その契約は、誰の味方か
広場には、人が集まっていた。
怒鳴り声はない。
だが、空気が刺さる。
「……あの書記官だ」
誰かが、そう呟いた。
視線が、一斉にこちらへ向く。
「説明してもらおうか」
前に出てきたのは、倉庫組合の代表だった。
「お前が条件を変えたせいで、
仕事を失った人間がいる」
正面からの言葉だった。
逃げ道はない。
「昨日の追補条項で、
作業時間が制限された」
代表は続ける。
「結果、
雇える人数が減った」
事実だ。
否定できない。
アリアが、俺を見る。
「……答えて」
命令ではない。
信頼だ。
俺は、一歩前に出た。
「その通りです」
ざわめきが起きる。
「条件を変えた結果、
仕事を失った人はいます」
逃げなかった。
「……ふざけるな」
誰かが、低く唸る。
「だが」
俺は、続けた。
「条件を変えなければ、
次に倒れる人が出ていました」
空気が、張り詰める。
「それでも、
失業は正しいのか?」
鋭い問い。
俺は、答えた。
「正しくありません」
即答だった。
「だから、
次の条件を書く必要がある」
人々が、息を呑む。
「雇用数が減るなら、
配置を変えればいい」
俺は、帳簿を開く。
「重労働を減らし、
補助業務を増やす」
「体力で選ばない」
「経験で残れる仕事を作る」
代表が、眉をひそめる。
「……そんな都合のいい話が」
「あります」
俺は、遮った。
「条件を書けば」
それが、俺の仕事だ。
沈黙。
やがて、
一人の男が口を開いた。
「……俺、
まだ働けるか?」
昨日、倒れた男の仲間だ。
「はい」
俺は、頷く。
「今度は、
倒れない条件で」
その瞬間、
空気が変わった。
怒りが、
不安に変わる。
アリアが、前に出る。
「この是正、
領として引き受ける」
周囲が、ざわつく。
「失敗したら?」
「私が責任を取る」
迷いはなかった。
広場は、
静かに解散していった。
完全な納得ではない。
だが――
拒絶でもなかった。
夕方。
二人で、川沿いを歩く。
「……嫌われたわね」
アリアが、苦笑する。
「はい」
俺も、正直に答える。
「でも」
一拍。
「逃げませんでした」
アリアは、
小さく笑った。
「それが、
一番大事よ」
宿の部屋。
俺は、ルーペを机に置いた。
使わなかった。
今日は、
読む必要がなかった。
だが、分かっている。
この是正は、
必ず王都に届く。
条件を変える書記官が、
辺境にいるという事実は――
放置されない。
――そしてこの夜、
王都契約院の記録に、
新しい一文が書き加えられた。
《要注意人物:
辺境にて、独断で契約是正を行う追放書記官あり》




