最初の契約
人は、
最初に結んだ契約から
逃げられない。
それがどれほど昔でも。
呼び出しは、王都からだった。
だが、
差出人は契約院ではない。
封蝋は古い。
使われなくなった型。
「……内部文書?」
アリアが、
慎重に扱う。
「いいえ」
俺は、
静かに言った。
「個人契約です」
指定された場所は、
王都郊外の小さな書庫だった。
埃。
古い紙の匂い。
人の気配は、ない。
奥で、
一人の老人が待っていた。
「久しぶりだな」
その声で、
分かった。
「……元上官」
俺の、
契約院時代の。
「追放の件、
納得はしているか」
いきなりだった。
「いいえ」
即答した。
老人は、
苦笑する。
「だろうな」
机の上に、
一冊の帳簿が置かれた。
古い。
だが、保存状態はいい。
「君が、
最初に扱った契約だ」
胸が、
わずかに軋む。
俺は、
その帳簿を開いた。
文字を追う。
――孤児院支援契約。
王都の外れ。
資金提供。
条件は、明確。
違反も、ない。
「……何が問題で?」
老人は、
視線を落とした。
「読んだだろう」
その一言で、
すべてが繋がった。
(……ああ)
あのとき。
まだ、
自分の能力に
名前も付いていなかった。
ルーペも、
なかった。
ただ――
読めてしまった。
俺は、
小さく息を吸う。
「……条件が、
おかしかった」
老人は、
頷く。
「支援は、
“止められる”ように
設計されていた」
救うための契約が、
切るためにあった。
「だから、
君は是正を提案した」
「はい」
違反は、なかった。
だが――
意図が、悪意だった。
「それが、
すべての始まりだ」
老人は、
静かに言う。
「君は、
“読んではいけないもの”を
読んだ」
それだけで、
十分だった。
「以来、
君は
“危険な存在”として
記録された」
俺は、
黙っていた。
怒りも、
後悔も、
今はない。
「なぜ、
今さら?」
老人は、
俺を見る。
「……もう一度、
同じ契約が出てきた」
背中が、
冷える。
「孤児院?」
「形は違う。
だが――
構造は同じだ」
つまり。
次も、
誰かが切られる。
書庫を出ると、
夕暮れだった。
アリアが、
隣に立つ。
「……逃げられない?」
「はい」
「それでも、
行く?」
俺は、
頷いた。
「最初に読んだのが、
俺なら」
一拍。
「最後に書き直すのも、
俺です」
夜。
宿で、
俺はルーペを手に取った。
あの頃とは、
違う。
若さも、
勢いも、
もうない。
だが――
覚悟がある。
「……最初の契約を、
終わらせる」
それが、
この章の仕事だ。




