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焔翼の戦姫編 月待の盃

第二部 開幕に際しまして、人物紹介を。


赤毛の少女:

二心同体の少女。草原の戦士メルニアと現代日本から転生した『お兄さん』がひとつの身体に同居している人物。いきさつは第一部にて。普段はお兄さんが体の持ち主として行動しているが、メルニアの感情が高ぶるとその操作を奪ってしまうことがある。


六鍵:

リーダー・ショージー。赤毛の少女との初邂逅はショージー達によるセクハラ。

「俺はショージー・ナカンム。チームリーダーで、戦士だ」

青黒い髪を持ち、二十代後半ほどの精悍な顔立ちではあるが、不健康そうな顔いろをしている。


サブリーダー・サルマール。

「サルマール・ベンダー。野伏だ」


メンバー・セイロ

「セイロ・ガンラッパ。薬師だ。面倒だから怪我はするなよ」


メンバー・ショー

「俺の名前は、ショー・ゴーン。剣士だ」


 ラプトリス大陸を東西へ渡る手段は三つ。

 空を飛ぶか、アイジア王国を抜けるか、あるいは海路を行くか。

 まず、『空を飛ぶ』――これができるのは人種(ひとしゅ)の中では翼有(てんぐ)族や夢魔(サキュバス)族くらいのものだ。


 『空を飛ぶ』――初めてその言葉を聞いたとき、赤毛の少女は鼻で笑った。

 だが次の瞬間、本当に翼を持つ種族の名が挙がると、目を輝かせて身を乗り出した。

 周囲の視線などお構いなしだった。


 残りは二つ。


 物流の大部分は海路を使って行われている。

 なので【赤毛の少女】は海路を利用するのが普通だが、彼女にはそれができない理由があった。

 それは……この辺一体の海域は、少女達が周辺諸国群と呼ぶ国々が支配している。

 そしてその周辺諸国群は、彼女の住む大草原地帯との戦争を控えているのだ。

 長年の恨み辛みが、とある事件をきっかけに一気に燃え上がり、戦争へと走り出したのだ。

 そんな中、周辺諸国群の――船という閉鎖空間に何日も身を置くのは自殺行為だと思われた。


「さすがに敵の船に何日も乗り込むなんて、バカでもしないでしょう」


 たとえ敵に囲まれても切り抜ける自信はあった。

 しかし周りは海だ。

 泳げなくはないが、陸までの距離によっては結局海の藻屑になってしまう。

 他にも、暴れすぎて船が壊れ、操船できなくなってしまっては意味がない。

 結局のところ海路も『なし』だった。


 結局、少女達がとったルートは、最後に残った一番無難な陸路だった。


 赤毛の少女とその護衛兼道案内の冒険者チーム『六鍵(ろっけん)』は行く。

 アイジア王国の、海沿いの街道を、西へ。


「『六鍵』って、ロッケンロールじゃないよね?」

「なんだそれ。『鍵』は未知や未来の象徴だ。六人でそれを開く――そういう意味さ」

「六人……一、二、三、四……ん?」

「お前を五人目にしてやってもいいんだぞ」

「その脅し文句、こわぁ~」

 冗談であり皮肉でもある。


「お前……口が減らねぇな」

「いや、口しか使えない女は嫌われるって聞いてるけど」

「……痴女め」

「なんで!?」

「今の返し、絶対誘ってるだろ」

「誰が!」


「おいおい、ショージーよぉ。痴女に口で負けるだなんて、童貞かよ」

 下品なジョークに笑いが起こる。

「んじゃ、そろそろ魔法使いか?」

「あ?俺は戦士だが?」


「は!」肩をすくめ、皮肉に口の片端を上げて見せたのだった。




 数日かけていくつかの町を過ぎ、さらに一面田園風景の中を進む。

 するとテンノン川という大河に道を阻まれる。

 流れが早い上に幅が数キロもあり、泳いで渡ることも船で行くことも、難しい。

 この川は暴れ川として知られており、雨が続けばあっという間に氾濫を繰り返す。


 地図上で言えばこの川が、アイジア王国と周辺諸国群とを分けている。


「えぇ?こんなの渡れないよ?どうすんの?」

「俺たは道案内だぜ?任せとけって!」

 出会いがセクハラだったこともあり、信用しきれないのだった。


 このテンノン川にはかつて古代技術によって多くの橋がかかっていた。

 しかし、大陸統一国家・アイジア王国へ反旗を翻した諸国群は橋を打ち壊し、その行き来を制限したのだ。

 現在のところ唯一かかる橋は貴族や、あるいはそれらにコネのある者にしか使用できないようになっていた。

 正確には平民でも利用は可能だ。

 許可証があれば無料で通れるが、そもそも発行料が高すぎる――庶民の半年分の収入に匹敵する。

 それ故、個人で利用することはまずない。

 仮に橋を通過したとしても、国境警備によって少女が捉えられる可能性も高い。


 そこで、あまり人に知られていないものの、比較的自由のきくルートを案内役は提示したのだ。


「この川……どこまで続くの」

「川のことなんてしらねぇよ。俺たちが行くのは天蓋山脈に入って数日のとこにある、大隧道(トンネル)だ。ダンジョンだから準備に時間がかかるぞ」

「あんまり時間をかけたくないんだけど?」

「しょうがねぇだろ。盗賊(スカウト)がいねぇんだからよ!」

 そう、道案内として雇われた『六鍵』は本来なら六人チームだ。


 ところが出発前にメンバーの二人が抜けたのだ。

 その一人が盗賊であった。

 ダンジョンの罠を解除するのに欠かせないのが彼らの技術だったのだが……。


 テンノン川を遡り、天蓋山脈へ分け入ること四日。

