追放された契約魔法の書記官は、“信用”だけを持って辺境へ行く
俺は、王都契約院を追放された。
理由は「契約偽造」。
だがその契約は――俺にしか読めなかった。
真契読解。
それが、俺の罪であり、武器だ。
「以上の理由により、書記官リュカを契約院より永久追放とする」
石造りの大広間で、冷たい声が響いた。
周囲の視線は、すでに決まっている。
疑いではない。
確定した有罪を見る目だ。
「異議は?」
形式だけの問い。
俺は、首を振った。
「ありません」
あるわけがない。
この裁きは、最初から結論が決まっている。
契約院は、法と魔法の交差点だ。
剣でも、魔導書でもなく、
契約そのものが力を持つ世界。
その契約を扱う書記官にとって、
資格剥奪は――生存権の剥奪に等しい。
だが。
(……やはり、読めてしまう)
視線を落とした契約書。
文字の奥に、歪んだ“意図”が滲んでいる。
俺は、無意識に眼鏡を押し上げた。
「……真契読解」
声には出さない。
だが、感覚は確かだ。
この契約は、正しい。
条文も、署名も、手続きも。
それでも――
切るために結ばれている。
俺一人を切り捨てるために。
(なるほど。だから、俺が邪魔だった)
荷物は少なかった。
帳簿が一冊。
眼鏡と、古いルーペ。
それだけを持って、
俺は王都を出た。
行き先は、辺境領。
契約院の監視が届かず、
「失敗者」が集まる場所。
馬車を降りた瞬間、空気が変わった。
埃。
人の匂い。
生活の音。
王都の整然とした世界とは、まるで違う。
「……あなた」
背後から、声がした。
振り返ると、
淡い金髪の少女が立っていた。
年は、俺より少し下だろう。
だが、
その目は――甘くない。
「契約書、見せてもらえますか?」
唐突だった。
「え?」
「今朝から、井戸の水利契約で揉めてるんです」
辺境領の臨時代行官。
彼女はそう名乗った。
アリア。
「契約院に送る時間はない。
でも、このままだと人が死ぬ」
その言葉に、胸がわずかに動いた。
(……懐かしいな)
俺は、苦笑する。
「俺は、追放された書記官ですよ」
「知ってます」
即答だった。
「それでも、
読める人でしょう?」
一瞬、迷った。
ここで関われば、
また面倒を背負う。
だが――
井戸のそばで、
不安そうに立つ人々が見えた。
俺は、ルーペを取り出した。
「……一度だけです」
眼鏡越しに、契約を見る。
視界が、沈む。
条文の奥。
隠された条件。
《水量不足時、供給停止可》
だが、
停止の判断者が、どこにも書かれていない。
(……これか)
「この契約、
今日中に事故が起きます」
アリアが、息を呑んだ。
「止められますか?」
俺は、ゆっくり頷く。
「条件を、足せば」
「やってください」
迷いは、なかった。
その強さに、
少しだけ目を見張る。
俺は、帳簿を開いた。
追放されても、
資格を失っても。
条件を書くことだけは、
まだできる。
「……ここが、
俺の居場所になるかもしれないな」
小さく呟く。
アリアは、
それを聞いていなかった。
――だがこの時、俺はまだ知らなかった。
この小さな是正が、
やがて王都を揺らし、
俺と彼女を“旅”へ導くことになると。




