焔翼の戦姫編 忘れえぬ残響
心を強く持ってお読みください。
巡視官が縛り上げられていく。
泣きわめき、抵抗する彼は手かせ足かせを着けられ、さらに猿轡までつけられた。
その目は、少女へと向けられ必死の謝罪と命乞いをしているように見えた。
赤毛の少女はその連行される後ろ姿を見て、彼の今後に思いをはせる。
同情すべき相手ではないと頭ではわかっている、しかしどうしようもなく憐憫の情を抱いてしまう。
とはいえ、日本から来た転生者には彼の処遇がどのようなものになるのか、いまいちピンと来ていなかった。
《彼は、死刑になるんだよね?》
《一般的にはそうなるね》
《……何やら含みがあるね?》
《そうだね……覚えておいてほしいのは、巡視官というのは大変な役職なんだ》
《うん。中央と地方との連絡役で、部族間の調整もするんだよね?》
《そうだね。これはつまり、中央の代行者ということなんだ。地方にあって裁定を行う行政官なんだ》
《うん》
《その権力はとても強くて、なりたい者は多い》
《うん》
《『後援』がどうとか言っていたでしょう?つまり、アレのうしろには大物がいるはずなんだよ》
《横やりが入る?》
《かもしれないね》
《……そっか》
《ほっとしてるの?お兄さん》
《え?……そうかな……そうかもしれない。もうすでに何人もこの手にかけてきたけど、それでも誰かの命を奪ったとかじゃないなら……いや、日本的感覚は忘れなきゃいけないな。ここは異世界なんだ》
《そう……だね。ここは草原なんだよ。ここにはここの法がある。厳しさがある。わかっておかないと、お兄さんの優しさにつけ込まれて、痛い目を見ることになってしまうよ》
《ああ。覚えておくよ》
宴の席は騒然とし、六鍵一行は非常に居心地が悪かった。
彼らは事情を把握しておらず、分かっている事といえば、
『偉そうなやつが、メルニアにいやらし事をしようとして、メルニアが何者かって知ったとたん取り乱して、そして縛り上げられた』ということだ。
彼らはその席から動けないまま事態があれよあれよと進み今に至ったのだ。
分からなくて当然である。
他文化圏でもあり、行動していいのかという戸惑いもあった。
そんな状態で、赤毛の少女を守ろうとしたことに少女は感激していた。
『鍋ぶた旅団』なら少女を護るために同じように行動しただろう。
しかし、『六鍵』がそうしてくれるとは思わなかったのだ。
いずれこの感謝はなにかの形で返すことにしようと心に決めた少女であった。
「神子殿。――お詫び申し上げる」
赤毛の少女は久しく呼ばれていない――もう呼ばれることはないと諦めている――名前で呼ばれ、自身の事だとは気が付かなかった。
それでも、反射的に振り向いた少女は長が――草原の戦士がまっすぐにこちらを見ていることで、ようやく自分の事だと思いだしたのだ。
「此度の件、我らが不徳の致すところ。集落を束ねる者として、深く恥じ入る」
頭を下げるわけではない。
しかしそれは、十分な謝罪だった。
《……》
《お兄さん、この人は集落の長で、戦士で、男、だからね。それでも、こうやって謝罪してるのは立派よ?》
《……》
(ああ、日本的感覚で納得いってないやつだわ。でも、どうやって説明したらいいかな……)
「並びに、深く感謝を。神子殿がここへ立ち寄ってくださらなければ、あの者の不正は今後も続いた事でしょう」
「『ヒスィカ』ってなんだ?メルの事をそう呼んだように見えたけど?」
「ああ、あたしにもそう聞こえたさ、なんだろうね『ヒスィカ』ってのは、まぁ後で聞いてみればいいさ」
セイロとハフネが場の空気を読んで、ひそひそと話す中で、彼だけは違った。
「なぁ、おっちゃん、ヒスィカってなんだ?メルのことか?」
これには六鍵一行が青ざめた。
