焔翼の戦姫編 不祥事と厄介ごと
少女の服装は「女侍」といった感じのものです。
転生時に天命が持たせてくれた服は、転生者であるお兄さんの脳をスキャンして、具現化されたものなので、それらの「女性服」はこの世界この時代では「娼婦」のように見える可能性が高く、着れないものばかりでした。
なので、同じく具現化されていた「侍」の着物を着ています。
現地で購入することも考えましたが、仕立ての良いものとは言えず肌触りもいまいち。
貴族の着る服だと着心地は良いですが、過度な装飾が付いている物が多く、彼の好みに合いませんでした。
なので、男物の着物を着ているということです。
下着は現代的なものを身に着けています。
男性の脳をスキャンした結果の下着なのでその多くは・・・。
着流し姿ではなく、男袴をはいているのでまさに侍といった感じです。
この世界には「神道」由来の宗教があり、巫女が存在し、彼女たちの服装は現代日本のそれと変わりません。
なので、赤毛の少女の侍姿も、さして違和感のない物になっています。
赤毛の少女はご機嫌斜めだった。
――これはかなり控えめな表現である。
実際には『右ショージー』と『左ショージー』に分かれるところだったのだ。
熟れたスイカの様に。
右と左に。
世間――とは言っても、ここはダンジョンの門前村。
さして広いわけではないコミュニティーである。
『好事は門を出でず、悪事千里を走る』の諺通りである。
噂は既に皆が知るところとなっており、そんな世間の目は冷たかった。
もちろんショージーに対して。
遠隔自在ロープの練習中に絡まったというのは、冒険者の多いこの地では割とあっさり受け入れられた。
しかし――だからと言って、彼の行動を正しいものだとする者はごく僅かで、彼らもまた白い目で見られることになった。
「流石にお前が悪いよ。普通なら助けるところだろ」サルマールが常識を口にする。
「どうせならもっと上手くやれよ」
セイロが非常識なことを言い、
「俺ならもっと上手くやる」とショーが言った。
流石に少女はドン引きである。
《こいつらクズだよ!お兄さん!》
《この良識のなさは、異世界だからか?それともこいつらが特別なのか?》
《……両方……かな? 三:七くらいの割合で》
《命懸けで生きてる連中は、その傾向にあるんだね?てか、せめてそうであってくれ》
町民も貴族もそんな考えだったらと――お兄さんはゾッとした。
※※※※
今日も酒場で盗賊を募集するも、応募はなかった。
その次の日も、次の日も。
「おかしい!いくらなんでも、こんなに来ないことなんて!ありえないだろ!」
5杯目のジョッキを空にして、ショージーは叫んだ。
隣の椅子に座る赤毛の少女は、することもなくカウンターに突っ伏して寝息を立てていた。
連日同じことを繰り返すショージーを見かねた大将が、落ち着いた声で言った。
「なぁ、お前さん」
「なんだよ?」
「俺も昔は冒険者でな」
「あ?」
「俺が現役の頃も、そして今も、男女による職業選択に偏りがあってな」
酒の入った新しいジョッキを差し出しながら、遠い目をする。
「なんの話だよ。こちとらイラついてんだよ」
「まぁ聞け。……いいか、お前さんが探している盗賊はな、昔から女がつくことが多い」
「だからなんだよ」
「ひとつの噂があってな……」
「……噂?」
「盗賊を探している奴には気を付けろ。そいつは同じチームの女を縛って……てな」
「……」
「へぇ、そんなクソ野郎が、アンタ以外にもいたんだ?」
途中から起きて、聞いていた少女はそう低く言い、さらに続けた。
「自業自得よね」
「勘弁してくれ!あんなの冗談みたいなもんだろうが!」
「よぅし、八等分にしてやるからそこを動くな」
「店ん中でやめてくれ」
冷静なその一言で、少女は刀を収めた。
「出会いはセクハラ。再会もセクハラ。ここでもセクハラ……てか犯罪未遂」
冷たい視線と、低い声。
一般人が向けられていたならば、恐怖に凍り付いた事だろう。
ところが、ショージーという男はこんな性格でありながら、剣の腕では霊銀級。
霊銀級といえば、現存するランクで上から二番目という高位ランクであった。
こんな不祥事を犯さなければ、間違いなく彼らの識別票もそうなっていたはずだ。
しかし彼らのそれが銀製なのは、彼らが常に何かしらの不祥事を起こすからだった。
ショージーは、にやりと笑う。
《こいつ……笑ってやがる》
《やっぱり、ハシモさんがこいつらを雇ったのは、理由があったんだねお兄さん》
少女の内なる声はこの男の胆力に感心していた。
怒りが過ぎて、逆に――という事だ。
「……」
ショージーは内心、焦りまくっていた。
外から見ればにやりと笑っているようだが、実際にはひきつりきった顔である。
(こ……殺されるかと思った……なんだよこいつ、かわいい顔して歴戦の戦士みたいな目しやがって……)
