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リスティリア救世譚 外伝 ルディラント建国記  作者: ともざわ きよあき
遥か天窮のゼムナデュラス
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第一話① 傷だらけの来訪者

 領地運営の鍵は利水と治水にあり。


 小規模な村であっても、飲み水の確保は最優先事項である。豊かな水源の確保と制御こそ、領主が領主たる所以とも言える。


 旧ルディラント領・仮名「エルマ岬」のほとりに築いた総司の拠点には、山脈から穏やかに流れて来る山水の流れをわずかに変えて、うまく水を引っ張ってきている。もちろんこれはレッドの手腕であり、総司は使える限りの魔法を駆使して彼の言う通りにパイプを通したり、地形を若干削ったりしただけである。


 一応、海水を蒸留して淡水を作り出すという手段もないわけではない。が、海水から抽出した水分と、地上にある淡水とでは組成が違う。総司の故郷・日本の確たる技術を以てしても、「そのまま」では――――ありていに言えば、とてもまずい。技術の粋を凝らしてようやく飲料用として耐え得る状態になる。当然、集落をこしらえるとなれば地上で育まれた水が必要だ。できれば良質なものが。


 日本の例で考えると、全国的には地表の水源と地下水源とは四対一の割合と言われている。しかしこれは全国的な統計の話であり、局所的に見るとその限りではない。例えば首都東京は大部分を地表の水に頼っているが、熊本ではほぼ100%が地下水である。


 さてルディラント領はと言うと、少なくとも総司が拠点を築いた箇所の周辺は地表の水を引っ張ってくることで何とかなりそうだ、と言うのがマキナとレッドの見立てである。


 まだ領土内の一割も探索できていないが、周辺には泉があり、ひとまず小川を引けば当面の生活用水は確保できそうだった。


 マキナの見立てでは地下水源もしっかりと存在している、とのことだが、現状はまだ必要ない。いずれ集落が大きくなれば、井戸による取水も視野に入れよう、とのことである。


 ということで、リシア・アリンティアスがルディラント領を離れてから一か月あまり。総司は持ち前の体力と、スヴェン・ディージングから受け継いだ魔法を駆使して、自分の拠点近くまで小川を引っ張ってくるという作業を完遂したところだった。


 大規模な河は必要ない。運河としての機能を持たせる気もないので、氾濫の危険がないようマキナに指導を頼みながら、ほぼ直線的に小川を流してくるだけである。強烈な破壊の魔法も扱える総司にとってみれば、重労働というほどでもなかった。


「ぬぐぐぐ……」

「もうちょい右、もうちょい……おー、そうそうその辺だ。うまいこと下ろしてくれよ」

「ぐぐっ……!」


 小川を作った後は、羊小屋の拡張作業。


 ルディラント領内に生きる特別な羊、パルーテン羊を招く作戦は見事成功し、一か月で十頭あまりが領地の牧場に移住してきてくれた。最初の三匹ほどを連れて来ることができた時、彼らには雨風を凌ぐための小屋を提供しようということで作っていたのだが、数が増えたのでその拡張を行う必要があった。


 重力を操る伝承魔法・“ラヴォージアス”を駆使して、レッドの言う通りに木材を操作し、組み立てを行っているのだが、いかんせん総司は細かい魔法の操作が不得手である。繊細さを要求されるコントロールは未だ修行中だ。“ラヴォージアス”の力の源泉たる精霊・ネフィアゾーラと総司の相性は良好らしく、「威力」を高める方向性であれば相当の出力を誇るのだが、残念ながら領地の形成にこの魔法を使おうとすれば、求められるのは繊細な制御。そちらはまだまだ未熟である。


「イイ感じだな。後は任せろ」

「頼む! 疲れた!」


 どさっと腰を下ろす総司に代わって、レッドがひょいひょいと枠組みだけ出来た小屋の上に登って、置いた木の板をずらさないよう、金具を使って器用に固定していく。瞬く間に小屋の拡張が達成された。いくつかランタンも設置し、油を注入して、夜も灯りが得られる設備にした。


「余った木材で適当にヒト用の休憩場所でも作っとくかね。ここで羊の世話しながらくつろぐこともあるだろ」


 レッドがくるくるとトンカチとノコギリを回して、瞬く間に簡易のテーブルと椅子をこしらえる。木製の簡単なものではあるが、いつ見ても驚く手際の良さである。もちろん、ちゃっかり自分用の高さのセットも完備だ。


