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焔翼の戦姫編 見ゆれば、見えずのはじめなり

読み終わったら星とかつくてくれたら嬉しいな・・・。

感想だって随時募集してるんだからね!


 ダンジョン門前村に設けられた、簡素な訓練場。

 夏の日差しが照りつけるものの、山間と言うこともあり、意外と涼しい。


「さて、お二人さん。まずはアンタたちの実力を見せてもらうよ」


 そう言って女盗賊(スカウト)のハフネは木製の短刀を両手に持ち、訓練場へと進んだ。


「では、まずは私がお相手しましょう!」

 キオリスがロングソードを模した木剣を持って進み出た。


 キオリスはこのメンバーで一番背が高く、体格に合わせた武器の刃渡は100cm程もあった。

 対してハフネは刃渡30cmほどの短刀を二本。


 そのサイズからくる圧倒的不利は、彼女にとって歯牙にも掛けないものであり、じっとキオリスを観察している。

 その足運び、体重移動、素振りの際の体の流れ方など。

 その顔は先ほどまでの、『世話好きな姐さん』といったものではなく、真剣そのものだった。


 対してキオリスは、お喋りな青年貴族の本領発揮とでも言うべきか。


「私はこれまで、幾多の華をこの(まなこ)に収めてまいりました」

 思い出に浸る様に瞳を閉じる。

 

「蕾のように初々しい者から、盛りを極めた大輪の花に至るまで。しかし――」

 『蕾の』で赤毛の少女に視線を送りウインクしてみせた。


 赤毛の少女は全身粟立っていた。

 

「夜空にひそやかに咲き、他の誰にも気づかれぬまま、ただ美しく在る……そのような稀有な華に出会ったのは、貴女が初めてです、ハフネ殿」

 ハフネを正視する。

 これではまるで口説いているかの様だと、皆が思った。

 

「よろしければ――私のことは『キオ』とお呼びください」


 熱のこもった、しかし、どこか芝居がかっているその仕草は、彼の人となりを表すには十分だった。


「黙んな」

 それに対するハフネはたった一言。


 ハフネのこの一言は声質によるものか響き渡り、周囲で囃し立てていた野次馬たちも含めて、全員がその口を閉じた。

 

 こんな扱いも慣れているキオリスは、笑顔を絶やさぬまま静かに木製ロングソードを構えた。


 それに合わせる様にしてハフネも構える。


 キオリスの構えは貴族らしく堂々としたもので、立てた剣を垂直に右肩の上で保持。

 強烈な一撃を意図する構えだ。


 対するハフネは重心を低く、足はやや内向き。

 右手は順手に。

 左手は逆手に持ち、腕の影に隠す構え。

 これは左右への動きを意識したものだった。

 

 先に動いたのはキオリス。

 遠間からのリーチを活かした振り下ろし。

 ハフネは慢心することなく余裕を持って躱す。


「……油断しない君もまた、美しいな」

「黙んな」

「……」


《お兄さん、解説しようか?》

《おそらく、キオは躱されるのを見越して、第二撃目が本命だった。でも、余裕を持って躱されたから、それを出すことができなかった……てとこかな?》

《……やっぱりお兄さんの技術系統は対人戦に特化しすぎだよ。どれだけ人同士で争う世界なのさ》

 

 キオリスの連撃を躱しながらも、ハフネは一切手を出さない。

 それはキオリスの動きひとつひとつを採点しているかのようだった。

 そしてそのまま手を出さず、ついにはキオリスが根を上げた。


「まいったよ……全く当たる気配がない。そのくせ……いつでも急所を突ける状態だったね? 完敗だよ」


「芯が弱い。体が流れてるんだ。だから連撃に隙ができる。おそらく、基本的なことをサボって派手な技ばかり練習したんだろう。だがスピード、技術、特にスタミナは素晴らしい。芯を鍛えれば格段に良くなるだろうね」


「まいったな……まるで、長年見てくれた剣の先生みたいだ」

 キオリスがそう感心すると、ハフネはただ苦笑いを浮かべるだけだった。


「じゃ次は私だね」

 赤毛の少女が進み出て、やる気を見せた。


 ハフネはキオリスの特と同じように、少女の動きを観察していた。


「見事なものね……この歳でここまで至れるなんて……それとも、人族じゃないのかしら?」


 《そうなの?》

 《ははは。人だよ》

 一瞬のうちに交わされた内面での会話だった。


「ヒトだよ。多分ね」

 

