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焔翼の戦姫編 覚悟しちゃう?

「疲れた……なんでこんなに、いろんなことが起こるんだ……帰りたい……日本へ」

 それは消え入りそうな弱弱しい声だった。


 ここはダンジョン門前村にある唯一の宿屋。

 その一室。赤毛の少女はベッドにうつ伏せで呟いた。


 ここ数日、未遂とはいえ暴行事件に巻き込まれたのだ。

 しかも、加害者の男どもは今も、元気に村の中を歩いている。


 日本とは違うこの世界では、都市部でもない限り警察的な組織はまれだ。

 領都や州都なら、騎士団や衛士隊がその役割を果たす。

 ところが、ここは小さな、そして最近になって人が集まってできた『村の様な場所』に過ぎない。

 村長も居なければ、当然衛士もいない。

 ここでは聖堂が唯一の『倫理基準』ではあるが――取り締まりなどは行っていない。


 さらに、加害者が貴族で、もう一方が外国人、特に草原の民である場合、その罪を問うことは難しかった。


 第一、ショージーはこの先の道案内だ。失うわけにはいかない。

 そしてキオリスは貴族だ。すでに彼の左耳に大穴を開けている。

 下手をすれば逆にその罪を問われる可能性だってある。


 キオリスを問い詰めたところ、どうやら彼は淫魔と人の混血(カンビオン)であり、その体質はドリーム・フィーバーと呼ばれるものだという。

 それは『過剰魅了(オーバー・チャーム)』という形で、常に周囲の女性に作用し続けるのだそうな。

 つまり、本人にも抑制が難しい。


 その影響を受けてしまった女性に対して、手っ取り早く元へ戻すには……ということだった。


『私と閨を共にしたとしても、安心してほしい。私はカンビオンであるから、めったに子供はできないんだ』


 赤毛の少女が『愛刀:胴田貫』を抜き放ったのは言うまでもなかった。

 その度に、ショージーやサルマールが止めに入るという。もはやお約束になりつつある。



 《お兄さん……帰りたい?》

 《そうだね。正直言えば……帰りたいよ。君を連れてね》

 《……お兄さん》


 魂の一部を融合している二人は、お互いの感情が伝わり、その感情に胸を熱くした。


 その気持ちが高まって、昨夜中断された行為を再開しようと、衣の中へ手を差し込んだ時――。


「失礼する!」

 突然ドアが開けられて、その勢いのまま入ってきた者がいた。

 そう、キオリスである。


「先日は大変失礼した!」

「帰れ!」

「いやぁ心配して……」

「帰れぇ!!」


「まぁちょっと聞いてくれたまえ」


 赤毛の少女は、じりじりとベッドに近づいてくるキオリスから、袖で鼻と口を押えながら、逃げるようにベッドの反対側へ。

「うるさい寄るな!」


「対策をしてきたんだ!大丈夫なように!」


「……どんな?」

「まず身体を拭き清めて来た。中和する用の香水もつけてきた。抑制用の護符も身に着けている」

 首から下げた護符を赤毛の少女に見えやすいように、掲げて見せた。


「それで……どれくらいマシになるの?」

「宿の女将に君が泊まっている部屋を教えて貰うのに、少々時間がかかったよ」


「……」

 赤毛の少女の時は、ほぼ屋外と言っていい環境で、さらに彼が酒場に近づいて名乗りを上げる前から、その影響が出ていた。

 それを考えれば、女将が少女の部屋を教えるのに時間をかけたというのは、かなり抑制できていると考えられた。


「本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫だとも!何かあっても子供はできないさ!」

「出てけ!」

「なぜだ!?私は安心させようと!」

「安心できるか!」


 その時赤毛の少女は、初めてこの青年貴族と会ったときの様な、甘い香りと、心臓の高鳴りを感じた。


