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辺境追放された俺、実は神々に選ばれた“隠された加護”持ちでした〜のんびり暮らすつもりが、美少女と国々を救うことに〜  作者: 妙原奇天


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第15話「風を曲げ、路を曲げよ」

 夜が明けると、王都の空は青く抜けていた。けれど、港の旗は妙に落ち着かず、南からの風が、季節外れの鋭さで石畳の上を走った。さらしの柱は白く、昨日刻んだ灯の節がまだわずかに温かい。呼び管は息を取り戻し、合図唱の節も、子どもらの喉で柔らかく揺れている――はずだった。


 最初の違和感は、柱の脇に吊るされた見守り札のひもが、同じ方向へ一斉に流れたことだ。風はきまぐれなはずなのに、まるで見えない手で撫でられたみたいに、一定だ。胸の輪が、短く、深く鳴る。


 ――第九の試練。風を曲げ、路を曲げよ。折らずに、曲げよ。


 声は、昨夜の“灯”の余韻に重なって落ちた。折るのではなく、曲げる。壊すのではなく、進む向きを替える。柄で止めるフィリスの稽古と同じ理だ。


 そのとき、港の柱から呼び管が荒い息で届いた。

「走・群・赤」

 短い三語。俺とフィリスは顔を見合わせる。走る群れ――風は物だけでなく、人の流れをも押す。俺たちは商会の前から石畳を駆け、港へ向かった。


 港の広場は、半ば嵐だった。帆はたたまれているのに、布はまだ鳴っている。潮の匂いが濃く、風が低く唸る。広場の片隅で、誰かが叫んだ。


「晒の柱は王家の“徴”だ! 名前を刻めば、兵に取られる!」


 風評が風に乗ると、早い。赤子の泣き声より早く、商人の足より素早く、祈りの呼吸より浅く。広場の人波が一瞬で偏り、柱の前の空地へ押し寄せる。預の列を見ていた少年が弾かれ、帳付けの少女が小台から落ちそうになる。俺は駆け寄り、落ちる前に支える。支えこそ“奪わずに守る”の第一歩だ。


