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焔翼の戦姫編 血風

戦闘回です。


勇壮なBGMでも聞きながらどうぞ。

「おい!ありゃあもしかして!もしか……するよな!?」


 回復役兼臨時の司令塔を担っている薬師のセイロが慌てた様子で叫んだ。


 その声に、その意味するところに最初に気が付いたのはサルマール。

 矢が尽きた彼は、前線に参加していたが、疲労のために下がっているところだった。

 そしてセイロの声に反応したのだ。


「……嘘だろ……なんでこんな……ところに……」

 その声は、その瞳は恐怖に揺れていた。


 そしてハフネが小さな悲鳴をあげ、キオリスがその悲鳴に気が付いて、その視線を追う。

「これは……ぶっ武人の 誉、極まれり……だな!」と強がってみせた。


 前線に立つ三人の気が逸れた隙を埋めるべく、赤毛の少女とショージー、ショーは前線をカバーする。

「何やってんの!敵はまだ目のまえにいるんだよ!」

 そう、その恐怖の正体が何であれ、まだ敵は目の前にいるのだ。

 隙を見せれば、その刃を、牙を。

 彼女たちの、頸へ、腹へ、肉へ、突き立てようと狙っているのだ。

 気をそらしていいはずがなかった。


 ショージーは気が付いていたが、ショーはまだその域に達しておらず目の前の敵にだけ集中していた。


 赤毛の少女は、少し特殊な気が付き方だった。


 《お兄さん、何かが来るよ!》

 《なに?ドラゴンでも来るって?今ならやれる気がするよ!》

 《そう!よかった!お望み通りドラゴンだよ!》

 《ふぁ!?》



 それは大きかった。

 『大きい』だなんて言葉は相応しくない。

 それは……そう『巨大』だった。

 それは三階建ての家屋よりも、なお大きく、一行を見下ろしている。


 その表面は『鱗』というにはあまりにも異質で、『岩』といった方がふさわしい。


 その牙はその巨体に相応しく、やはり巨大であった。

 ひと噛みされれば人など容易く死に至るだろう。


 その瞳は金色に爛爛と輝いている。

 小さき者の足掻きを、嘲笑うかのように。


 翼こそ持たないものの、それは確かにドラゴンだった。


 神話の前時代から存在するというドラゴン種。

 神と戦を繰り広げたものも居たという。

 その巨体は八つの山を跨いでもなお余るという。

 ドラゴンにまつわる逸話は事欠かない。


 そんな伝説の生物が目の前にいるのだ。


 それは信仰の対象であり、憧憬であり、畏怖であった。

 この世界の人間に共通して芽生えたのは『死の予感』だった。


 しかしここに、この世界の者ではない人物がいた。

 そう転生者である『お兄さん』である。


 《きたー!やるぞ!やってやるぞ!》

 《怖くないの!?》

 《怖いさ!でもなぁ!ドラゴンだぞ?キオも言ってたろ?武人の誉れだって》

 《武人!?お兄さんは『サラリーマン』でしょ?》

 《ははは!その前に、俺は『日本人(にっぽんじん)』だぞ!》


 お兄さんと二心同体のメルニアは、改めてお兄さんの記憶を思い出す。

 それは戦闘民族と謳われた血の記憶だった。


 その記憶に触れた時、メルニアの中に流れる『草原の民にしてミルユル氏族、戦士メルニア』の血が沸騰するのを感じた。


 ※※※※


 瞬間、頭の中は真っ白になっていた。

 気が付けば戦線を飛び出し、ドラゴンへ向けて走り出していた。


「メル!」

「あのバカ!」

「援護を!」


 後ろからメンバーたちの声が聞こえる。

 しかし、今はそれどころではない。


 そう、このドラゴンは『俺私』の獲物だ!