「お前……抑えられてない……じゃないか」

「なに?そんなはずはない!いつもならこれで大丈夫なんだ……顔が赤いぞ!さっそく処置を!」

 そう言ってベッドに上がって距離を詰めていく、カンビオンの青年と、後ずさる赤毛の少女。


「違う!これはそんなんじゃないから!……風邪!そう風邪ひいたんだ!」

「なに?それはいかんな……どれ熱は」

 そう言っておでこをつけて熱を測ろうとする男。

 動けなくなる少女。


「あ」

 少女の口から漏れたそれは、熱く艶を帯びており、まさに『嬌声』だった。


 赤毛の少女はそんな声を、他人を相手に出してしまった事や、聞かれてしまった事に恥入り、悔いた。


「ふむ……昨日は同意なしで、怒られてしまったからな。君が望むなら、すぐにでも処置を始めるが……どうする?」

「ふぅ……ふぅ……帰って」

 赤い顔、涙を浮かべた瞳で上目遣い。

 青年貴族は、その姿に息を呑む。


「素晴らしい……なんて美しさだ。まるで美の女神の様だ」

 煌めく様な赤毛。

 黒瑪瑙の瞳はときおり、炎の様に揺らめく十字星を映す。

 強気な少女が涙を浮かべる姿は青年貴族の新しい扉を開かせるには十分すぎるほどだった。


「……私の処置は、最初嫌がっていても最後には喜ばれる。どうか安心して欲しい」


 そう言って昨日と同じ様にのしかかろうとしたときだった。

 少女の周りに、あの光の矢を放つ光球が幾つも浮かんでいる事に気がついた。


 彼の耳は聖堂への安くない寄付で、元通りではあったがこの光景は、あの時の痛みを思い出させ、動きを止めるには十分だった。

 だが、諦めたわけではない。


「命を天秤にかけるほどの価値はない。そうでしょう?だから……」「あるさ――君となら」

 その声音は低く、熱がこもっていた。


 少女の目に、かすかな揺らぎが灯る。戸惑いという色が、ほんの一瞬、表に出た。


 半淫魔(カンビオン)の青年は、それを見逃さない。

 むしろ、待っていたとばかりに距離を詰める。


「君は撃てないよ。私を――求めているから」


「……求めてなんか、ない」

 苦しげに吐き出す声は、身体の熱に溶けてしまいそうな理性の断末魔だったかもしれない。


 目を逸らす仕草は、否定とは裏腹に、決定的な弱点を曝け出している。


「なら、撃てばいい」


 少女の首筋に、淫魔の血を引く青年の吐息が触れる。


 薄れゆく意識の中で『十分我慢した』という思いが湧いた。


 《流れに身を任せよう》

 《お兄さんとなら……どうとでも》

 火照る身体に流されそうな意識の中で、二人が出した答えだった。


 少女は腕に力を込めると、すこしだけ距離ができた。

 青年貴族の顔を正面からその目をのぞき込む。

 青年の目には、覚悟を決めた赤毛の少女が映っていた。


「……いいこだ」

「……悪い人ね」


 その瞬間。

 三つの出来事が起きた。


 ひとつは、ドアが勢いよく開かれショージーが「よ!元気か!」

 ひとつは、それに驚き瞬間的に振り返るキオリス。

 ひとつは、キオリスの頭があった場所を通過する、幾本もの『黎明龍霊の吐息レイメイリュカ・ブレス



「よろしくやって……るわけっじゃないのか?」

「やぁ ショージー殿。危うく死にかけてるところだよ」

「やぁショージー、ちょっとそいつを押さえてろ。何本までいけるか試してやる」


「キオ、お前またやったのか?昨日あれだけ言ってやったのに」

「早く抑えろ」

「いやぁあまりにも可愛かったので、素直に抱きたかったんだよ」

「このガキをか?嘘だろお前」

「よし、二人ともハチの巣にしてやる。おとなしくしろ」


 部屋の中を逃げ回るキオリスを、ふらふらと定まらない照準で追いかける赤毛の少女。

 放たれた『黎明龍霊の吐息』は壁を穴だらけにしていく。


