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焔翼の戦姫編 足りる?足りない?

 初日の夜。

 雲はなく、細い月がまるで微笑んでいるかのように見えた。

 草木の臭いが夏の息吹を感じさせる。

 どこからか、虫の音が聞こえた。



「で、どうするって」

 大隧道(トンネル)の入り口から少し離れた場所にテントを張った赤毛の少女一行は、焚き火を囲んで翌日以降の予定を話し合っていた。


「まずは酒場へ行く」

「……それで?」

 まさか朝から飲む気じゃないだろうな?という疑念の眼差しだ。


盗賊(スカウト)を募集する」


 少女は齧っていた干し肉を飲み込んで、疑問を口にする。

「……簡単そうに言うけど、見つかるの?」

「ダンジョンってのは盗賊の技術が不可欠だ。つまり食いっぱぐれないってことだ。だから国中から大勢やってくる」


「ふーん……まぁそれなら……」

 少女としては、先輩冒険者の言うことだからと、納得せざるを得なかった。


 そして翌朝。

 少し大きめの屋台のような青空酒場だ。

 簡素なカウンターがあり、地面にテーブルになりそうなものと、イスになりそうなものが乱雑に置かれている。

 客は自由にそれを利用して、朝だというのに酒と料理を楽しんでいた。

 しかし、盗賊らしき姿はなかった。


「大勢いるって?」

「あれぇ?おかしいなぁ」


 その美しい眉を釣り上げながら、ショージーを睨む少女。

 それに対してバツが悪そうに視線を逸らすショージーだった。


 酒場の主人は言う。

「少し前に、お貴族様がやって来てな、全員連れて行っちまった」

「なんで?」

 追加の注文をしながらショージーが聞いた。

「どうせよくあるアレだろ。後継のための実績をってやつ」

「なるほどな……いつの事だ?3日前?……ならあと数日で戻ってくるかな」


 ショージーと主人とのやりとりの横で、少女は出された焼き鳥のような料理を頬張った。



 少女は朝ごはんというには多めに食べてしまったことを反省しつつ――二人は酒場を後にした。

 歩きながら疑問を口にする少女。

「盗賊がいないと進めないの?」


「進めなくはない。ただ、進み切れるか、ダメだった時に戻って来られるか……ダンジョン内では解除された罠も、時間が経てばまた設置されるんだ。進むにしても戻るにしても、盗賊は必要だ」

