第六章 彼 火の面影
王都では雨が降り続いていた。
しかし、サクリカではこの時、雨はやんでいた。
それほど距離があります。
西行きの乗合馬車に何とか間に合った一行は、改めて自己紹介をすることにした。
「俺はショージー・ナカンム。チームリーダーで、戦士だ」
騎士がよく使うアーミングソードを腰に下げ、金属板と鎖帷子、革を組み合わせた鎧――ブリガンダイン――を身に着けている。
青黒い髪を持ち、二十代後半ほどの精悍な顔立ちではあるが、不健康そうな顔いろをしている。
「サルマール・ベンダー。野伏だ」
ショートボウと短剣、革鎧。
「セイロ・ガンラッパ。薬師だ。面倒だから怪我はするなよ」
革鎧の上に小型の盾を背負い、腰には短剣。面倒くさそうな態度に似合わず、装備はきちんとしていた。
(……なんだコイツ)
少女は思わず眉をひそめた。
「俺の名前は、ショー・ゴーン。剣士だ」
革鎧、短剣、アーミングソード。
しかし、見える範囲でも短剣やナイフが複数あり投げナイフなども得意なのかも知れなかった。
四人とも質のいい装備を身に着けており、それだけを見ればまるで、いいご身分の出のようである。
しかし、その人となりは今のところ町のチンピラにしか見えなかったが。
少しして、少女は気づいた。
以前会ったとき、『六鍵』の人数は六人だったはずだ。
あの依頼で二人、冒険を離脱することになったのだろう。
色々と思い出のある町だ。そう考えれば、しばらくは居づらいのだろうと想像できる。
だから、この西方行きの依頼を受けたのだと思われた。
(こいつら、見かけによらず仲間想いなのかもしれないな)
少女の中で、ほんの少し彼らに対する評価がましになった瞬間だった。
「……私の自己紹介 いる?」
「あ?『ミルユル・メルニア』『草原へ向かう』『腕は立つ』『世間知らず』……他に必要な情報とかあるのかよ?」
ショージーが口にして、少女が答えた。
「さぁ?護衛対象になった事なんてないからわからないわ」
「なら黙ってろよブス」セイロが口汚くそう吐き捨てたものだから、機嫌の悪い少女の中のメルニアは瞬時に体の主導権を取って言い返す。
「黙れチビ」武器こそ抜かないものの、声に含まれる怒気はそれ自体が乗り合わせている、一般客を震え上がらせた。
「なんだと!」
「やめろ!」
セイロが立ち上がろうとする。ショージーがすかさずその肩を押さえつけた。
「お前もだ、メルニア。確かにおれたちの間にはいろいろあったが、今は一緒に旅をする仲間だ。仲良くしていこう。な?」
「色々あったっていうか、そっちからあっただけだよね?」
「お前だって、酒場で煽って来たじゃねぇか!」
「……(覚えてないけど……リィンがそんなこと言ってたな)まぁ……改めてよろしく」
※※※※
馬車は次の町へたどり着く前に、夜となり中継地となっている地点で野営の準備に入った。
乗客はそれぞれ自分の持ち分で、自身の食事をとる事になっている。
事前情報でそのようにして聞いていたので、赤毛の少女はマジックバッグに食料をしこたま買い込んでいた。
(さすが天女がくれたマジックバッグ。中身が腐ることもない)
広場の中央に焚かれた焚火を使って、乗客がおのおの自身の分を調理していく。
「……食べないの?」
「……本当は、あの待っていた場所に食料店があったんだよ。荷物になるから合流後に買えばいいと思ってたんだ」
六鍵のメンバーが食事をとらないのを見て声を掛けたら案の定だった。いや、想像以上だった。
「次の町まで、もう一泊あるはずだけど、どうすんの?」
「うるせぇな!お前には関係ねぇだろ!」セイロがまたしても噛みついてくる。
赤毛の少女はため息をついて、マジックバッグから四つの包みを取り出した。
「はい。どうぞ」そういって、ショージー、サルマール、ショーに手渡した。
それは、ズシリとした重量のほんのり温かいものだった。
「こ……これは、まさか……」
彼らが包みを開けると、ハムやチーズ、野菜が挟まれたバゲッドサンドが入っていた。
彼等の中で一番年下であろう、ショーが早くも齧りついていた。
「うめぇ!」「歯応えがあって俺ぁ、これ好きだ!」
それを見たショージーも、サルマールも包みを開けていく。
そして、セイロの分のひとつを手に彼の表情を読む少女。
「お腹すいてるよね?関係ない人からもらう?それとも、ごめんなさいして受け取る?どうする?」
この赤毛の少女は一四歳だ。
セイロは二五歳。十歳以上離れているにもかかわらず、まるで子供扱いだ。
