善意の設計者
世界を壊すのは、
悪意よりも善意だ。
とくにそれが、
疑われなくなったとき。
その人物は、
午後の面会に現れた。
派手さはない。
肩書きも、控えめだ。
「地方連合・社会支援設計局」
主任設計官――マルクス。
穏やかな笑み。
柔らかな声。
「あなたが、
条件を足せと言った書記官ですね」
責める調子ではない。
ただ、
興味深そうだった。
「外部移行条項」
マルクスは、
書類を見ながら言う。
「合理的です。
だが――不要でもある」
「なぜ?」
俺は、
静かに聞いた。
「人は、
安定すれば満足します」
その言葉に、
背中が冷えた。
「ここは、安全です」
マルクスは、
淡々と続ける。
「食事。
住居。
仕事。
すべてある」
「出ていく理由が、
ありません」
それが、
彼の“完成形”だった。
「……では、
聞きます」
俺は、
一歩踏み出す。
「ここを出た人は、
失敗ですか?」
マルクスは、
少し考えた。
「失敗ではない」
「では、
想定外ですか?」
沈黙。
一拍、
二拍。
「……設計外です」
その答えで、
十分だった。
「あなたは、
人を守っている」
俺は、
正直に言った。
「ですが――
人の未来を閉じている」
マルクスは、
首を振る。
「未来は、
安定の中にあります」
「違います」
俺は、
否定した。
「未来は、
“出ていけること”の中にある」
「あなたは、
見たことがない」
俺は、
言葉を選んだ。
「ここを出たあと、
失敗して、
それでも戻らない人を」
マルクスは、
目を細める。
「……なぜ?」
「自分で選んだからです」
空気が、
静まり返る。
「あなたの設計は、
正しい」
俺は、
認める。
「だからこそ、
危険です」
マルクスの目が、
初めて揺れた。
「外部移行条項は、
逃げ道ではありません」
俺は、
紙を差し出す。
「選択肢です」
「選ばなかった人も、
否定しない」
「だが――
選べることを、
奪わない」
長い沈黙。
やがて、
マルクスは息を吐いた。
「……あなたは、
信じているんですね」
「何を?」
「人を」
俺は、
即答した。
「はい」
その夜。
宿に戻り、
俺はルーペを机に置いた。
使わなかった。
使う必要が、
なかった。
善意と戦うのに、
力はいらない。
覚悟だけで、足りる。




