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エピローグ2 祈りと願望・愛と欲望

「群青と焔」(あおとあか)

第一部 完了です。

ここまでお付き合いいただきました読者の皆様に感謝を。


 ガタゴトと揺れる馬車の上で、流れる雲を眺めながら、ディッダはポツリと呟いた。


「一緒に行きたかった」

「そうねぇ。そうできればよかったんだけど……ハシモ商会の仕事があるからねぇ」


 隣で周囲を警戒しているリィンが、この表情の薄い義姉妹を優しく宥めるようにそう言った。


「別のチームを一緒に行かせたって」

「……どういう事?」

「道案内に」

「あぁ……それはしょうがないね。私たちはあんまり詳しくないし」

「それでも……行きたかった」


 リィンがディッダの頭を、優しく撫でる。

 長年の付き合いで、彼女が落ち込んでいるのが分かったからだ。


「また会えるわ。占いにそう出てるもの」

「いつ?」

「春くらいには?」

「……楽しみ」


 ディッダの声がようやく明るいものになった。

 そのとき、馬車の上にレイヴンが上がってきた。

「メルニアお嬢ちゃんの事か?」

「ええ。ディッダが一緒にいきたかったって」

「お前ら仲良かったもんな……思えば、サクリカ(あの町)でのことは……嵐みたいだったな」


 三人はあの依頼の事を思い出していた。


 ※※※※


 敵拠点前での戦闘は実はすんなりと片が付いていた。

 その場にいた敵は冒険者であり、金で雇われただけの者達。

 戦えば、同業者どうしで死人が出る。

 いつかどこかで互いに背中を預けるかもしれない相手に恨みを買ってまで、自身の命を危険にさらすような真似はしない。

 それが分っていたからこそ、リィンは非殺傷型の魔法で敵を混乱に落としいれ奇襲による早期決着をはかったのだった。


 拠点前はこのように早期決着したが、中の戦闘はそうではなかった。

 長く続いた戦闘は、何人も何人も死んだ。

 敵も味方も。

 ディッダ自身はこの事を語ることができない。

 秘密厳守の誓いを立てているからだ。

 凄惨な戦場の記憶は、冒険者として幾多の修羅場をくぐってきた彼女でさえ、心に深い爪痕を残した。

 その痛みを分かち合えたのは、メルニアだけだった。

 しかし今、彼女は――遠い空の下だ。

 ――ディッダがその重荷を下ろすには、しばしの時間がかかるだろう。


 ※※※※


 ディッダ達が馬車の上で、メルニアのことを考えていた頃。

 馬車の中では彼らの雇い主であるハシモもまた、メルニアの事を考えていた。


「メルニア殿の信頼に応えるため、次の街では、領主様とお会いしましょう」

 人脈を広げれるだけ広げて、メルニアに託された資金を増やす。

 そして……いつの日か。


「メルニア殿ならばきっと、大きな事を成し遂げる。商人の勘がそう言っているのだよ」

 ハシモは部下の前で楽しげに呟いた。


 彼は夢想する。

 赤毛の少女(メルニア)が草原の民との交易の窓口となり、やがては草原を代表する人物に成長してくれることを。


 その時、ハシモ自身は交易を一手に引き受けよう。

 そうすれば、孫の世代まで遊んで暮らせるほどの富が手に入る。


 何せ、あの大草原地帯には――他の場所では決して手に入らない、希少な資源が、空にも地上にも、そして地下にも莫大な量が眠っているのだから。


 草原の民の信仰によって手を付けられぬ資源もあるが――それを差し引いても、あの一帯は世界を変えるほどの価値を持つ。

 ――そのためにも。

 ハシモは心の奥で、静かに決意を固めた。

 自らの商会を、もっと大きく、もっと強く育てねばならぬと。


 それとは別に、彼女がに旅の安全を祈らずにはいられなかった。

