第二章 転生 願いの結晶
全世界79億のギャル天女様ファンの皆様お待たせいたしました。
好き。
彼女の魅力を広めたい。
お話しそのものを楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
水浴びをし、体を洗う。
あがれば、身体を拭き、服を着る。
当たり前のようなことだが――まず、石鹸がない。
もちろんシャンプーもだ。
仕方ないので、水をかけて手でこするだけ。
トリートメント?化粧水?乳液?保水クリーム?あるわけがない。
とにかく、転生者は今や自分のものとなった体をどう扱っていいかわからず、結局メルにゃんに丸投げするしかなかった。
タオルもなければ、まともな服もない。
さっきまで着ていたものは、死体からはぎ取ったぼろ布だ。
そもそも異世界の、しかも、草原の民の戦士がそんなものに詳しいはずもなかった。
体を洗うというよりも、水遊びのようだった。
河原に焚火を起こして待っていたギャル天女は、ため息交じりに手招きで少女を呼んだ。
(これも、あーしの責任だしなぁ……)
手招きされて焚火の傍へやってきた少女は、当然ながら全裸であった。
戦士であるメルにゃんは、堂々とその身体をさらけ出し、無自覚にその美しさを夜の闇へ誇示していた。
「いわゆるマジックバッグってやつ。アリガトって言ってよね」
どこからともなくタブレットPCが入る程度のミニバッグを取り出して、ギャル天女はそれを、少女へ投げて渡した。
「それに、服、入ってるから――あと、メイク道具とか、いろいろと」
マジックバッグという言葉に、少女の中の転生者は感動しながら礼を言った。
初めて触る、魔法の道具にワクワクがとまらない転生者は、さっそく開けて中身を取り出してみた。
――下着や服はもちろんの事メイク道具も入っていたが、どう見ても転生者のいた世界のそれだった。
「メイク……やり方わかりません」転生者はなぜか申し訳なく感じて、バッグを返そうか悩んだが、言いだす前にハンドサインで、それを拒否された。
「メークはあーしがやり方を教えてあげるし、ボディ&ヘアケアも教えてあげる。もちろん下着の付けかたもね」
メルにゃんには、よくわからない話だった。
「とりあえず、服着よっか」
裸のままバツが悪そうな少女を、苦笑いしながらそう言って、促した。
保湿は時間との勝負!
優しく水滴を取ったら、化粧水、乳液、ボディーローション、ボディークリーム、下着をつけて、ギャル天女の魔法で髪を優しく乾かし、服を着る。
これを全部、ギャル天女にしてもらったことで、転生者はエステに通う女性たちの気持ちが、わかる気がしたのだった。
そして、メルにゃんは王様気分だった。
「いーじゃん!やっばっ!ちょーにあうんだけど!」
着せられたのは、白いワンピースタイプの制服だった。
胸元には赤いワンポイントが入っていて清楚さと可憐さに華を添えていた。
黒いベルトでウエストを引き締め、足元はローファーではなく、鉄板入りのブーツ――異世界対策もばっちりだ。
「やばいっしょ?おにーさんの記憶から、好みの服をチョイスしてあげたんだよね~!」
転生者は言葉が出なかった。
たしかに街で見かけた、この制服姿の女の子はかわいいとは思ったことがある。
だが、けっして、自分で着たいと思ったことはない。本当に一度もないはずだった。
なのに……気づいてしまった。嬉しく感じる自分に。
「俺は女装が趣味ってわけじゃない。そもそもこれは女装じゃない。だって――今の俺は女だもの」
そう自分を言い聞かせる様子を、ギャル天女は微笑みながら見守っていた。
やがて、ふわふわとあたりを漂いながらギャル天女が口を開いた。
「今のうちに中身、確認しといたほーがいいみたいな」
「マジックバッグでしたよね?」
そう言いながら手を突っ込むと、確かに底がない。
肩まで腕を入れても、底につく気配がない。それどころか何にも手が当たらない。
「これ……中身、どうなってるんです?」
「必要と思ったものが、手の中に現れる感じのやつよ。やばいっしょ?もちろん、あらかじめ入れてある物だけね」
「でも、今何が入ってるか知らないんですが」
「そういう時はね、逆さにして――【門番さん、門を閉じてくださいな】ってお願いすんの。そしたら、中身が一気に飛び出してくるから」
「……門番さん、門を閉じてくださいな」
さっそく言われた通りにしてみたら――出るわ出るわ。
――気が付けば『山』ができていた。
衣類、メイク道具、生活雑貨。ここまでは良い。分かる範囲だ。
転生者とメルにゃんを驚かせたのは、そのあとに出てきた物だった。
食料、調味料。香辛料。さらに金、銀、銅、宝石類――。
それぞれが、まさかの1トンずつあるらしい。
金の塊が1トン。銀も1トン。銅も1トン。各種宝石も1トン。各種香辛料なども1トン。
何に使えというのか。使い道がない。
辛うじて実用的に見えるのは、ドラムや大型冷蔵庫サイズのケースに詰まった、各種宝石たち。
これだって都市部で換金する必要があるだろう。
『開いた口が塞がらない』とは、まさにこのことだ。
これを日本へ持って帰れば、一生どころか人生を何回、遊んで暮らせるかわからないほどだ。
あまりの価値に怖くなってきた転生者は「しまって!これは早くしまって!」と手の届かないところに浮いているギャル天女に慌てて手を振った。
「さわりながら【門番さん、門締めてくださいな】っていえばいいよ~」