 ハルドが風の向こうから現れ、髪を押さえて短く唸る。

古印ふるいんの連中が、口で仕掛けてきたな。声の秤で澄ませたいが、風が声をほそくする」

 ダリオが目を細める。「影の耳は多い。けれど、走る。止めれば折れる」

 エイベルは粉袋に手を入れ、すぐに出した。「粉じゃない。重りが要る。風そのものの重さを変えるもの」

 若い神官が呼吸を整える。「祈りで息は揃う。けれど、風は祈りの外にある」

 フィリスが柄を軽く返す。「曲げるんだろ? 風も、人の路も」


 俺は写し板に、新しい薄い列を刻んだ。かぜ。向/速/香/言――四つの小項目。向は方角、速は強さ、香は混じる匂い、言は風に乗る言葉。風の路を、柱上に見えるよう置く。


「“風を曲げる”仕掛けを作る。折らずに、曲げる。――**幔幕まんまく風琴ふうごん薄荷はっかりん**だ」


 周囲の目が集まる。言葉は短く、やることは多い。


幔幕まんまく風琴ふうごん


 まずは布だ。職人街から白布と麻縄を借り、港の柱と柱の間に幔幕を張る。風を止めるのではなく、撫でる角度で。

 俺は砂に薄い“風路図”を引き、幔幕の角度を示す。流れの膝だけ折れるように、四十五度と十七度を交互に――折るのではなく、曲げるために。

 次に風琴。藁束と薄板で作る即席の笛だ。風が抜けると低く鳴り、風が変われば音も変わる。声の秤が使えない夜を越えたばかりだが、今度は風の秤を使う。

 エイベルが薄荷はっかを砕き、幔幕の端に香の輪を描く。薄荷は冷やす香だ。風は冷たい場所を走る。香を薄く置くだけで、風の筋は自分から曲がる。

 若い神官が祈りの呼吸を灯で示す。幔幕の縁に灯壺を置き、風琴の前に水盆。息の節を灯で刻むと、人の動きが拍で揃い、走る群れが歩く列に変わっていく。


 そして輪。胸の輪ではない。手の輪だ。柱の根に少年たちが輪を作り、手をつなぐ。押し合う力は丸に逃げる。角は折れ、丸は曲がる。押し返すのではなく、受け流す。


 幔幕が三枚、四枚と張られるたび、風の唸りは低い笛に変わり、人波の角は丸くなっていった。

「徴だ! 晒は徴だ!」

 まだ叫ぶ声がある。だが、声の秤がなくても分かる。叫びは幔幕で曲げられ、柱の影に吸い込まれる。柱の上の風・言の欄に、短い文が灯る。

ちょうあや。晒=おおやけ

 “声”で押し返さない。“字”で受ける。見えるところに字を置けば、言は風の勢いを失う。


緩衝庫かんしょうこ曲路まがりじ


 人の路も曲げる必要がある。走る群れは狭い路へ殺到し、折れるから。

 ハルドが商会の倉庫のいくつかを開けた。

「緩衝庫だ。中は空だ。走りたい人はここへ入り、歩きたい人は外へ回れ」

 “空の倉”は、走る勢いを受け止める。中で一度、気持ちがほどけ、出ると歩くになっている。

 レグルスは棒で曲路を描き、子どもらが粉で印を打つ。路地の角に白い丸が三つ並び、丸から丸へ歩けば、自然と柱の影へ辿り着く。直線に勝つのは、正しさではなく、心地よい曲がりだ。

 ダリオが影を数え、灰の輪を小さく描く。「濁、零。走る影は減った」


 走る群れの角が丸くなり、怒鳴り声の間が長くなる。俺は写し板に**まげ**の印を足した。曲げた風/曲げた路/曲げられた言。印はゆっくり増え、赤は薄くなる。折の印はどこにも出ない。