そんな本心を、彼のチームメンバーでさえ気付くことはなかっただろう。いつもの『強気の笑み』に見えたはずだ。
「ふふ」と少女が笑みをこぼす。
「はは」と男が固い笑いをこぼす。
「ふふふふ」
「はははは」
酒場の大将は、串に刺した野菜をあぶりながらつぶやいた。
「きもちわる」
その時だった。
微かに甘く、ときめきを誘う、さわやかな香りが少女の鼻をくすぐった。
《いい匂い……するね》
《なんだか、嗅いでいたくなるね》
「失礼する!私の名は『キオリス・ヴァン・ヴァリオティーニ』 キオリスと呼んでくれたまえ!」
酒場どころかその周囲にも響き渡る声量でそう名乗ったものだから、道行く人々は何事かと足を止め、酔漢たちはその手を止めた。
《あいつから香ってきてるようだよお兄さん》
《高い香水でもつけてるのかもね》
《なんだか……ぽわぽわしてる……感じ》
《なんだこれ、心臓がバクバクしてきたぞ?》
《なんだか、むずむずする……嫌だな》
《身体が熱い……これってもしかして……》
「……私の名は『キオリス・ヴァン・ヴァリオティーニ』 キオリスと呼んでくれたまえ!」
酒場がざわつき始めた。
それはそうだろう。
いきなり名乗って要件も言わず、さらに再び名乗りを上げる。
名前からすればどこかの貴族のようだし、かかわりあいたくないと思うのが、人情というものだった。
しかし、今、席を立つと確実に見咎められる。
それはそれで、面倒ごとになると踏んだ彼らは、動けないでいた。
「…………私の名は『キオリス・ヴァン・ヴァリオティーニ』 キオリスと呼んでくれたまえ!」
誰が困るかで言えば、一番困っているのはこの店の大将である。商売にならないのだ。
彼は目の前の冒険者に声を潜めて話しかけた。
「おい、あれを角を立てず追い払ってくれよ」
「報酬は?」
「お前の仲間がツケで飲み食いした分をチャラにしてやる」
「な!?あいつらそんなことをしてるのか!?」
思わず立ち上がった彼は、間違いなくこの場で一番目立っていた。
キオリスはショージーに狙いを定めると、足早に歩み寄り再び名乗り始めた。
「私の名は『キオリス……』」
「ショージー・ナカンム、謹んでご挨拶申し上げる。
キオリス・ヴァン・ヴァリオティーニ殿におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
ショージーの挨拶は、言上も所作も全てが完璧で、それはもう見事なものだった。
身嗜みさえ整っていれば、まるで夜会に出た、貴族の様でさえあった。
ことの経過を見守っていた観衆は、まさかの『貴族がもう一人いた』と驚きを隠せなかった。
「おお!これは見事な返礼 痛み入る」
「さ、どうぞ『月蓮の席』には遠く及ばないが、ここではこれが流儀というもの。さ、どうぞ」
『月蓮の席』とは、アイジア王国西部の、一部の貴族が使う言葉だ。
『夜の茶会』を意味する。
「う、うむ かたじけない」
「して、どうされたのです?」
周りが呆然とする中、ショージーは青年貴族をリードしていく。
金や銀で飾られたブリガンダインを身につけ、腰にさした細身の剣は精緻な模様が彫られていた。
金髪碧眼の精悍な顔立ちに程よく鍛えられていそうな体つき。
控えめに言って美丈夫であった。
「実は……」
赤毛の少女は、火照る様な香りに眩暈にも似た感覚を覚えながら、ひとつの予感がしていた。
それは――。
「ああ……厄介者が増えた」
赤毛の少女は、熱った顔で俯いて、そう呟くのが精一杯だった。
異世界あれこれ
冒険者の普段の服装について。
基本的に休みの日は普段着です。
鎧を身に着けているのは、これから冒険に出るか、帰って来た直後です。
鎧は彼らにとって仕事着なので、オフの日には脱いでいると設定しています。
ですが、武器については、携行できるものは携行しているとしています。
さすがに大槌を普段から持ち歩く人はいないと思いますが。
ですが、治安の悪い地域を生活拠点にしている場合は、常に肌身離さず持ち歩いている場合があります。
なので、スラムなどへ行けば武装した者が増え、高級住宅地へ行けば、見回りの衛士しか武装していない。
といった感じです。
作中のダンジョンの門前村では、その人口のほとんどが冒険者であり、しかも山の中であることから、野生動物をはじめ魔獣や魔物といった人類にとっての敵性生物も出没します。
ですので、帯剣率はほぼ100%です。
因みに冒険者ギルドの支部はまだありません。
村の主な施設:聖堂x1、酒場x1、飯屋x2、鍛冶屋x1、運送屋x1
飯屋意外は独占状態ですが、環境が環境の、店の料金は比較的高いですが、聖堂が良心的なストッパーとして帰納しているため、「法外な」といわれるほど高くなっていません。




