呼び戻し命令
朝の空気は、澄みすぎていた。
それが、
一番よくない。
宿の扉を開けた瞬間、
俺は理解した。
――来ている。
中庭に立っていたのは、
王都契約院の馬車だった。
黒地に銀の紋章。
隠す気はない。
「……正式ね」
アリアが、
低く呟く。
「はい」
俺は、眼鏡を直した。
馬車の前に立っていたのは、
昨日の監督官ではなかった。
白を基調とした契約官服。
位が、違う。
「王都契約院・召致局」
男は、淡々と名乗った。
「追放書記官リュカ。
呼び戻し命令が出ています」
その言い方には、
選択肢が含まれていない。
「……罪状は?」
俺が聞く。
「ありません」
即答だった。
「だが」
一拍。
「君は危険だ」
それだけで、
十分だった。
書面が差し出される。
《王都召致命令》
《目的:事情聴取および能力確認》
《拒否した場合、
非協力的態度と見なす》
丁寧だ。
そして、冷酷だ。
「行けば?」
アリアが、
小さく言った。
「戻って、
話せばいい」
彼女の声は、
現実的だった。
それが、
一番つらい。
「……行けば」
俺は、
紙から目を離さずに言う。
「俺は、
戻って来られません」
彼女は、
黙った。
分かっている。
王都は、
“能力だけ”を必要としている。
人間は、
どうでもいい。
「期限は?」
俺が聞く。
「本日中」
男は、
視線を逸らさない。
「……移動中の
拘束は?」
「必要ありません」
それは、
嘘ではない。
だが――
自由でもない。
俺は、
紙を折りたたんだ。
一歩、
前に出る。
そして――
止まった。
「拒否します」
自分の声が、
思ったより静かだった。
空気が、
一瞬で変わる。
「理由は?」
召致官が聞く。
「簡単です」
俺は、
はっきり言った。
「ここで死ぬ人間を、
王都は救わない」
沈黙。
それが、
答えだった。
「……理解しました」
召致官は、
紙をしまう。
「では、
次の段階へ」
次、という言葉が
嫌な音を立てた。
馬車が、
ゆっくりと離れる。
だが――
終わりではない。
始まりだ。
「……怖い?」
アリアが、
横に立つ。
「はい」
俺は、
正直に答えた。
「でも」
一拍。
「ここに残ります」
彼女は、
少し考えてから言った。
「じゃあ」
視線を合わせる。
「私も」
その言葉で、
胸の奥が
静かに固まった。
その夜。
宿の机。
帳簿と、
ルーペ。
二つを見比べる。
(……次は、
隠れられない)
王都は、
力を使わせに来る。
より確実に。
――王都契約院・内部通達。
《対象:リュカ》
《召致拒否を確認》
《対応方針変更》
《現地案件を通じ、
能力使用を誘発》
《拘束は、
使用確認後》
▶︎ 次話へ
王都は、“逃げ場のない仕事”を用意する。




