王都は、それを許さない
馬が来たのは、昼だった。
土埃を上げ、
ためらいなく街道を割ってくる。
「……早いわね」
アリアが、低く呟いた。
「はい」
俺は、眼鏡を直す。
(思ったより、早い)
王都契約院の紋章。
それだけで、
空気が変わった。
辺境では珍しい、
“絶対の印”。
馬から降りた男は、
黒衣の契約官服を着ていた。
年は三十前後。
動きに無駄がない。
「王都契約院・監査課」
淡々と名乗る。
「――エリオットだ」
その名前で、
背筋が少しだけ冷えた。
「追放書記官リュカ」
呼び捨てだった。
「辺境において、
複数の契約是正を
独断で行ったと報告を受けている」
アリアが、
一歩前に出る。
「領としての判断です」
エリオットは、
一瞬だけ彼女を見る。
「領の判断は、
王都の判断より下位だ」
正論だった。
だが――
正論ほど、人を追い詰める。
「違反は?」
俺は、静かに聞いた。
エリオットは、
書類をめくる。
「ない」
即答だった。
「だからこそ、
問題だ」
空気が、張る。
「契約とは、
秩序のためにある」
エリオットは続ける。
「君の是正は、
秩序を乱す」
「人は、死ななかった」
俺は、言った。
「今回はな」
一拍。
「だが前例は残る」
それが、
王都の恐怖だった。
「確認する」
エリオットは、
俺を見た。
「君は、
真契読解を
使ったか?」
一瞬の沈黙。
使った。
確かに。
だが――
ここで認めれば、
終わる。
俺は、答えた。
「……読めました」
曖昧に。
エリオットの目が、
細くなる。
「読めるだけで、
危険だ」
彼は、
はっきり言った。
「君は、
“正しい契約”を疑う存在だ」
それは、
最大級の罪だった。
アリアが、
声を張る。
「それでも、
人は救われた!」
エリオットは、
首を振った。
「救われた人間がいるなら、
切られた人間もいる」
その言葉に、
広場が静まる。
「王都は、
君を再び裁かない」
意外な言葉だった。
「だが」
エリオットは、
紙を差し出す。
《監視対象指定》
「今後、
君の行動は
すべて記録される」
逃げ道のない鎖。
俺は、
紙を見つめた。
拒否すれば、
力ずくで来る。
受け入れれば、
自由は減る。
「……分かりました」
俺は、頷いた。
エリオットは、
わずかに眉を動かす。
「賢明だ」
馬が去り、
街に静けさが戻る。
だが――
もう、元には戻らない。
アリアが、
小さく息を吐いた。
「……怖い?」
「はい」
正直に答える。
「でも」
一拍。
「ここで引いたら、
全部無駄になります」
アリアは、
俺を見る。
「それでも、
続ける?」
答えは、
決まっていた。
「はい」
その夜。
宿の机に、
ルーペを置く。
触れない。
(……次は、
読むだけじゃ済まない)
王都は、
俺を試す。
それは、
避けられない。
だが、
もう一つ確かなことがある。
この街で、
俺は一人じゃない。
アリアの足音が、
廊下で止まった。
扉の向こうに、
誰かがいる。
それだけで、
十分だった。




