条件の外へ
人は、
条件の中では強くなれる。
だが――
条件の外へ出るとき、
誰かとでなければ歩けない。
夜だった。
地図の端に、
赤い印が打たれている。
王都の管理も、
地方領の契約も、
すでに届かなくなった場所。
半放棄地帯。
「……行くの?」
アリアが、
静かに聞いた。
「はい」
俺は、
即答した。
理由は、単純だった。
そこでは、
契約が破綻している。
正しく結ばれ、
正しく運用され、
それでも――
人が見捨てられた場所。
真契読解を使えば、
原因はすべて見える。
だが――
見えるだけで、
直せない。
「危険よ」
アリアは、
正直に言う。
「ええ」
「契約も、
信用も、
守ってくれない」
「はい」
それでも、
俺は地図から目を離さなかった。
「……それでも行く理由は?」
少し、
考えた。
「そこに、
“選ばれなかった結果”が
残っているからです」
出発の準備は、
最小限だった。
帳簿は、
一冊だけ。
ルーペは、
革ケースに入れたまま。
剣も、
魔法も、ない。
あるのは――
二人分の食料と、
夜を越える覚悟。
街を出る直前。
アリアが、
足を止めた。
「……ねえ」
「はい」
「これは、
仕事?」
俺は、
首を振った。
「違います」
「使命?」
「それも、違う」
では、
何か。
答えは、
ずっと胸にあった。
「俺が行きたいだけです」
沈黙。
風が、
街道を抜ける。
「……私も」
アリアが、
一歩前に出た。
「行きたい」
理由は、
聞かなかった。
聞かなくていい。
それだけで、
十分だった。
夜。
野営地で、
焚き火を起こす。
火が、
二人の影を揺らす。
「もし」
アリアが、
ぽつりと言う。
「向こうで、
何もできなかったら?」
俺は、
少し笑った。
「それでも、
帰ります」
「成果なし?」
「はい」
「失敗?」
「それも、
いい」
アリアは、
少し驚いた顔をして――
やがて、
小さく笑った。
「……変わったわね」
「そうかもしれません」
俺は、
ルーペを取り出した。
焚き火の光に、
レンズが反射する。
「使わないの?」
アリアが聞く。
「はい」
「怖くない?」
正直に答える。
「怖いです」
一拍。
「でも――
今日は、
使わない方が
怖くない」
沈黙が、
心地よい。
火が、
はぜる。
「ねえ」
アリアが、
こちらを見る。
「もし、
この旅が終わっても」
胸が、
わずかに強く打つ。
「……また、
旅に出る?」
俺は、
視線を上げた。
「はい」
即答だった。
「そのときは――」
一瞬、
言葉を選ぶ。
「……一緒に?」
アリアは、
笑った。
それは、
答えだった。
夜明け前。
二人は、
並んで立つ。
境界線の向こう。
契約も、
制度も、
名前もない場所。
「行こう」
俺が言う。
「ええ」
アリアが、
頷く。
一歩。
条件の外へ。
それは、
逃避ではない。
選択だった。