風評ふうひょうを秤にかける


 それでも風は、言を運ぶ。

 「晒は監だ」「名を取られる」「王家は目を増やしている」

 “見える”ことは怖さも連れてくる。俺はそれを否定しない。ただ、秤にかける。

 声ではない。字と灯だ。

 柱の上に風評列を加える。項目は「出所/道/てり/返」。

 出所は、誰が言ったか。道は、どの路を通って広がったか。照は、晒との照合。返は、その返礼――否定でも反論でもなく、返礼。

 「晒は監だ」には、返礼として「見守り休を晒している」と返す。

 「名を取られる」には、「預の列は任であり、連座ではない」と返す。

 返礼は、相手を折らない。返すだけだ。

 王家の監査官が柱の影で頷き、司祭が白壁の脇に風評祈を一拍だけ置く。祈りは説教より短く、説明より長い。返礼の長さに合っている。


◆帝国からの風、黒板の会釈


 午後、南からなぎが一瞬だけ来た。風が止まる、ではない。風向が決まらない瞬間。

 その間に、境路から黒板の文が来る。

「王都、風見ゆ。われらも曲げたし。徴兵の噂、こちらにも。」

 カシアの隊だ。帝国側でも、同じ風評が広がっているらしい。

 俺は返す。

「字で返礼。風に字を貼れ。幔幕に“返”を吊れ」

 “字”は風に乗らない。風に掲げる。幔幕に墨で書いて吊るし、風が字を揺らす。揺れる字は、言よりも長く周囲に残る。

 少しして、黒板に短い笑いが打たれた。

「うかつ、また学んだ」


◆古印の最後の一手、風凧と砂噴き


 日が傾き、港の風が少し生温くなった。嵐の芯が抜ける前、古印の残党が最後の一手を打ってきた。

 風凧かざたこだ。

 黒い紙に古い印章の朱が押され、長い尾に噂が書かれている。凧は高く、幔幕の上を越え、柱の上でひるがえる。

 同時に、通りの角で砂噴き。粉の噴霧器に砂を混ぜて、白布を汚す。汚れた布は風路の絵を失い、幔幕の角度が伝わらない。

 “折る”誘いだ。曲げ足りないなら、折ってしまえ、と。


 俺は胸の輪に触れ、短く息を吐く。

「曲げる」

 レグルスが棒の先で空に図を描き、子どもらが糸を持って走る。俺たちの白凧が幔幕の風路に沿って上がり、黒い凧の糸に触れる。

 切らない。

 絡める。

 糸と糸は結びでも切断でもなく、絡みで向きを替えられる。白凧が黒凧の尾をくるりと巻き、尾の噂の字を白で隠す。

 地上では、エイベルが砂噴きの角度に薄荷水を撒く。砂は冷えた水を嫌い、沈む。白布は軽く水を含んで重みを得て、角度を取り戻す。

 フィリスは柄で砂噴き器の足を軽く払う。倒さない。角度だけを変える。曲げる。

 ダリオは影の耳を数え、逃げる背を追わない。追えば折れる。見守り札が青い紐で揺れ、在るだけで場の背骨を守る。


 王家の監査台の屋根から、監査官が灯を一つだけ強くした。港から商会前へ、職人街から聖署へ、灯路が夕陽に重なって走る。

 ハルドが帳の端に短く書く。「古印・風費、尽」

 金は、曲げに弱い。折ることには備えるが、曲げるには備えない。


◆風が座る、路が丸くなる


 夕暮れ。港の風は、ようやく座った。幔幕の布は風琴の低い和音をやめ、呼吸の長さで揺れるようになった。走っていた群れは、いつもの列に戻る。柱の前で帳付けの少女が小台に戻り、少年が預の印を指で撫でる。

 柱の上の風の列に、「向・南西/速・緩/香・薄荷/言・返礼多」と黒が並ぶ。赤はない。灰は少し。黒が、夕方の空と同じ色で、静かに在る。

 俺は写し板に小さく曲の印を三つ打つ。風を曲げた/路を曲げた/言を曲げた。印は自分のためではない。後から見る誰かのために残しておく。見える史は、いつでも誰かの道具になる。


 聖署の回廊で、司祭が灯壺を指で撫でた。

「“返礼”は、祈りに似ているわね。祈りは、神を折らない。ただ、向きを変えてもらうよう頼む」

「はい。返礼は“向き”のためにある」

 司祭は白壁に**曲祈まがりいの**と小さく書き、見習いの神官が笑った。祈りに新しい節ができた日だ。


 ハルドは商会の帳に風秤費を新設した。幔幕、風琴、薄荷、水盆、白凧、青い紐――のんびり費は項目を増やす。

「帳に入れれば、在るだ」

「ありがとう」

「こちらこそ。曲げ方は、仕入れの秘訣にもなる」


 レグルスは棒の先で砂に短い稽古図を描き、ダリオは影の数を丸で囲み、エイベルは粉袋の紐を緩め、若い神官は見守り祈・灯の横に見守り祈・風の小札を足した。

 フィリスは柄を肩に乗せ、顎で港の方をしゃくる。

「曲げたね」

「折らなかった」

「のんびりに効く」


◆第九の試練、通過。そして、糸


 胸の輪に掌を重ねると、声は短く、しかし深く落ちた。

 ――よく曲げた。

 ――折らずに、向きを替えた。

 ――第九の試練、通過。

 輪の鼓動はゆっくりになり、王都の夕餉の匂いと混じって胸の奥に滲む。のんびりは、こういう時に太くなる。


 そのときだ。南の空の端――境路の向こうから、黒板の光が一度だけ瞬き、短い文が走った。

「次、いと。わたしら、かれそう」

 カシアだ。帝国の中で、派の糸が裂ける予兆。

 俺は写し板の余白に、まだ使っていない細い列を一本、そっと立てる。糸。むす

 胸の輪が、ごく小さく鳴った。

 ――第十。糸を結べ。裂かずに、継げ。撚って、織れ。

 王都は今、在るが増え、灯と声と風が仕組みになった。次は、人と人を、派と派を、糸で結ぶ番だ。

 折らない、曲げる。曲げたら、結ぶ。

 俺は頷き、柱の根に座って、甘いパンを半分に割り、隣のフィリスに押しやった。彼女は何も言わずに齧り、目だけで笑った。


 遠く、王家の旧塔の影が夕焼けの赤から夜の青へとゆっくり変わっていく。塔の上に新しく据えられた小さな灯が、ひとつ、ふたつと点り、在るを示した。

 のんびりは、もう旗ではない。布だ。風を受け、光を返し、声を和らげ、そして糸で織られる。

 俺は胸の輪に掌を重ね、次の試練を胸の裏で軽く撚った。結ぶのは、戦の道具ではない。のんびりの道具だ。


(第15話 了)

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