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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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エピローグ1 地獄

エピローグです。


 空は常に雷雲が覆っており、雷は雨のごとく降り注いでいた。

 雷が降らない日は、怪鳥が気勢を上げ群れを成して渡っていく。


 地には、得体のしれない生物が蠢いている。

 最近よく見かけるのは、無数の〇器のような触手を生やした目玉の化け物。

 芋虫に無数の手が生え、ぬらぬらとした跡を残しながら行く化け物。


 それらを見下ろせる、ここは断崖絶壁に設けられた、無数にある独居房のひとつ。

 出入口は崖側にしかなくそれも一面、光の格子がはまっているだけで外からすべてが丸見えだった。

 格子の外側に足場はなく、空を飛べないものならどうやっても脱出不可能に思われた。


 そのひとつに、緩く波打つ背中まである銀髪、猛獣のような鋭い金眼――右目を黒い布で覆っている――の少女が収監されていた。

 理を穢した罪で収監されているのだが、本人はまったく納得していなかった。


 彼女自身は、とある事件をきっかけに世界の壁を越えてしまっただけで、帰る方法を探しながら生きてきただけだ。

 ただ、その手段がいけなかったのだという。


 彼女自身はいわゆる『魔法使い』だ。

 ただし、どの系統にも属さない。

 白でもなく、黒でもない。

 あえて言うなら神術、あるいは心術。

 彼女の思いに、考えに、現実が答える。それが彼女の魔法だ。

 もちろん()()()()()()()()のだが、彼女の芯のひとつはこれだった。

 では、彼女がこの牢獄から出ない理由はなにか。


「三食昼寝付き……最初は珍しいものが見れるし愉快じゃったが――」


 そう、単純に『ここにいてもいい』と思ったからだ。


「飽きてきたのぉ」


 その時。

 外で人の気配がした。

 親指と人差し指で輪を作り、そこを覗くことにで『透視の魔法』を発動。壁の向こうで起こっていることを覗き見る。

 それは、刑務官に連れられて一人の女性が、宙を連行されて来るところだった。

 一行は、隣の独房前で立ち止まり、囚人を牢内へ押し込めた。


「やはりお前は、生まれてくるべきではなかったのだ。天命(つみか)――いや、罪果(つみか)よ」

「ウチは、ウチに課せられた『理』に従ったまでだし!ウチに罪があるというのなら!それを定めた【大天理】様に罪があるということだし!」

「な!?【大天理】様をそのような!やはりお前は大罪人!理を穢した罪は重いぞ!永遠にここで罪を償うがいい!」 


 光の格子がつながる音が響く。


「――ふん! 好きに言えばいいし!ウチは悪くないし!」

「この!――最後まで! まぁいい!どうせお前も、お前のお気に入りの人間も、そう長くはない!」

「!? ちょっと!どういうこと!彼は関係ないじゃん!ねぇ!ちょっと!」


 遠ざかる背中は、彼女の声がまるで聞こえていないかのように振り向くことはなかった。

「くそ!なにが【審理】だ!お前らこそ!理に背いてるじゃんか!彼に何かあったら、理界に殴りこんでやるからな!くそったれ!」


 

 隣の房がようやっと静かになるったころ、金眼の少女がここへ連れてこられた時と同様の異臭が漂い始めた。

 それは、無数の〇器型触手を生やした目玉の化け物が、壁を上ってきているためだった。


「おーい、お隣りさんや。おーい。ち……目玉の化け物が来とるぞぉ」

「……なに?」

「下を見てみよ。目玉の化け物が登って来とるじゃろ。自分で何とかできそうかの?」

「バケモノ?――ヒッ なにあれ……」

「あれが何かは(わし)も知らんが、見た目からすると、お前さんお貞操の危機じゃろうなぁ」

「え!?嘘でしょう?」



 天命――罪果は信じていない噂を思い出した。

 理を穢したものは地獄に落とされ、地獄の一部になるのだと。

 かつての同僚が化け物を産み落としたという話を。

 地獄に相応しい化け物を生む――故に「地獄の一部」ということだと。


 そう、ここは地獄。

 理を穢せし者の牢獄。

 ならば、罰があってしかるべきところ。


 その罰が課せられようとしているのだ。


「力が……力が出……ない?なんで!?」

 悪臭は強くなり、這いずる音か――ぐちょぐちょという音が確かに聞こえてきていた。


「のう、お隣りさんや、何ならわしが守ってやろうか?」

「わ!わ!入ってきた!くそ!やめろ!くるな!」


 囚人である、彼女達は通れないはずの光の格子を、あの化け物はなぜかすり抜ける。


「おーとーなーりーさーんーやー。助けはいるかぁ?」

「いるいる!ちょ!痛い痛い!早く早く!」

「ならば、恩に着るがよいぞ!カッカッカ!」


 金眼の少女は立ち上がると、そのまま隣の独房に向けて歩き出した。

 そこに壁などないかのように。


 そうして壁を抜けた先では、今まさにツミカが刑を執行されようとしているところだった。


【弾けろ】


 その言葉と同時に、怪物は風船のように膨らみ、そして、弾け飛んだ。


 白いねばついた体液が、あたりに飛び散って悪臭をまき散らした。

「うげぇ……ありがと――もう少し何とかならなかったの?」

「それを試しておる間に、お主が散ってしまっては元も子もあるまい?」

「……それはそうね。ありがとう」


 独房の惨状をみて、ツミカは清掃するつもりで魔法を発動しようとした。

 しかし何も起きなかった。

「やっぱり、使えない」

「どれ」金眼の少女がそういうと、無数の水球が現れ天井から、壁から、床までも洗い流していく。


「……あんた、何者なの?」

「儂か?儂の名は【ウル・アスタルテ】【愛と美・戦と王権・豊穣の女神に仕えし者にして、女神の愛娘】じゃ」

「……【白き闇の魔女】じゃん!【黄金の王女にして玉座の娼婦】じゃん!」

「なんじゃ、儂 有名人か?」


 ツミカはウルから距離を取りつつ口にする。

「【特級危険人物】【魔界からの転移者】【代行者を屠りし者】……貴女を知らない者はいないし」


「ふむ。魔界からの転移者というのはよくわからぬが、まぁともあれ――」

 ウルは楽しげに笑った。

「儂はお隣りさん、ツミカ殿の恩人じゃということを忘れぬようにの? カッカッカ」


 地獄の牢獄に、雷鳴が落ちた。

 その光の中で、ふたりの影が交わる。

 ――それが、すべての始まりだった。

次の出番は何時だろうなぁ・・・

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