選ばれなかった未来
人は、
選ばなかった未来を
見ないように生きる。
だが――
設計者だけは、
それを見なければならない。
会議室は、簡素だった。
長机。
椅子が六つ。
地方連合の代表者と、
支援設計局の幹部。
そして――
マルクス。
「本日は、
外部移行条項の是非について
最終判断を行います」
議長が、淡々と告げる。
俺は、
発言を求めなかった。
(説得は、
ここでは逆効果だ)
マルクスが、立ち上がる。
「現行設計は、
最大多数の安定を
保証しています」
正しい。
誰も否定しない。
「外部移行条項は、
失敗率を上げる」
これも、正しい。
「予算は有限です」
反論は、ない。
完璧な論理。
議長が、
俺を見る。
「書記官。
意見は?」
短い。
俺は、
立ち上がった。
「意見ではありません」
一拍。
「記録です」
会議室が、静まる。
俺は、
一枚の紙を置いた。
数字も、
条文も、ない。
「これは?」
議長が、訝しむ。
「出ていった人の名前です」
マルクスの目が、
紙に落ちる。
「……誰だ」
「過去の、
同型施設から
出ていった人たちです」
「彼らは、
成功していません」
俺は、
事実だけを言う。
「多くが、
貧困に戻り、
一部は、行方不明です」
空気が、重くなる。
「だから、
設計から外された」
誰も、否定しない。
「でも」
俺は、
続けた。
「戻らなかった」
マルクスが、
顔を上げる。
「彼らは、
再支援を拒否しました」
紙を、
静かに押し出す。
「理由は、
一行だけ残っています」
《自分で選んだ》
沈黙。
長い。
マルクスの指が、
わずかに震えた。
「……彼らは、
失敗です」
誰かが、
言った。
俺は、
首を振る。
「いいえ」
静かに。
「設計外です」
その言葉が、
刺さった。
マルクス自身が、
使った言葉。
「あなたの設計は、
正しい」
俺は、
もう一度言う。
「だから、
人を閉じ込める」
視線が、
集まる。
「外部移行条項は、
全員を救いません」
認める。
「ですが――
救われない未来を、
見えなくしません」
それが、
俺の出した条件だった。
沈黙ののち。
マルクスが、
ゆっくり口を開いた。
「……設計者として」
声が、低い。
「私は、
逃げていた」
誰も、遮らない。
「失敗を見るのが、
怖かった」
マルクスは、
紙を見つめる。
「だから、
“出られない完成形”を
作った」
深い、吐息。
「外部移行条項を、
入れましょう」
会議室が、
ざわめく。
「ただし――」
マルクスは、
顔を上げる。
「出た者の失敗も、
記録する」
俺は、
頷いた。
「それで、いい」
会議は、
終わった。
完全な勝利ではない。
だが――
未来は、閉じなかった。
夜。
宿の部屋。
俺は、
ルーペを机に置いた。
最後まで、
使わなかった。
(……これでいい)
真契読解は、
必要なときに使う。
だが――
未来を選ばせる場面では、
使ってはいけない。




