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『追放された契約書記官は《真契読解》で信用を取り戻す ――契約を失えば生きられない世界で』  作者: 百花繚乱


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3/26

正しい契約ほど、人を殺す

市場は、朝から騒がしかった。


野菜籠が倒れ、

怒鳴り声が飛び、

人垣ができている。


「……来たわね」


アリアが、視線を細める。


「はい」


俺は、人混みの奥を見た。


倒れている男。

顔色は悪く、呼吸が浅い。


「倉庫の荷下ろし中に倒れたそうです!」


誰かが叫ぶ。


「水は?」


「ない! 井戸は昨日止めたままだ!」


――嫌な予感が、胸を叩いた。


---


倉庫の前。


積まれた木箱。

重さは均一。

配置も、契約通り。


「……完璧ですね」


俺は、呟いた。


「え?」


「**だから危険です**」


アリアが、息を呑む。


---


契約書を受け取る。


《人員配置:三名以上》

《一箱あたりの重量:規定内》

《休憩:一刻ごと》


違反は、ない。


それでも――

男は倒れた。


俺は、ルーペを取り出した。


「……真契読解しんけいどっかい


---


視界が、沈む。


条文の奥に、

揃いすぎた条件が浮かび上がる。


(……ああ)


---


「この契約、

“働ける人間だけが残る”構造です」


周囲が、静まる。


「体力が落ちた人間は、

自分から抜ける」


「抜けなければ?」


俺は、男を見る。


「……倒れます」


誰かが、

小さく息を呑んだ。


---


「違反は?」


倉庫の責任者が、

震える声で聞いた。


「ありません」


即答した。


「**正しい契約です**」


その言葉が、

一番残酷だった。


---


アリアが、歯を食いしばる。


「……止められないの?」


俺は、首を振った。


「今から条件を足しても、

この人は戻らない」


倒れた男は、

もう目を開けない。


市場の音が、

遠のいた。


---


沈黙の中で、

俺は帳簿を開いた。


「……次を、止めます」


声が、少しだけ低くなった。


《追補条項》

《連続作業時間に上限を設ける》

《体調申告による配置変更を認める》


遅い。

それでも――

必要だった。


---


「……それで、

救われる人は?」


アリアが、静かに聞く。


「います」


即答する。


「今日じゃない。

でも、確実に」


それが、

俺の仕事だ。


---


夕方。


市場は、片付けられていた。


男の姿は、

もうない。


アリアが、

ぽつりと言う。


「……あなた、

間違ってないわ」


俺は、答えなかった。


---


夜。


宿の部屋。


ルーペを机に置く。


「……全部は、救えない」


初めて、

声に出して認めた。


それでも。


「だから、

書く意味がある」


アリアが、

扉の前で立ち止まる。


「……明日も、

来てくれる?」


俺は、顔を上げた。


「はい」


即答だった。


---


だがこの時、

俺はまだ知らなかった。


この倉庫契約の是正が、

「余計な前例」として

王都契約院に報告されることを。


そして――

**俺が“危険な書記官”として

正式に記録されたことを。**



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― 新着の感想 ―
「正しい契約ほど、人を殺す」という一文が物語全体を貫いていて、合法・合理・最適化が人命を削る怖さが静かに描かれています。
「水は嘘をつかない――条件を読める者の代償」 感想 本作の方向性を決定づける、非常に重要な一話。 水利問題という“誰もが正しい”争いを扱い、「勝者がいない解決」を選ぶ構成が見事です。 ここで主人…
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