 途中で小さな山村を通り、野宿などもしつつ、ようやく辿り着くのが――かつて大槌(ドワーフ)族が掘り進めた坑道である。

 採掘されていたのは黒い石で、魔力を通すとまるで竜の如く火を吹く。名を黒龍石という。

 大槌族はそれを炉にくべて各種鉱石を溶かし、鍛冶に励んだという。

 しかし、およそ二百年前に地下の古代遺跡を掘り当ててしまい、採掘は中止。

 その直後に起こった周辺諸国群の独立戦争により、近年まで忘れ去られていた。


 そして冒険者の手によって発見されたのが五年ほど前の事だ。


 その入り口周辺は、かつては整備されていたことがうかがえるもので、今となって多くの冒険者チームがキャンプ地として利用していた。

 最近になって冒険者の他に、出張鍛冶屋や、食料と雑貨を扱う商人、聖堂から派遣された巫女や神官の姿などが見られた。

 彼等は小さな店を構えるものも居たが、その多くは露天商たちだった。


 黄昏時が迫っているにもかかわらず、それでもなお、このキャンプ地――もはや村といってもいいかもしれない――は活気に満ちていた。


 坑道の入口は岩肌にぽっかりと空いており、今まさに動けない仲間を担いだ冒険者チームが、転がる様にして出てきたところだった。


「誰か!巫女を呼んでくれ!」

「傷か!?毒か!?」


 近くに待機していた神官が叫ぶ様にして問診をする。

「わからん!血は止まってるのに意識がない!」

「くそ!巫女を!穂月(ほづき)を呼べ!」


 しばらくして一人の巫女が駆けつけすぐさま症状の確認を特殊能力(スキル)を使って行い、それを受けた神官が適切な魔法で治療していく。


 一方で冒険者と露天商が値段交渉をしている。

「こいつは遺跡の奥で見つけたカップだぞ!」

「わかってるよ。魔力を通せば中身が熱くなったり冷たくなったりするやつだろ?」


 それは手のひらに収まる陶器だった。

 深みのある黒をしておりその中に青い斑点が浮かぶ。

 まるで夜空の様な景色の器。

「ああ!それが中銀貨3枚だと!?」


「いいか、よく聞け?」

 肩をすくめながら商人は言う。

「この魔道具は温調の器(エンテリア)っつてな、子供用のコップから、大鍋までいろんなサイズがあるんだよ。さらに表面に飾り模様があるか無いか、さらにその美しさで値段が変わる」

 商人は大袈裟なほどに雑に扱う。

 しかしそう見えるだけで、その器を乱暴に扱ってはいない。


「で、こいつはどうだ。サイズは小。飾り模様もない。あるのは塗料のムラがあるだけだ。市場価格で言えば最低価格だな。もし数があれば色はつけれるが、あるのか?……ないんだろう?ならこんなもんだ」

 商人はまくしたてた。

 側から見れば、早く買い取ってしまいたいと、急いでいるように見える。


「……数が揃えばいいんだな?」

「元がもとだ、色をつけたところでたいして変わらんぞ?」

「何個だ?何個あればいい!」

「わかった。わかったよ……なら中銀貨五枚でどうだ。腕のいい冒険者をみすみす帰したんじゃ商人のなおれだからな!」


 そのやりとりを見ていた赤毛の少女は、旅の道連れに一言いって商人達へ声をかけた。

「お兄さん、それ見せて」

「なんだお前?」

 冒険者は突然声をかけて来た赤毛の少女に訝しんだが、差し出された手に圧を感じて「壊すなよ。壊したら弁償だからな」と言ってたその手に器を置いた。


 少女はじっくりと眺めたり、手に包んだり、匂いを嗅いだりしていた。

 商人も売りにきた冒険者も、何をしているのかわからなかった。


「お兄さんはこれを幾らで売るつもりだったの?」

 少女は上目遣いに、冒険者の顔色を見ながらそう問うた。

「……中銀貨五……いや八枚なら」

「そう――なら、これで買うわ」

 懐から取り出したのは大銀貨一枚。

「いいよね、お兄さん?」

「おっおう!」

 冒険者はひったくる様にしてそれを受け取り、足取り軽く去っていく。

 少女もこの場を去ろうとした時、商人が声を荒げて掴みかかってきた。

「てめぇ!商売の邪魔しやがって!弁償しろ!」


 掴みかかって来た手をひらりひらりとかわしながら「王都で同じものを見たわ。大銀貨五枚はしてた。それを中銀貨五枚?難しいね商売ってのは」

「いいから!よこせ!この!」

「大銀貨八枚でなら売ってもいい」

「……はぁ はぁ すばしっこいガキめ!」

 肩で息をしながら商人はそれでも口だけは元気だった。

「大銀貨四枚!」

「無理。気に入ってるから」

「大銀貨六枚でどうだ!これ以上は無理だ!」

「誠実に商売してれば良かったのにね。残念」


 そう言って赤毛の少女は商人に背を向け、旅に道連れの元へ戻っていく。

 手に入れた器に――いつかこの器で日本酒を煽る日のことを思い浮かべていた。


 陽は沈み夜の帳がおりつつあった。


 瞼のうちに月を見る。


 かつて、親友とそうしていた様に、月を肴に――。


 そんなことを思い出していた。



『知ってるか?盃に月を映すと味が変わるらしいぜ』

『ほぅ?……試してみるか』

『おう。くだらねぇ話で一杯やるのが、いちばんうまい』

『ああ、そうだな』



 ――あの夜の月の美味さが、胸によみがえった。



「群青と焔」(あおとあか)シリーズ。

第二部です。


別枠として投稿すべきか、悩んだのですが、そもそも操作が分からずこのような形でも投稿です。


よろしくお願いします。

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