読むしかない夜
鐘が鳴ったのは、
起きていないのに来た夜だった。
三度。
短く、切るように。
――判断させるために、用意された音。
「リュカ」
宿の廊下で、
アリアが立ち止まる。
息は整っている。
だが、目が違った。
「……採掘じゃない」
「え?」
「搬出導線」
その一言で、
全部つながった。
現場は、河港の外れだった。
坑道ではない。
資材搬出路。
天井は低く、
支柱は簡素。
「違反は?」
王都監督官が、
形式通りに聞く。
「ありません」
現地責任者が、即答する。
――揃いすぎている。
俺は、革ケースに触れかけて、
指を止めた。
(……読むな、と言われている)
ここには、ある。
だが――
使えば、また記録される。
人が、残っている。
それだけで、
逃げ場はなかった。
「……時間は?」
「分からん」
正直な声だった。
それが、
一番まずい。
地面が、わずかに鳴る。
支柱が、
音を立てた。
「……来る」
根拠はない。
だが、
違和感だけは確かだった。
アリアが、
俺を見た。
止めなかった。
促しもしなかった。
ただ――
隣に立った。
俺は、
ルーペを取り出した。
喉が動く。
(……声に出すつもりはなかった)
だが、
息が漏れた。
「……真契読解」
――つもりだった。
実際には、
音になっていなかったかもしれない。
視界が、沈む。
文字ではない。
線でもない。
配置と時間だけが、重なって見える。
(……三分)
正確すぎる数字が、
背骨の奥を冷やした。
「左だ」
俺は、短く言った。
「今すぐ」
「理由は?」
「後で」
それで、十分だった。
一人が、
足を取られる。
俺は、
考えなかった。
腕を掴み、
引いた。
(……間に合え)
外に出た瞬間、
背後で音が変わった。
“崩れる音”だった。
土煙。
叫び。
――そして、
止まる。
誰も、死ななかった。
それだけが、
事実だった。
俺は、
膝をついた。
頭が痛い。
だが、
意識ははっきりしている。
「……使った?」
アリアが、
低く聞く。
「……読んだ、かもしれません」
正直に答えた。
彼女は、
何も言わなかった。
ただ、
頷いた。
その夜。
宿の机に、
ルーペを置く。
触れない。
(……戻れない)
だが――
それでいい。
翌朝。
王都契約院・内部処理。
《夜間緊急案件・確認申請》
《対象:辺境案件》
《真契読解使用の可能性あり》
――評価、保留。
使ったかどうかは、
まだ確定していない。
だが――
次は、確実に見られる。




