魔女のおつかい
「お帰りなさい。会いたかったわ」
扉を開けると、店の奥でイスに座っていた魔女が静かに立ち上がった。
そうして、ここに来た時と同じ、心を見透かすような瞳で僕を見つめる。
その立ち姿が美しすぎて。
危うく今の状況を忘れて見入りそうになり、僕は振り切るように首を横に振った。
(しっかりしろ! ここは僕の店だろ!)
心の中で自分をしかりつけると、誰も店に入って来られないよう、扉を閉めて鍵を掛ける。
なんとなく、魔女と二人でいるところを見られない方がいい気がしたのだ。
魔女に向き直り、恐る恐る口を開く。
「……僕を捕まえに来たんじゃないのか?」
「あなたを? どうして?」
「どうしてって……」
(魔女はそういうものじゃないか)
この国では、昔から魔女が人前に姿を現すと良くないことが起きると言われている。
子どもの頃から刷り込むように毎晩聞かされて来た僕には、魔女は不吉な存在でしかない。
だから魔女がこの店の扉を開けた時、僕をさらってどこかに連れて行こうとしているのだと思い、急いで店の裏口から飛び出したのだ。
近くの森で一晩過ごしたものの、何も持たずに出てきた僕には店に戻るしか選択肢がなく。
もういないだろう。
そう思って戻ってみたら、なぜか魔女が店番をしていた。
警戒を解こうとしない僕に痺れを切らしたのか、魔女は組んでいた腕を下ろした。そのまま、右手で近くにあったテーブルに触れながら言う。
「私はリンゴを買いに来ただけよ。でもあなた、私の姿を見るなり店を出て行ってしまったでしょう? お店なのに人がいないのはどうかと思って、あなたが戻って来るのを待っていたの」
嘘だと思った。
いつ戻るかわからない、しかも姿を見るなり逃げ出した僕のために魔女が店番をする意味がない。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。魔女は気分を害した様子もなく、くすりと笑った。
「別に信じなくていいわ。リンゴ、もらって行くわね」
テーブルの上の木箱の中から一番赤くて艶のあるリンゴを選ぶと、魔女は左手の親指と人差し指でパチンと音を鳴らし――そしてそのまま、煙のように消えてしまった。
魔法を見るのは初めてで、驚きに一瞬、時が止まる。
ハッと我に返ると、僕は慌てて魔女が立っていた場所に駆け寄った。右手で自分の頬をつねる。
「夢じゃない……」
箱の横には、この国の通貨でリンゴの代金が置かれていた。
END
本作品は新しく書き下ろしたものです。
贈りもの用のリンゴを選ぶ夢を見た日に降りて来ました。




