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焔翼の戦姫編 むすばれし ひろもぎなりて たびたちぬ

 夜の帳が、陽の光に追われ始めるころ。

 冷えた空気が、熱を秘めた肌に心地いい。

 すでに営業を始めている屋台で軽い朝食を買い、ほおばりながら大隧道(トンネル)の入り口を目指す。


 七人の冒険者チーム。

 ショージー率いる『六鍵』と、キオリス。

 そして、赤毛の少女。


 ハフネの加入から三日が経っていた。

 その間、連携の訓練に明け暮れていたのだ。

 ハフネは『六鍵』の新参ではあるが、彼女のセリフには説得力があり、リーダーであるショージー以上のリーダーシップを発揮していた。

 ハフネ自身は野心があったわけではないが、あまりにもショージーが考えなさ過ぎたために、口を出さざるを得なかったのだ。

 そして、『連携こそがチーム力』というハフネの信念から特訓に明け暮れた、というわけだ。


 ついに、大隧道の踏破に挑む日がやってきた。


 以前、六鍵が偶然にも天蓋山脈を抜け、大草原地帯へ至るルートを発見したときは、二十一日間の行程だった。

 その後二回そのルートを使って日数の短縮を成功させた。


 およそ十八日間。


 これが予定される日数だった。

 十八日間――仮に一日二食だとして三六食。

 万が一を考えて四十食。

 これだけで約二十キログラムになる。


 内部で現地調達ができればいいが、できるとは言い切れない。

 だからこそ、最初から持っていくことになるわけだが、もちろんそれ以外の荷物もある。


 傷薬や解毒薬、聖水。

 照明器具、松明、簡素な食器、衛生用品、ロープ、などなど。

 控えめに言っても大荷物だ。


 武器や鎧。メインの他サブ武器も。

 これらを合計すれば、一人当たりかなりの重量だ。

 これを背負って白兵戦をする――無理な話だった。


 チーム内でこの話題になった時の話。

「でも……メルニアよりは軽い」

「ああ、確かにお嬢さんよりは軽いな」


「……お前らの頭の方が軽いでしょ」


「お?やるか?チビガキ」

「あ?なんだ?決着つけてやろうか?禿貴族」

「はっ剥げてないわ!ふさふさだわ!」

 先日、偶然とはいえ逆モヒカンにされたショージーは、今は短く切りそろえた頭を押さえて抗議した。

「お前のせいだろうが!」


「はははは」

「キオ、お前のせいでもあるんだぞ?この淫獣野郎」

「淫獣!?――君には私が……そう見えると?」

「今までの被害者もそう見えたでしょうよ」

「……」

 赤毛の少女に言い負かされてがっくりと肩を落とすキオリスであった。



 そんなやり取りをしながらも、赤毛の少女は先日、露店で見た携行食庫(オカモチ)。食料限定のミニマジックバッグの事を思い出したのだ。

 赤毛の少女がそのことをショージーではなく、姐御――ハフネに相談したところ、代金は必ず返すという言葉と共に、購入に賛成。

 赤毛の少女から、中身いっぱいの状態で姐御へ贈られることになった。

 このアイテムはハフネが所持し、ショージーたちには伏せておくことになっている。


「あいつらに持たせたら、絶対無計画に食っちまうに違いないんだから」とは少女の言である。


 少女自身も天女からもらったマジックバッグを持っているが、所持については誰にも明かしてはいない。

 とはいえ、素直にそのままの荷物を背負ってはいられないので、荷物のほとんどをマジックバッグに収納しているのだった。



 少女の姿は朱色の日本風の鎧姿――女性らしい曲線の南蛮胴。朱色と金色と白色が織り込まれた、非常に煌びやかな具足姿。


 ショージー、キオリスの二人はブリガンダインにアーミング・ソード。

 二人は同じ種類の鎧とはいえショージーはダークブラウンや、艶消しされて落ち着いた色合いのものを。

 キオリスは金や銀で彩られた派手なものを身に着けていた。


 ハフネは硬質な革鎧を。左右の腰に短刀を。それ以外にも予備の短刀を身に着けていた。


 皆それぞれに愛用の装備に身を包み、口数少なく入口へと向かう。


 日の出前とは言え季節は夏。しかし、一行は、外套を羽織っている。

 隧道中の気温が低いため、其れの対策であった。


 一行は途中で買った朝ご飯を口にしながら、最終確認。

 忘れ物はないか。

 なかでの役割の確認。

 万が一はぐれた場合の集合場所――これは村で売っている地図に、六鍵だけが知る道や各エリアでの集合場所を記されている物を各自に配布されていた。