 ショージーもキオリスも、なぜか逃げる方向は一緒だった。

 こんなところでも気の合う二人は、赤毛の少女の衝動が、運動へと昇華されきるまで、山野を走り回ることになったのだった。


 その過程で、ゴブリンや、大型の魔獣の巣を壊滅させ、近くまで来ていた巨人の一団を打ち滅ぼしていた。


 人生万事塞翁が馬。


 この夜の出来事は、彼らにとっては不幸ではあったが反面、その成果を評価する向きもあり、幸運であったとも言えた。


 しかし、この村にはギルドもなければ村長もいない。

 評価はされても、報酬はでない。

 むしろ元の評判が最悪なショージー&キオリス。

『クズ』『ゴミ』『最低』『痴漢』『ゴブリン並みの理性』『オーク並みの性欲』と散々だった所へ、『ジャイアントスレイヤー』の称号が追加されてバランスがとれただけだったが。


 穴だらけになった宿屋へは、赤毛の少女からの弁済としてアイジア金貨二枚が送られることに。

 後日、元の宿屋よりも立派なものが完成した。


 この一件でキオリスは今度こそ反省し、常に最大限の抑制対策を行うようになった。

 一方、なぜか彼の魅了(チャーム)が効きすぎる赤毛の少女には、耐魅了の護符が聖堂から贈られることになった。


 この村の聖堂に仕える巫女、穂月の『特殊能力(スキル):鑑定』によれば、少女の魂は揺らぎが非常に大きく、その隙を突かれやすいのだという。

「まるで、二人分の魂が同居してる? みたい……とり憑かれてるとか……ではないようね……ともかく、そのブレや揺らぎが弱点になってるのだわ」

 さらに彼女は続ける。

キオリス()の『魅了』は精神や魂に効いて、肉体的な衝動につながるようにできてるの」


 鑑定の巫女(穂月)は少女の素性を詳らかに言い当てていく。

「貴女は草原の民の中でも特に感受性の高い『ミルユル氏族』。しかも、『炎と縁を結ぶ巫女』。本来ならこの性質はとても強力な長所になるはず。けれど、魂の揺らぎが大きいせいで、感じる力ばかりが大きくて、自身を護れていないのね。例えれば『蓋のない大鍋』ね。器ばかり大きくて、蓋がないからどんどん入ってくるばかりなのだわ」


 こういった経緯もあり、穂月による『耐魅了』の護符が送られたのだ。

 もちろん、多額の初穂料を納めることになったのだが。



 赤毛の少女としては、襲われるは、お金ばかり出ていくは……散々な目に遭ってると言っていいだろう。


「ほんと、帰りたい」

 《……ごめんね》

 《? どうして謝るの?》

 《わたしが、生を願ったばかりに……お兄さんを、私のところへ引き寄せたから》

 《う~ん……なんていえばいいのか、言葉が難しいけど、それでも、誤解を恐れずに言うとさ、俺はいま幸せだよ?メルにゃんと一緒に居れて》

 機嫌取りなどではない、お兄さんの本音だ。

 魂の融合をしている少女には、それが分る。


 《俺が、予定通りに別のところへ転生したとして、この幸せは得られなかった。俺はメルにゃんがいいんだ》

 《お兄さん……私、お兄さんとずっと一緒に居たい》

 《ああ、俺も同じ思いだよ》


 魂の融合は、いつか必ず完了する。

 そのとき、二人はひとりになるのだ。

 これは、定められた(ことわり)のひとつ。


 ギャルな天女、天命(ツミカ)によって告げられた未来。


 少女は、いつか来る同化の時を恐れながらも、お兄さんとの今を忘れまいとこの記憶を魂に刻み込む。


 『愛しい人との時間よ、永遠なれ』と。




鑑定スキル:

レベル次第でいろんなものが見える。

穂月のスキルレベルはかなり高いが『理の外の者』である転生者の事まではわからなかった。


因みに、赤毛の少女は鑑定スキル待っていません。

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