 《多分って何?お兄さん》

 《俺がいる時点でヒトなのかなって》

 《ああ、転生者は『ヒト』に含まれないこともあるみたいだし……まぁ、ともかく今はヒトでいいでしょ》


「なんだい『多分』って……ま、いいさ。早速始めようかね」


 ハフネは先ほどとは違い、右脚を引いて構えた。


 赤毛の少女は袴の股立ちを取っており――袴をたくし上げた状態。脚が露になる――心持ちかがむ様にして左脚を僅かに引いている。



 ショージーがそれを見て、若干の驚きを口にする。

「そう言えば、あいつが構えらしい事してるの初めて見たな」


 ハフネはその構えにほんの僅かに、眉をひそめる。

 (なんだい、あの構えは……大きく見せる構えならいくつか知ってるが、あんな、小さく見せる構えなんて、初めてだよ)


 過去の記憶を遡ってみても、思い当たる者はなかった。

 実はハフネは元から盗賊だったわけではない。

 南方諸島の水軍に所属していたことがあり、船上など足場の不安定なところでの戦闘を前提とした技術を身につけていた。

 海軍では若くして戦技教官まで務めたが、上官と折り合いがつかず、これを斬って逐電(ちくでん)

 道中で盗賊の技術を身につけ、いまに至る。

 そんな経歴をもっているからこそ、キオリスをして「剣の先生みたいだ」となったのである。


 

 山間ゆえに比較的涼しいとは言え、陽射しそのものは夏のそれである。

 汗がふきでてくる。

 そうなると露出の少ない服装のハフネの体力が削られていく。

 ハフネの中に焦りともつかない感情が、僅かに芽生えた。

 

 少女の赤い髪が風に靡く。

 それは少女の視界を遮るには十分であったし、その好機を見逃すハフネではなかった。


 低い姿勢のまま少女の死角へと入り、すれ違いざまに脇腹と膝裏を狙う。

 少女は視界が遮られはしたものの、もとより視覚に頼らない心算だった。

 何せ彼女は【ギフト:波の支配】で視覚に頼る必要がないのだから。

 

 だがしかし、その油断とも言うべき心境が、ハフネの疾風(はやて)の如き踏み込みに対応できず、接近を許す。

 それでもハフネが少女の間合いに入った瞬間、彼女の刀は閃光と共に、ハフネの首筋目掛けて振るわれる……はずだった。

 その間合いで、ハフネは右手に持った短刀を少女目掛けて投擲。

 それを防ぐために刀の軌道を変え上体を逸らす。

 ハフネは残った短刀を少女の脇腹、肋骨の隙間へと突きを入れた。

 これが真剣であったなら、差し込まれた短刀は心臓へ達して、絶命させる必殺の一撃だった。


 映るモノへ意識が向きすぎて、映らない気配への反応が半拍遅れた。

『選択的注意の偏り』が起きたのだ。

 見えるからこその油断。

 それが敗因だった。


「……何がおこった?」

「よくわからんが、あの様子じゃ、盗賊のねぇちゃんが勝ったんだろう」

 野次馬たちが口々に適当なことを言っていく。

「いや、俺好みだから赤毛の勝ちだな」

「何を馬鹿な、だったら大人の色気あふれるねぇちゃんのが圧勝だろ」



 試合の内容とは無関係に盛り上がる中、赤毛の少女は地に手をついていた。


「……負けた。あいつ以外に負けたのなんて、久しぶりだ」

 《あいつってお兄さんの親友の?》

 《ああ……ギフトを貰って、その力に油断してた……でも、気づいたのが今でよかったよ》

 《そうだね。本番だったら、死んでたもんね》


「ふー……油断してた?もしかして」

 汗を拭いながらハフネは少女に声をかけた。

「……正直、あったと思います」

「なかなか興味深い系統の技術だったわ。あなたの歳であれだけやれるのは凄いよ」


 手を差し伸べて少女を立たせる。

 

「驚いたよ。投げた短刀にあそこまで反応するなんてね。でも――できるんなら最初からやんな。小さな油断でも――人は簡単に死ぬ。アンタは、そうなっちゃダメ。いいね?」

 その言葉には、たんなる戦力(チームメンバー)にかける以上の温もりが感じられたのだった。


 赤毛の少女は、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。

 それは、複雑な感情だった。

 負けたことの悔しさも、叱られたことの痛みも、ハフネの温かさに触れることで、すっと腑に落ちたのだ。


 その感情をあらわすなら、これだろうか。


『憧れ』。

 

 ――少女の中でハフネの呼称が『姐御(あねご)』になった瞬間だった。

 

 

『選択的注意の偏り』とは。

何かに注意を向けると、その他の情報が自然に「見えなくなる」こと。

その偏りが強く出てしまう状態。


赤毛の少女はギフトによって通常以上に『見える』状態となっていました。

見えるという意識が先行して、それ以外の情報へ意識を向けていなかった。

「見えているから大丈夫」という油断だったのです。


遠山の目付を忘れていたということですね。

自身の強さや、ギフトが協力である事をしって慢心していたのもあったでしょう。

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