その契約は、君を選んだ
契約は、人を選ばない。
だが――
信用は、必ず人を選ぶ。
呼び出しは、王都からではなかった。
辺境領でもない。
封蝋の色が、違う。
「……私人契約?」
アリアが、封を確かめる。
「はい」
俺は、静かに頷いた。
(だから、来た)
指定された場所は、
街道沿いの小さな宿だった。
豪華ではない。
護衛もいない。
それでも――
空気が、張っている。
部屋に入ると、
一人の老人が立ち上がった。
「初めまして」
腰は曲がっている。
だが、目は鋭い。
「私は、
この領と王都を結ぶ
物流組合の代表です」
なるほど。
制度でも、領主でもない。
“信用で回っている場所”の人間。
「契約は?」
俺は、単刀直入に聞いた。
老人は、首を振る。
「まだ、ない」
一拍。
「だから、
君に会いに来た」
重い言葉だ。
「条件を、
書いてほしい」
アリアが、
わずかに身構える。
「……内容は?」
老人は、
視線を落とした。
「私の孫が、
運送事故で死んだ」
空気が、
止まる。
「契約上は、
不可抗力だ」
正しい。
だが――
その言葉に、
救いはない。
「私は、
復讐したいわけじゃない」
老人は、
ゆっくり言う。
「ただ、
次を死なせたくない」
条件は、
まだ出ていない。
だが、
願いは、はっきりしている。
(……読めば、楽だ)
真契読解を
使えば、
事故の構造も、
責任の所在も、
一瞬で分かる。
だが――
それをやれば、
この人の信用は壊れる。
“読まれた”と感じた瞬間に。
「……すぐには、
引き受けられません」
俺は、正直に言った。
老人は、驚かなかった。
「そうだろうな」
「ですが」
続ける。
「一つだけ、
約束できます」
「何だね」
「読む前に、
話を聞く」
能力より先に、
人を見る。
老人は、
深く頭を下げた。
「それで、十分だ」
夜。
宿に戻り、
俺はルーペを手に取った。
使える。
今なら。
だが――
使わない。
(信用は、
一度壊れたら戻らない)
机に戻し、
眼鏡を外す。
「……値段が、
上がってきたな」
条件を書く仕事は、
もう“安全”じゃない。
それでも。
「選ばれた以上、
逃げない」
そう決め、
灯りを落とした。