「ものの数時間で様変わりするものだね。リック族ってのはすごいな」


 女性の声がして、総司がふっと目を向ける。


「おぉディネイザ、もう中の作業は良いのか?」

「あらかた下ごしらえはしておいたよ。ソウシにも覚えてもらったし、これからはいつでも植物油が確保できる。果樹園でも作って栽培した方が良いかもしれないね」


 ローグタリアにて共に強大な敵と戦った功労者の一人、ディネイザ。エルフの血を引き古代魔法も扱う、逞しい冒険気質の女性である。未だワイルドな生活に終始しているルディラント領にあって、健康的な美を誇るディネイザの姿は実に合っていた。 


「“ナルタ”の実から取れる油は万能だ。料理にも使えるし、着火補助材にもなる。ルディラントに自生しているとは思わなかったよ。ティタニエラにしかないものだと思っていたけど……君の話を聞くに、どうやら千年前の縁とやらで持ち込まれたようだね」

「“ディナ”の樹もあったしな。ティタニエラ由来の植物はウチの大きな強みだ。とは言え、そっちを名産品として派手に売りさばくわけにはいかねえが」

「それが良い。流通させるべきものじゃないしね。まあ、気候と大地の魔力の質がたまたま合ってるだけで、他の土地じゃあ満足に育たないかもしれないけど」


 ディネイザはルディラントの領民として加わってくれたというわけではない。総司は勧誘したものの、ディネイザは一旦考えさせてほしい、ということで、ひとまず数日滞在するだけである。


 たまたま立ち寄ったローグタリアにて、皇帝ヴィクトリウスからルディラントの話を聞いたディネイザが、興味本位でふらりと訪れただけなのだ。世界を旅する冒険家であるディネイザは、総司よりよほどサバイバルの知識と経験がある。総司には強力な味方として、何でも知っている傀儡の賢者マキナがいるものの、やはり実践を交えて教わることができるのは非常に大きかった。


「他ではあまり見ない薬草も、近い場所にそれなりに群生してる。簡単な地図は作っておいたよ。摘んできた分は今乾燥させてる。素材が出来上がったら簡単な調合を教えよう」

「助かる。やっぱ医者がいねえのも大問題だな。今まで自分の健康なんて大して考えもしなかったが……」


 かつて部活に励んでいた頃は、体を鍛えるための知識ぐらいはそれなりに仕入れていたので、日々の食事の栄養バランスなども多少は気にしたものだったが、若い故にさほど気を遣わなくてもトレーニングすれば筋肉はついたし、健康体でもあった。


 だが、病というのは突然襲い来るものだし、軽いけがでも対処を誤れば長引くことがある。正しい医療知識を持った存在は不可欠だ。


 それに千年の時を経て、ルディラント領は未開の地に逆戻りしている。野生溢れる自然は魅力的でもあるが、同時に未知の感染症などの危険も内包する。そういったものを調査できる人員も必要だろう。


「ディナの実が好きな時に獲れるようになれば大きいね。滋養はアレ一つでも最悪なんとかなる」

「果樹園作るか」

「イイね、賛成」

「おーい兄ちゃん、ちょっと海行ってくるぜ。魚獲りの罠を見てくる」

「おっと。俺も行こうか」

「いや、兄ちゃんはあっちの石をこの図面通りに加工しておいてほしいんだよ。多少大雑把でも構わねえ」


 レッドがぴらっと紙切れを一枚総司に寄越した。木材の端材を使って下ごしらえをすれば、その材料から紙を生成する便利な魔法があり、マキナの指導を受けながら総司も何とかひと月で体得したのだが、いかんせんまだ質が悪い。それでも領地内での伝達には十分だった。


「んー? 何を作るんだこれは……?」

「組み上げればすぐにわかるさ。ま、とりあえず頼んだぜ」

「わかった」


 レッドが元気よく去っていく姿を見送りながら、ディネイザがクスクス笑った。


「彼がいなければどうなっていたことか、ってところだね?」

「今頃レブレーベントで下っ端騎士やってるよ。間違いなく」

「実のところ、皇帝陛下に話を聞いた時には、『流石にそれは無茶じゃないか』なんて思ってたんだ」

「当然の感想だなぁ……」

「でも見立ては外れたよ。レッドとマキナを引き入れたのは見事な手腕とした言いようがないね。あとは人員さえ揃えば夢物語でもないかもしれない」

「だーから、ディネイザがその一人になってくれれば良いんだって」

「わかってるよ、ちゃんと考える」


 ディネイザが苦笑した。


「世界をぶらぶらするより面白そうだ、とも思ってるんだ、実際。けど、せっかくなら一つ、野望を達成してからにしたい」

「野望。聞いていいのか?」

「もちろん。と言っても大層なものじゃなくてね。いろいろ先祖の記録があるから知識は割とあるんだけど、私自身はティタニエラに一度も行ったことがないんだ。いつか行ってみたい、なんてぼんやり思ってたけど……君を見てたら、達成したくなった」

