッドならその船をもとに改造できるんじゃないか?」

「ちょっと設計を調べれば手を加えるのはそう難しくねえ。それでいくか」

「明日マキナの助言を聞いた後、港まで行ってくるよ。数日開けることになる。頼んだぜ」

「ディアナの面倒見るぐらいは任せな。ちゃんと値切れるだけ値切るんだぞ」


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