 等々を手短に行った。


「いよいよ、中に入るのね……ふぅ」

 大きく息を吐く赤毛の少女に、ショージーは笑いながら声をかける。

「なんだ?怖いのか?」

「……私にとっては、まったくの未知だからね。怖いさ」

「手を握っててやろうか?」

「ぶっ殺すぞ」

「そんだけ元気がありゃ、十分だ」


 さすがリーダーというべきか、器用なのか不器用なのか……赤毛の少女は少し、気持ちが軽くなった気がした。


 おもえば、ここまで長かった。

 村についても盗賊職が見つからずその間、いろんな事件……主に性的な被害を受けそうになること数度。

 それでも、使命を思えばこそ先へ進まねばならぬと、この道をあきらめることだけはしなかった。


 そしていま、目の前には赤毛の少女――メルニアの故郷の大草原地帯へとつながる大隧道の入り口が、闇を湛えてその口を開けている。

 少女はダンジョンを生き物だとする古い説があるのを思い出した。


 であれば、これはダンジョンの口なのだろう。

 冒険者という哀れな獲物を、遺物という餌で釣る。


 そう考えれば、吹き込む風の音は、ダンジョンという魔物の咆哮なのかもしれない。



 《お兄さん。何があってもお兄さんだけは大丈夫だよ》

 《俺だけ……ってのはちょっとあれだけど、ありがとう》

 《不安なら、祈祷しておく?》

 《ほぅ?》



「じゃぁ行くか」


「まって……少し時間をもらっていいかな?」

「なんだよ?やっぱり怖くなったのか?」ショージーはからかい、

「お嬢さん、何なら私の後ろに隠れていてもいいのだよ?」とキオリス。


「アンタたち、この子はまだ子供で初めてのダンジョンなんだよ。そう茶化すんじゃないよ」


「祈祷を……しておきます」


 そう言うと赤毛の少女は刀を抜き放ち、両手でそれを捧げ持ち、祝詞を口にする。



 【かしこみかしこみ申します。天つ御原に坐します八百万の神々、炎の(えにし)をもって生まれし身、今ここに願いを捧げます】


 それは厳かに、滔々と奏上された。

 緩やかで、柔らかな、流れるような舞と共に。


 周囲に増えてきた冒険者たちも、その雰囲気にのまれ自然と声を潜めた。

 夏の朝の風が、木々を奏でていく。

 それはまるで、神楽のようでもあった。


 実際のところはメルニアの声に従って執り行われ、お兄さんとしてはその指示に従うので精いっぱいだった。


 【闇路を照らす火のごとく、進むべき道に清き()をともしたまい、()は萎えず、()は消えず、仲間ともども無事に帰り着かせ給え】


 この場にあった『緊張』が、不思議とほどけていく。

 朝の清浄な空気が、皆の胸を満たしていく。


 【この祈り、真心(まごころ)のままに、かしこみかしこみ、申し上げます】



 赤毛の少女――炎と(えにし)を結ぶ巫女は、仲間の無事を祈った。

 この数日間で顔見知りになった冒険者たちの無事を祈った。


 誰の目にもこの赤毛の少女は、ここ数日の話題の人物だというのはわかっていたのに、まるで別人であるかのように見えた。

 それは尊き神性をもち、「まるで巫女のようだ」と誰かが口にするほどだった。



 メルニアはお兄さんの思いを汲んで、お兄さんの言葉で奏上したのだ。

 それは、この世界で独自に発展した『シント』で使われるとは別の『言葉(ことのは)』だったろう。


 しかし、祈りの本質が、願いであるならば、届くはずだと。

 そんな思いで、祈祷したのだ。


 《大丈夫だよ。きっと大丈夫》

 《そうだね。メルにゃん……本当に巫女さんだったんだね》

 《お兄さん!?》

 《ははは ごめんごめん》


 お兄さんの緊張もほどけていた。

 メルニアにはそれが伝わっていた。


 《ショージーやハフ(ねぇ)達の目にどう映っただろうか? 入り口付近に増えてきた他の冒険者チームも、どう思っただろうか》

 お兄さんには少し、『恥ずかしい』という思いがあった。

 けれど、この程度の恥など、皆の無事に比べれば安いものだった。

 《大丈夫だよ。きっと大丈夫。お兄さんの願いは私の願いでもあるから、ほらこれで祈りの声は二倍になったよ!》

 《あははは!そうだね!大丈夫!きっと大丈夫だ!》


「お待たせ!さぁ行こう!」

 少女は晴れやかに、その力強い一歩を踏み出した。



本日の朝ご飯。

薄く焼いたパン生地に、たれをかけて焼いた肉と野菜とチーズを挟んだもの。

コップに入れた野菜を煮込んだスープ。


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