 《このトカゲ吃驚してるぞ!》

 《あははは!まさかこっちから来るとは思わなかったんだろうね!》


 ◇◇◇◇


 ドラゴンは異質な、小さき者の行動に確かに驚きはした。

 しかし、ドラゴン()は此処で作られ、封じられて千年以上の時を経て未だにその鱗に傷をつけられたことがなかった。

 だからこそ、驚いただけだった。

 脅威に感じなどしなかった。


 ――その瞬間までは。


 ※※※※


 赤毛の少女は転生者である。

 二心同体とは言え、その身体はお兄さんのものである。

 その身に授かった『転生特典』は数知れず、『身体強化』もそのひとつだ。


 長巻を脇構えにドラゴンの首めがけて跳ぶ。

 その刃はドラゴンの岩の鱗に触れ、火花を散らしながらこれを切り裂いた。


 ◇◇◇◇


 何が起こったのか。

 ドラゴン()には分からなかった。


 その鱗は何よりも堅いはずだった。

 知る限り、最も固く、今までの小さきもの達に無敵の堅さを誇ったはずだ。

 ところが何だ?

 初めての感触だった。

 『ぬるり』としたものが流れているのを感じる。


 そして激しい刺激。

 これはなんだ?

 不快 不快!不愉快だ!


 ※※※※


 《ははは!怒ってるぞ!》

 《いいね!こっちに引き付けよう!》


 少女は連撃を繰り出す。

 それは目にもとまらぬ速さだった。


 遠心力を、てこの原理を、体重を、技術を。

 全てをその手中に収め、ドラゴンの鱗を斬りつけていく。


 《ははは!なんだこいつ!岩みたいな見た目してるくせに!岩じゃねぇのかよ!》

 《あははは!そりゃそうよ!だって鱗は鱗だもの!》


 ◇◇◇◇


 何だこいつ!?

 何なんだこいつ!?


 すばしっこい!

 今まで見た小さき者の中でこんなのはいなかった!


 痛い!痛い!


 やめろ!やめてくれ!


 ※※※※


 少女の太刀筋は徐々に鋭さを増していく。

 見えない太刀筋は、遅れて噴き出るドラゴンの血によってのみ確認できた。


 その太刀はついにドラゴンの後ろ脚を、尻尾を、そして腹を切り裂いた。


 《はははは!》

 《あはははは!》


「あははははは!」


 ◇◇◇◇


 くそ!こんなはずじゃなかった!

 昔みたいに、嬲って千切って遊んで楽しむつもりだったのに!


 いやだ!いやだ!


 ※※※※


 ハフネが呆然とその光景を眺めている。

「メル……あんた……いったい」


 赤毛の少女とドラゴンの戦闘が始まって、その余波もありモンスターたちの姿は見えなくなっていた。

 そんななか、彼女たちはただ茫然と、目の前の光景を眺めることしかできなかった。


 彼等よりも年下で、幼さの残るあの少女が……。

 煌めくような赤毛を湛え、夜空のような黒瑪瑙のような瞳を持ち、すでに女性らしい魅力を十二分にもつ少女。

 それが今では、戦火のように燃える赤毛。

 炎のような揺れる十字を浮かべる星闇石の瞳。

 『少女』からは想像できない一撃を繰り出している。

 それはまるで、伝説に残る――英雄のようだった。


 笑い声が聞こえる。

 ドラゴンのそれではないはずだ。

 となれば――。


「あいつ……笑っているのか?」

哄笑(わら)てるのか……あいつ」


 ◇◇◇◇


 あまりにも早い!

 あの憎らしい小さき者にせめて一撃だけでも!


 あれは……あれはこの憎きものの仲間のはず!

 ならばせめてあ奴らに!


