読むことを禁じられた案件
読むな、と言われた瞬間に、
問題は“解けなくなる”。
それでも――
解かねばならない仕事が、来る。
執務室の机に置かれた依頼書は、薄かった。
だが、重い。
《王都契約院・監督下案件》
《是正行為における真契読解の使用を禁ず》
――明記されている。
アリアが、唇を噛んだ。
「……完全に縛りに来てるわね」
「はい」
俺は、眼鏡を直す。
(想定内だ)
「内容は?」
「市壁修繕契約。
施工が遅れている」
遅延。
よくある話だ。
だが、
王都が出張ってくる案件にしては、小さすぎる。
「……罠ですね」
アリアは、頷いた。
「失敗すれば、
“能力なしでは何もできない”
そう証明される」
逆に言えば――
成功すれば、
縛りが無意味になる。
現場は、市壁の外縁だった。
石材。
足場。
作業員。
すべて、揃っている。
それなのに、
進まない。
「原因は?」
俺が聞くと、
現場監督は肩をすくめた。
「契約通りです。
材料も、人員も、工程も」
完璧だ。
完璧すぎる。
(……だから、
読むな、か)
俺は、
ルーペに触れなかった。
代わりに、
足元を見る。
石材の寸法。
積み方。
運搬経路。
“現場”は、
契約より正直だ。
「工程表を、
一日単位で見せてください」
俺は言った。
「時間帯別で」
監督が、眉をひそめる。
「……そこまで?」
「はい」
彼は、渋々出した。
朝。
昼。
夕。
三つに分かれた表。
俺は、
ある一点で指を止めた。
「この時間、
作業が止まっている」
監督が、目を逸らす。
「……影です」
「影?」
「日が落ちると、
市壁の内側が暗くなる。
視界が悪い」
照明は?
「契約に、
夜間照明の記載はない」
――なるほど。
違反はない。
だが、
仕事が進まない条件は揃っている。
「提案します」
俺は、現場に立ち、声を出した。
「照明を増やす」
「予算が――」
「増やしません」
即答する。
ざわめき。
「契約を変えずに、
条件を動かします」
俺は、足元の石材を指した。
「この石、
昼に積みましょう」
「当たり前だろ」
「いえ」
首を振る。
「“積む”のは昼。
“準備”を夜に回す」
運搬。
仮組み。
位置出し。
「夜は、
光が要らない工程だけをやる」
現場監督の目が、
少しだけ見開かれた。
三日後。
工程は、動き出した。
目に見えて。
王都から来ていた
契約院の監督官が、
眉をひそめる。
「……なぜ?」
俺は、答えた。
「読まなくても、
見れば分かります」
真契読解は、
使っていない。
だが――
考えることは、
禁じられていない。
執務室に戻ると、
エリオットが待っていた。
「報告を受けました」
淡々と。
「是正は行っていない。
違反もない」
一拍。
「……見事です」
初めて、
評価が混じった。
だが――
続ける。
「だからこそ、
次は“見ることすら足りない案件”を」
来た。
本命だ。
夜。
宿で、
俺はルーペを机に置いた。
今日は、
使わなかった。
だが――
このままでは、
必ず限界が来る。
「……力に頼らない戦いか」
眼鏡を外し、
天井を見る。
次は、
読めないまま、
読まねばならない。