「ティタニエラか……エルフの血を引いてるディネイザなら入れそうだが……」

「以前一度挑戦したんだけどね。ダメだった」

「そうなのか。なら……ものは試しだ、帰りに虹の石の欠片でも持って行けよ」

「あの不思議な鉱石かい?」

「サリア峠特有のものらしいからな。千年前のルディラントとティタニエラの縁は今よりずっと深かったみたいだし、もしかしたら『証』みたいな感じで使えるかもよ」

「……なるほど。じゃあここを出る時にありがたくもらっていこうかな」


 ディネイザがぐーっと伸びをして、


「もう少し薬草類を探してくるよ」

「おう。俺はここで石を加工してるから、何かあったら呼んでくれ」

「了解」


 ディネイザが足取り軽く森へ消えていくのを見送って、総司はレッドに言われた通り石の加工に乗り出した。


 積み上げられた石を、魔法を駆使して砕き、図面通りにできるだけ丁寧に加工していく。長方形の石を大量に作成するということは、恐らくレンガ積みのような形で何かを作るということなのだろうが、レッドが次に何を欲しているのか総司にはわからなかった。とりあえず彼の言う通りに雑務をこなすのみである。


「――――こんなもんか」


 三十分もすれば、レッドに言われた分の石の加工は終わった。そろそろ昼過ぎの時間帯だ。幸い、総司とレッド、それにディネイザの分ぐらいであれば、食料には今のところ全く困っていない。小さな畑を作って、近辺にある「野菜」と言える植物を栽培していることもあって、ディネイザによれば栄養バランスも悪くないらしい。


総司が便利な魔法を数多く使えるおかげで――――それぞれの精度は決して高くはないものの、それでもだ――――衛生面も含め心配事は少なく、辺境のスローライフとして見ればかなり快適な生活をしていることは間違いない。


しかしながら領地としてはほとんど進展していないレベルだ。そろそろ、技術や経験のある人材を増やし、いよいよ集落を形成するという工程について、真剣に向き合う必要がある。総司の生活の基盤が安定してきたからこそだ。


「兄ちゃーーーん!!」


 今後どう動こうかとぼんやり考え始めていた総司の耳に、切羽詰まったレッドの叫び声が届いた。総司の目がギュン、と海の方を向いて、魔力が一気に増大する。


「どうした!」


 走りながら、総司が叫び返した。レッドの姿がすぐに見えてきた。


「怪我人、遭難者だ! 入り江の方に誰か倒れてる!」

「そ、遭難……!? わかった、すぐ行く!」


 返事をしながら、総司は空へ向けて赤い光を放った。


 ディネイザと二人でひとまず取り決めをしていた、緊急時の信号。空中で花火のように音を立て爆発するそれは、ディネイザにもきっと届いたことだろう。


 ディネイザの到着を待たず、総司はレッドを肩に乗せて入り江の方角へ疾走した。


 入り江の浜辺を見れば確かに、ヒトが突っ伏すようにして倒れている。


「おい、大丈夫かアンタ!」


 近くへ滑り込むようにして屈みながら、総司が声を掛ける。


 体格のいい女性だった。女性にしては結構な長身で、長い金髪、大部分が砕けた蝶の羽のような髪飾り、半壊した黒と銀を基調とする鎧。女性らしくも逞しい体つきとその恰好を見れば、彼女が「戦う者」であることが見て取れた。しかしそれにつけても随分とボロボロで、彼女が倒れる一帯は血まみれだ。だが、脈をはかるまでもなく生きているのはわかった。荒い息遣いが聞こえる。


 総司の呼びかけには反応を示さなかった。意識がないか、朦朧としているか――――いずれにしても、正常な反応ができる状態ではないだろう。


「んっ……?」


 一瞬、総司が怪訝そうに目を見開いた。


 彼女の体から――――ほんの一瞬だが、覚えのある魔力が感じ取れた。この感覚は何だったか思い出そうとしたところで、レッドの声で現実に引き戻された。


「どうする兄ちゃん、ついほっとけなくて呼んじまったけど……」

「おっと――――良いさ、もちろん助けるよ……けどやべえな、ウチには医者がいねえ。応急処置で何とかなるような怪我ならそれで良いが、高度な医療が必要なら……そん時は、どうしようもねえな……!」


 総司が真剣な表情でそう言いながら、腕を女性に向けた。


「“レヴァジーア・ラヴォージアス”……!」


 女性の体を魔法で浮かせる。


 ガチャン、と派手な音がした。彼女の体が覆いかぶさっていて見えなかったが、長身な彼女の背丈ほどもある巨大な剣が立てた音のようだった。


 総司がピッと指を向けて、剣もふわりと浮かせた。


「とりあえず家に運ぶ。ディネイザが薬草確保してくれてよかった。できるだけのことはしてみよう」


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