天女はいつもの調子で、さらっと返す。
言われた通り、恐る恐る触れながら唱えてみると――
触れたものから順に、バッグへと吸い込まれていった。
一息ついて、いったん忘れて、気分を変えて――その場に残したものを改めて見直した。
武器、鎧、そしてこの世界の地図。
武器には転生者が修業時代に扱っていた類のものが揃っていた。
日本刀。槍。長刀。長巻。弓矢。分銅鎖。鉄扇。手裏剣と、どれも見覚えのあるものばかりだった。
一方で鎧はというと、なんとも漫画チックな女性用の具足だった。
兜は武田信玄の兜のように白く長い毛が垂れ下がっていて、風にたなびく姿は何とも勇ましい。
漫画の主人公にでもなった気分だった。
「――これって、俺をどうしたいんですかね?」
転生者がそういぶかしむのも無理はなかった。
今のところ、野盗しか見ていないが中世ヨーロッパ風な、風貌だったのだ。
ギャル天女を見て、その判断は揺らぐのも当然だった。
「今、失礼なこと考えたでしょ?――まぁいいけど。そのバッグの中身もさ、おにーさんの頭ん中を脳ミソスキャンした結果のチョイスなんだよね!やばすぎで草〜!」
彼はそこはかとなく、恐怖を感じるのであった。
心を読んでいるはずのギャル天女は、あえてそれに触れずに笑顔を浮かべていた。
「転生者ってさ、良くも悪くも、世界をかき回してくれる存在なのよね。全員がってわけじゃないけど」
「俺以外にもいるんですか?」
「うん、何人もね」
「どんな奴らですか?年は?性別は?俺の――」
「はいストップ!コンプライアンスで、お答えでこませぇん」
「え、じゃあ何人いるんですか?」
「それも秘密ぅ」
転生者はがっくり肩を落とすのだった。
言い募ろうと、口を開きかけるたびに「出来ません」「無理です」と畳みかけられるのだった。
「ところでメルにゃん――」
「そのメルにゃんってやめろ!……やめてください。私は、ミルユル族族長の娘にして戦士、ミルユル・メルニア・!【焔翼の戦姫】とは皆が呼ぶところですが、其れに恥じぬ働きをしてまいりました!……それを――メルにゃんなどと……我慢の限界です!」
くひひ、と笑うギャル天女は、その口元を押さえながら、おどけたようにいった。
「いやぁ結構ぉ我慢したねぇ、なるふぉど……これも試験のひとつだったからねぇ、ごめんねぇ?」
どこまで本気なのかは、わからない調口ぶりだった。
「もちろん、メルにゃんが【ミルユル・メルニア・ミナリカ】なのは知っているよん。【舞姫】って呼ばれてることもね!」
「……舞姫というのは、戦士らしくありません。不愉快です」
ぷい、とそっぽを向くメルニア。
その横顔にはどこか照れくささのような赤みが差していた。
「ところでメルにゃん――」
「ですから!メルにゃんというのは!――」
メルニアは言いかけて気が付いた。
ギャル天女が――笑っていないことに。
あんなに軽妙で軽快な、そして親しみやすかったその表情が、それらが最初からそこにはなかったかのように冷たいく、まるで別人のように見えた。
「メルにゃん。もう一度、私が何者かを教えてあげるね」
天女は微笑みを欠いたまま、静かに告げた。
「【一級天女】にして【上級転生審議官】――そして、【メルにゃんに天上のお仕事を邪魔された者】よ」
気が付けば、ギャル天女――いや、天女様はその息がかかるほどの距離まで迫っていた。
「ねぇ?メルにゃん、天井のお仕事が滞ると……どうなると思う?」
仄かに甘い香りがした。
嗅いだこともないような、極上の香りだ。
しかしそれは今、まるで死刑囚の最後の晩餐のように、絶望に溢れているように思われた。
少女の喉が、ゴクリと音を立てた。
「……いえ」
かろうじて、そう答えた少女の瞳を静かにのぞき込みながら、天女は言葉をつづけた。
その眼差しは、もはや『ギャル』ではなかった。
笑みを失った唇から紡がれたのは、冬の湖面のような、吹雪く氷原のような冷たさを帯びていた。
「詳しくは話せないけど、最悪――この世界が滅ぶわよ」
脅しではない。情も、怒りも、慰めも含まれていない。
ただの事実として、天女はそう告げた。
「……」
「人がいっぱい死ぬわ。千人や万人ではすまなくってね。人属だけじゃない、森詠族も、大槌族も、小槌族も、獣頭族、空の民も、海の民たちもね」
「原因はメルにゃん。あなたが起こした奇跡のおかげでね、あなたの魂が、定められた秩序を踏み越えたから、み~んな死ぬのよ」
目のまえの女が、本当に天の尊き方なのか確証はない。
ただのイカレた魔女かもしれない。
けれど、信じずにはいられなかった。
「……」
息も出来ずにただ立ち尽くす。
「いいのよ。その意志の力、称賛に値するわ……生きるってことは、いつだって何かを犠牲にすることだもの」
立ち尽くす少女の周りを、静かに漂っている。
抑揚の抑えた声で、冷たく残酷な未来の話をしていく。
「安心して?私はそれを止めるために来たのよ――120年ぶりの休暇を使ってね?」
少女は涙した。
膝を折り、大地に伏して。
その姿を見下ろしながら、天女はふと表情を和らげる。
「だからね?――『メルにゃん』、いいでしょう?」
その声は優しく、暖かかった。
けれど、実質的には命令であることに変わりはなかった。
いかがでしたでしょうか。
ギャル天女、素敵な方でしたね。
まだまだ伝えきれていないので悔しいのですが・・・いいんですよ?ファンになっても。