「そっか……じゃ、見つかるまでは何もできないね」

 そう言って肩を落とす少女に、笑いながらショージーは言う。

「装備の点検とか、やることはいっぱいあるぞ。サルマールに聞いて、何が必要か確認しとけ」


 テントへ戻る途中。

「寄るところがあるから先に戻っとけ」

「ん? 一緒に行こうか?」

「いや、昔馴染みに会いに行くんだ。一人でいい」


 そう言ってショージーは来た道を戻って行った。


 赤毛の少女はテントへ戻る途中で、道の両脇に広げられた露天商を覗いていく。

 色んな珍しい物が並べられている。

 まず目についたのは、通常のランタンの数十倍、数百倍の明るさを持つ照明器具だった。

「ねぇ、これってどれくらい明るいの?」

「お?お嬢さん!お目が高い!こちらはなんと!遺跡の第7階層から出た魔道具でね!……驚くなかれ!なんと、昼間と同じくらいに明るいんだ!」

 自慢げにそう言う商人は、周囲を見渡して、ヒソヒソと少女にだけ話しだした。

「とある貴族様もこいつをご所望なんだが……美人なお嬢さんには特別価格で譲ってもいいぜ」


 赤毛の少女はしばし考え込む。

 それは内なる声――この体の元の持ち主との対話でもあった。


 《どう思う?》

 《胡散臭いよ。貴族に売ろうって物を初対面の女に売り込むだなんて、裏があるよお兄さん!》

 《ふむ……慎重に考えるよ》


 意識は内側から外側へ向けられた。


「ねぇ大将、こいつを使うメリットとデメリットを教えてくれるかな?」

「あん?……そうだな――明るくなればダンジョン内で闇に怯えなくて済む。デメリットは明るいから見つかりやすいってとこか」


 《お兄さん、消費魔力聞いて見て》

 《あいよ》


「大将――消費魔力は……」


 こうして根掘り葉掘り聞いてわかったことといえば……。

 並の魔法使いが1時間も使えば魔力が底をつくと言う。

 因みに魔力がなくなると、最悪死ぬ。

 そうなる前に、吐き気や頭痛、倦怠感などがあり、死に至ることは滅多にない。


 赤毛の少女であれば、人並外れた魔力量を持っているため長時間の利用も可能と思われる。

 しかしそもそも、赤毛の少女には【波の支配】と言う転生時に天女から貰った【ギフト】がある。

 これは、この世界にある【全ての波を支配下に置く能力】。

 可視光線はもちろん、音波、重力波、さらには|生命と時間の波《ヴィータ・テンポリス波》に至るまで――いずれは自在に操ることができるという、神にも等しい代物だった。


 使い道は無限にある。

 たとえば少女はこのギフトによって、夜の森の中を何の支障もなく駆け抜けることができた。

 視覚に頼る必要はない。

 周囲のすべてが“波”として感じ取れるからだ。

『電磁波によるエコーロケーション』

 ――このギフトを授けてくれた天女は、そう説明していた。


 つまり、赤毛の少女にとって、闇とはもはや恐れるものではない。

 夜の中でも、世界は常に、彼女の掌の内にあるのだから。


 とはいえ、もしかしたら『六鍵(ろっけん)』が必要とするかもしれない。


「一応聞くけど、これっていくら?」

「いいね!そう来なくっちゃ!とはいえこちらも商売だ。赤字にゃできねぇ――大銀貨八枚!これでどうだ!」


 《大銀貨八枚……どれくらい?》

 《町中に土地付きで家が買えるよ》

 《うぉお……まじかよ》


「いや、無理だわ。そんなお金ない」

「じゃあ大銀貨七枚と中銀貨五枚でどうだ!」

「そもそも、そんなに欲しいわけじゃないから」

「ん~……だめかぁ。しょうがない。じゃぁ他の物も見ていっておくれよ」


 しかし、この状況で平気な顔してほかの商品を見続けられるほど図太い神経を持っていなかった少女は、足早に次の店へと移ったのだった。


 テントへ戻る途中で、ほかに目を引いたものといえば――。


 ・遠隔自在ロープ。名前の通り命令を出せば高所や離れたところを結んでくれるというロープ。

 五十メートルあり崖の上り下りなどに重宝する。軽く作られているが何分嵩が大きいので邪魔になる。大銀貨八枚。


 ・魔法のお手紙セット。あらかじめ設定しておけば、書いた手紙は距離や場所に関係なく相手の下へ翌昼には届くという。

 救助要請や極めて緊急の時に使うもので、一部上流貴族はこれをラブレターに使う。

 その際には財力を示すステータスとなる。

 魔法の羽ペン、魔法のインクのセット。

 価格は(アイジア)金貨二枚。


 ・携行食庫(オカモチ)。食料限定のミニマジックバッグ。百食分入る。

 『入れた料理は、料理の神様に捧げられ、腐らない恩恵を受ける代わりに味を失う』

 価格は大金貨一枚。



 結局何も買わずにテントまで戻ってきた赤毛の少女は、キャンプ地であのアイテムたちのことを考えていた。

 遠隔自在ロープは、この先の冒険でもきっと役に立つ。


 《ねぇメルにゃん。あのロープ買おうと思うけど、メルにゃん的にはどう思う?》

 《いいと思う。お兄さんの言う通り、いろんなシーンで役に立つだろうから》

 《よし、じゃぁあれは買おう》



 しかし問題はあとの二つだ。

 お手紙セットは先に送り相手の設定が必要だ。

 少女が思う手紙を書きたい相手は、設定ができないほど遠くにいる。

 しかし、救助要請などには使える。


 《どうしようね?》

 《いつか使うかもしれないよ?》

 《いやぁ【波の支配】で変わりがきくのよ。しかもこの手紙よりも早いよ。同時通話できるからね》

 《天命(ツミカ)様のおかげだねぇ――って、また、天女様でエロいこと考えてるんでしょう!》

 《濡れ衣過ぎるよ!次!次考えよう!》



 《ごはんがいっぱい入るやつでしょう》

 《だね》

 《お兄さん、天女様からもらったやつあるよね?いらないのでは?》

 《六鍵の連中がさ、馬鹿だから食料買い忘れるとかしてるでしょう……これがあれば、いざというとき助かるんじゃないかって思ってね》


 この会話は魂同士の会話だ。

 眼に見えるわけでもない、耳に聞こえるわけでもない。

 しかし、魂はお互いの存在を知覚する。


 少女は今、肩をすくめて呆れたように言った。


 《お兄さんは、変態的に優しいね》

 《え!?》

 《ふつうはそんなこと気にかけないよ?》

 《……かかわりのあった人が、不幸になってほしくないんだよ》

 《はぁ、変態なのは夜だけにしてほしいよ》

 《……》


 結局、赤毛の少女は『遠隔自在ロープ』だけを買った。

 他の物は六鍵が必要だというなら、その時にもう一度考えることにしたのだ。


 夜、テントの中で遠隔自在ロープの操作を練習しながら、いろいろなことを考えた。

『山に登るとき便利だろうな』とか、『犯人つかまえるのに便利だろうな』とか。

 お兄さんが前世で修めた『心影六刀流』には捕縛術もあったが、あまり熱心に練習して来なかった。

 ろくに人を縛ることなんてしたことのない少女は、練習として一先ず自分自身を縛ってみることにした。

 朧げな記憶を辿りながら。


 そこへ声かけもしないでテントの中へ入ってきた者がいた。ショージーである。

「おーい、飯できたぞ――お前……なんだそれ……分かった皆まで言うな。俺が相手してやるから」

「ぎゃぁあ!やめろ!そうじゃない!そんなんじゃない!」


 いつのまにかその縛り方は変態的なものになっていた。

 昼間、メルニアに言われたことが、頭に残っていたのだろう。

 それを感知したロープがそれに従って動いたのだ。


「おいやめろ!マジでやめろ!ベルトを外すなぁ!!!」


 少女の悲鳴が辺りへ響き、人が駆けつけるまでさほど時間はかからなかった。


 今宵も月が笑っていた。




 

・・・えっち。

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