 ※※※※


 《お兄さん!竜の吐息(ブレス)!》

 《おう!》


 ※※※※


 ドラゴンの喉が赤い光を放つ。

 牙の間から、ちろり ちろりと炎が漏れる。


 ドラゴンブレスの予兆だと誰しもが理解した。


「逃げろ!」ショージーが叫ぶ。

「どこへだよ!」セイロが喚く。

「とにかく走れ!」ハフネがそう言って走り出す。


 其の言葉に従ってみながバラバラに走り出した。


 ◇◇◇◇


 ドラゴンは今はじめて愉快だった。

 慌てる小さき者が無駄なことをする。


 その程度の事では、ドラゴンブレスから逃れることはできないのだから!


 ※※※※


 ショージー達は、ドラゴンと遭遇してからずっと『死の予感』を拭えていなかった。

 赤毛の少女がドラゴンを圧倒し、その身体を斬り飛ばしているさまを見ても。


 なぜか。

 それは、ドラゴン最大の一撃であり、最大射程を持つ一撃。

 ドラゴンブレスを秘めているからだ。

 それが今、彼らに向けて放たれようとしていた。


 牙の隙間から漏れ出る炎は勢いを増し、今まさにその口が開かれようとした。


 そしてついにはその(あぎと)は開かれる。

 まるであの世へと通じる『死の門』が開くかのように。


 小さき者――ショージー達の首に死神の鎌が添えられた。

 ――その時。


 開かれた死の門は、その顎の上から閂を架けられたかのごとく、縫い留められた。


 それは一本の針のように、ドラゴンの上顎を貫き、下顎へと至る。

 そこへ、遅れて舞い降りた者がいた。


 それは、朱色の日本風の鎧姿――女性らしい曲線の南蛮胴。朱色と金色と白色が織り込まれた、非常に煌びやかな具足姿――の赤毛の少女だった


「《よう 蜥蜴よう つれへんなぁ 今は うち()と遊んどんのやろぅ?》」


 その瞳に宿る十字の星はその炎を溢れさせ、少女をして、まるでこの世のものとは思えぬ姿に見せていた。


 ◇◇◇◇


 初めての【恐怖】

 初めての【絶望】


 初めての【憧憬】【畏怖】


 ――そして、初めての……【死の予感】


 ※※※※



 今まさにドラゴンの死を告げる異形の御使いのごとく、少女はマジックバッグからひと振り大太刀を解き放つ。


 それは日本刀というにはあまりにも異質な、一振りだった。

 全長は3mを超え、反りは浅く、その刀身は微かに蒼白い。


「《あかんなぁ うちの仲間に手ぇだすなんて これはもう……終いやねぇ》」


 重量だけで推定5kg、さらに長さもあることから、普通の少女であれば到底扱いきれないものを、この赤毛の少女はやすやすと振り上げた。


「《んじゃ お元気で》」


 大太刀は振り下ろされた。

 そしてその首は椿の花の如く、地に落ち、その巨体は倒れ轟音と共に広間を振動させた。



「……生きてる?」

「ああ……あいつが やったんだ」

「まさか、ロックドラゴン相手に生き残れるとは思わなかった」


「なんだよあいつ……化け物かよ」

 セイロが信じられないといった声で呟いた。


「なんてこと言うんだい!助けてもらっておいて!」

「だってそうだろう!そうでなきゃまるで!……まるで、伝説の英雄『ケイジ』のようじゃないか!」


 ショージーは思い出す。

 サクリカでの、あの依頼の事を。


 皆が赤毛の少女を「英雄ケイジ」と重ねていたことを。



 落ちたドラゴンの首の上で、刺した長巻が抜けず踏ん張っている少女を見ながら、ショージーは呟いた。

「もしかすると、俺たちは『英雄』の誕生に立ち会ったのかもしれないな」


 斯くて魔群襲来(モンスターラッシュ)は終了を迎えた。


 ただの一人の犠牲もなく。


 それは――

 いつの日か、どこか遠い国で語られる、ひとつの英雄譚となった。


 

 

台詞の鍵かっこについて。

「《 》」となっている部分がありますが、誤字ではありません。

お兄さんとメルニアの声が、シンクロしてる様を表現しています。


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