「ショー!お前なんて口のきき方を!」
「申し訳ない!この子は、いやこの子だけではなく我々は草原の仕来りや礼儀について疎く、無礼を働いてしまった事をお詫び……」
「よい。客人よ。この場は饗応の場。名乗っていないのはこちらの思惑あっての事だ。呼び方はそれでよい」
そういって長は笑い、給仕に声をかけた。
「おい、仕切り直しだ。改めて宴の準備を!」
改めて暖かい料理と酒が、用意された。
手の込んだ料理がこのタイミングで出てくるということは、あらかじめ用意がされていたのだろうと思われた。
はたして、どこのタイミングでそれが計画されたのか……あるいは、単に予定通りなのか……。
赤毛の少女は拘束され巡視官が消えていった先を思い、宴を楽しめる気がしなかった。
酒が進み、ショージー、サルマール、キオリスの男性大人組はいつの間にか、べろべろに酔っていた。
ショーはたらふく飯を食い、ベルトを緩めてもなお「苦しい」といってその場で横になった。
セイロとハフネは少女の表情が気になって、料理も酒もそこそこといったところだ。
では、赤毛の少女はというと……絶賛、呆け中であった。
《お兄さんが、気に病むことじゃないんだよ?》
《……わかってるよ。でも……でもなぁ》
そう、お兄さんこと転生者は日本人だ。
彼の感覚からすれば、彼は彼自身が利用され、よく知りもしない人の命を奪うことになったのだ。
覚悟を決めた戦闘ではない。
命のやり取りで、やるかやられるか、だったわけではない。
メルニアの髪に触り、卑猥な視線を向けた男に腹が立たないわけじゃない。
でも、だからと言って、死刑までは望んでいないのだ。
《不敬罪ってそんなに重い罪なの?》
《……上下をはっきりさせておかないといけないんだよ。そうでないと……難しいな》
「メル、大丈夫かい?」
みればハフネが心配そうに少女の顔をのぞき込んでいる。
「ねぇ……不敬罪ってそんなに罪が重いのかな?」
「なんだい、藪から棒だね……そうだね。そもそもなんで罪になるのかわかるかい?」
少女は首を横に振って答えた。
赤毛の少女の中にいる二柱は、そろって首を振ったのだった。
「簡単に言うとね、六鍵のリーダーってショージーでしょう?リーダーの決定に、誰かが逆らったら?それはチームとして成り立たないよね?」
少女は長と肩を組んで酒を飲んでいるショージーを眺めながら、「あいつなら怒らないんじゃないかな?」と見当違いの感想を口にする。
「ははは、ショージーなら、そうかもしれない。けど、こないだのこと覚えてるかい?セイロがアンタについていきたいって言った時の事。ショージーが止めたろ?」
「……うん」
「もし、セイロが言うことを聞かなかったら六鍵はチームとして機能しなくなる」
「うん」
「もしこれが、もっと大きな……そうだね、軍隊なら?国家なら?」
「……」
軍の一部が離反して、国の一部が離反して……それはもう、内戦だ。
「誰かが上に逆らっていいなら、俺もそうする、私もそうしたい、我も我も――」
そういって、おどけてみせたハフネは、少女の肩を抱き寄せた。
「わかったかい?秩序ッてやつを保つには、守らなきゃいけない決まりがある。それを守らないやつは組織、社会に対するテロリストみたいなもんなんだよ」
「テロリスト」
「そう、アンタに不敬を働いたのは草原の秩序に対する反抗行為なんだ。だから、重いんだよ。草原世界を守るためにね」
「……」
手に持った杯を弄びながら、なるほどと頷く少女。
ハフネの言葉をその胸に飲み込もうと必死だった。
その言葉に縋らなければ、巡視官の未来は――あの、猿轡越しの言葉は――お兄さんに重すぎたのだった。
お疲れ様でした。
チョコレートでも食べて心を落ち着かせてくださいね。