 この子の笑顔が曇らない様にと。


 ※※※※


 アイジア王国の王都にある情報ギルド、柳華楼のギルドマスター、イナンナは窓の外をじっと眺めている。

 普段の彼女なら、手を休めることなく働いていたはずだ。

 それが今は、物思いにふけるかのように窓の外を眺めているのだ。


「お役に立てなかった……切札だと思っていた、あの魔女も役に立たなかったようだし」


 あの魔女とは、ウル・アスタルテの事だ。

 彼女が元の世界に帰るその日まで、仕事を世話し、暮らしを支え、経費も立て替えてやった。

 全てはその実力を見込んでだった。

 いずれ『夜明け』のために役に立つときが来ると思えばこそ。

 それなのに――彼女は出ていった切り音沙汰なく、しかも、王太女が攫われる事件が発生。

 無事帰還を果たされたものの、イナンナのなしたことは『夢魔族の目隠し巫女・梓月』を派遣したことだろう。

 結果として、梓月は大きくその役割を果たしたが、本来であればウルがその事件を防いだはずだった。

「あの魔女め……どこをほっつき歩いているのやら。――道に迷ってっ地獄を彷徨ってるなんてことは――まさかね」


 乾いた笑いを漏らして、ため息を一つ。

 机の上には、新たな依頼書が山と積まれている。


 イナンナは椅子を回し、机のベルを軽く鳴らした。

「――次の駒を動かすとしようか。『夜明け』は必ず来るのだから」

 その瞳には、諦めではなく、力強い決意の光が宿っていた。


 ※※※※


 ドミニク・エリオット・ヴィアトーレ・コローインフィーリンネ。

 リアの大叔父である。

 直接関与したわけではないが、彼の指示で王太女を誘拐した犯人を逃がすことになったのだ。


「儂は陛下に言上仕ったまでのこと。最終のご裁断を下され、詔をお出しになられたのは、陛下御自ら。――儂のどこに責めを負う道理があろうか」


 調査にあたる国王近衛騎士へそう言い放ち、さらに続けた。


「もし採られた臣の言を、後に過ちと断ずるならば――それはすなわち、採られた陛下をお責め申すにも等しきこと。近衛風情が不敬が過ぎようぞ!」


 彼の行いは、その結果、誘拐犯を逃がし、王太女の身柄を確保し損ねることになったのだ。

 ルミナ達ルクスヴィカ近衛騎士団の活躍により、救出できたが、一歩間違えば永遠に彼女を失う所だったのだ。

 彼は、王子であり王太女の弟のサイ・カリス・セレスティン・コローインフィーリンネを王座へ付けようとする派閥の筆頭である。

 あわよくば、王太女が行方不明のままであれば、手を汚さずに排除できるともくろんでいたのだ。

 しかし、王太女は衰弱しているものの生還をはたした。

 もともと降ってわいた事だ。

 うまくいかなかったとしても、何の痛手にもならない。


 王子の婚約者は彼の孫娘だ。

 その王子が王位に着けば、そして子を成せば、その子が王になれば、彼は王の曽祖父となる。

 門外貴族として没落が運命付けられた彼は、こうして運命に抗おうとしているのだ。

 手段は選ばない覚悟は、すでに決まっていた。

 彼はこの先も、王太女の運命に影を落とす存在となる。


 ※※※※



 物語は絡み合う。


 数多の人々の思惑が物語を紡ぎ、花ひらく。

 その花はひとつとして同じ色はない。


 人々は行く。

 雲が流れるように。

 風に吹かれて、姿を変えて。


 祈りが、願いが、結晶となるこの世界で。

 聞き届けられるのは誰の祈りか、誰の願望か。


 愛か、欲望か。


 運命の理は、いまだ巡りを止めぬ。

 その終着を知る者は、この世に――ただのひとりもいない。


第二部 焔翼の戦姫 ~「群青と焔」(あおとあか)焔編~ 近日スタートします。

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