読めない日
使わない覚悟は、誇りになる。
だが――
使えない現実は、恐怖になる。
朝だった。
いつも通り、
眼鏡をかけ、
ルーペを手に取る。
「……しんけいどっかい」
声に出した。
何も、起きない。
一瞬、
冗談かと思った。
もう一度、
息を整えて。
「……真契読解」
視界は、
変わらない。
紙は、ただの紙のまま。
(……あ?)
指先が、冷たくなる。
「どうしたの?」
アリアの声。
「……少し、
反応が鈍いだけです」
嘘だった。
はっきり分かる。
“無い”
昨日まで、
確かにあった感覚が、
今日は無い。
依頼書が、届いた。
小さな案件だ。
商会同士の
在庫管理契約。
普段なら、
数分で終わる。
俺は、
紙を睨んだ。
(読め)
だが――
読めない。
「……時間をください」
そう言うしかなかった。
現場に行き、
人に聞き、
帳簿を並べる。
頭は動く。
だが――
確信が、出ない。
いつもなら、
最後に“線”が見える。
今日は、
霧だ。
昼過ぎ。
俺は、
一人で座り込んでいた。
(これが……
無い状態か)
今まで、
どれだけ
頼っていたか。
今さら、
思い知らされる。
アリアが、
隣に座る。
「……怖い?」
正直に答える。
「はい」
「仕事、
できなくなりそう?」
少し、
間を置いて。
「……分かりません」
それが、
一番怖い。
夕方。
契約は、
未解決のまま返した。
失敗ではない。
だが――
成功でもない。
評価は、
静かに下がる。
噂も、
回る。
「最近、
切れが悪い」
「読まなくなった?」
「……読めなくなった?」
胸が、
軋む。
夜。
宿の部屋。
俺は、
ルーペを机に置いた。
見つめる。
何も、返さない。
「……戻らなかったら」
声が、
小さく震えた。
「俺は、
何者だ?」
答えは、
出ない。
そのとき。
扉が、
軽く叩かれた。
アリアだ。
「一つだけ、
言っていい?」
俺は、
頷いた。
「あなたは、
“読める人”じゃない」
胸が、
締め付けられる。
「条件を考える人よ」
言葉が、
ゆっくり染みる。
夜更け。
俺は、
眼鏡を外し、
灯りを消した。
能力が、
戻るかどうかは分からない。
だが――
明日も、
条件を書く。
それしか、
できない。
それで、
いい。
……そう、
信じたい。