事実、少女の中のお兄さんは三十後半なのだ。
年の離れた弟のように思えてきたのだ。実際には弟はいなかったが。
《弟がいたらこんな感じだったかな?》
思わず心の声を伝えてしまっていた。
《草原に帰れば弟がいるよ、お兄さん》
《そうなんだ。……じゃぁ、中身が別人だってばれないようにしないとね》
「うるせぇ!お前からはもらわねぇよ!……なぁ、ショー少し分けてくれよ」
「え?」食べ終わった後だった。
サルマールも、ショージーも丁度最後の一口が残っていたが、声を掛けられる前にほおばっていた。
セイロは何かを言いかけたが、その瞬間彼の腹が空腹を主張した。
「意地を張るのもいいけど、それで仲間の怪我を回復できないようなことになったら困るのよね」
セイロの手に包みを握らせて、言った。
「食べなさい。仲間の為にも」
ショーが代わりに「ありがとう」といって頭を下げた。
ショージーが叱っているのが見えたが、セイロは意地になっていた。
こうして食事も終わり、明日に向けて準備をして寝るだけだになった。
しかし彼女ら五人は魔法の灯りを中心に車座になって話し込んでいた。
「草原へ行くって話だが、ルートは?」
「オルファスまで行って、そこから北上するつもりよ」
「オルファス?多分その手前のテンノン川を渡れないんじゃないか?毎年この時期は増水してるし、そのせいで崩れた橋は修復されていない」
「ん?私がここへ来たときには橋を渡ってきたと思ったけど?」
首をかしげるメルニアにショージーは答える。
「多分、貴族専用の橋を渡ったんだろう。庶民は渡れないが、あれを渡れるなら話は早いが、お前通行手形とかあるのか?」
首を振って否定する少女。それを見たショージーはさして残念がることもなく、話をつづけた。
「だとするなら、海路を行くかだが――お前、草原の民だろう?今の時期、乗せてくれねぇだろうな」
「商業ギルドに伝手がある。それで船に乗せてもらうのは?」
「あの辺の船乗りが、陸の連中の言うことに素直に従うとは思えねぇな」
「……じゃぁどうすればいいのよ」
「安心しな。もうひとつルートを知ってる。俺たちは道案内にやとわれたんだぜ?」
自信ありげなショージー。
しかし、少女の胸には不安しかなかった。
「テンノン川を北上すると天蓋山脈にぶつかる。そして、ここにはかつて大槌族たちが掘ったという、大隧道がある」
ドワーフ、トンネルと聞いて、少女の中のお兄さんは、心が躍る思いがした。
なにせ、彼が初めて触れたファンタジー作品はそのアニメの冒頭で、大槌族の大トンネルに挑むところから始まるのだ。
それをリアルで経験しようなどと、テンションが上がらないはずがなかった。
「しかし、古代の地底遺跡につながってしまって、今はダンジョン扱いだ」
「おお!……ん?草原まで行けないの?」
「いや。行けるんだ。だが、中は複雑に入り組んでいて案内なしだと、まず迷う」
「なるほど。経験は?」
「これまでに三度」
「おお!じゃぁ決まりだね」
焚火がパチンと爆ぜ、火の粉が舞い上がる。
それを目で追いながら、お兄さんは大学時代にはまったキャンプを思い出していた。
(あいつと二人で行った富士のキャンプ場は楽しかったな……あいつ、無事だったかな……)
最後に見た光景――あいつの部屋が炎上している光景だった。
安否も確認できないまま、彼はトラックにはねられ、この世界に来たのだ。
心配立ったが、今となっては確認推しようがない。
お兄さんも、そしてリアも、お互いの事に気づいていない。
この世界の転生とは――
死の間際に願っていたことを『ギフト』となり、
その者を想う誰かの祈りが、それに重なる。
だからこそ『彼』は【ギフト:波の支配】を手に入れた。
そして、『同僚』の願いにより【女】になったのだ。
一方の『同僚』は、死の間際に願っていたことにより【ギフト:魅了の魔眼】を手に入れた。
そして、『彼』の願いにより【女】になったのだ。
二人の物語は、其の人生において今はまだほんの一瞬の交わりに過ぎなかった。
しかし、二人の絆は切れることなく結ばれている。
焚火が小さくなり、夜が深まっていく。
少女の視線の先には、前世で見たあの月とは違う月が――しかし、懐かしい光を纏って――輝いていた。
《お兄さん》
《ん?》
《月が綺麗だね》
《――ふふ、死んでもいいわ》
《ダメだよ! 死んじゃ!》
《……》
《ね!? 聞いてる? ねぇ! お兄さん!》
誰かが焚火に薪をくべた。
そのとき火の粉が高く舞い上がる。
その一瞬、少女は――炎の中に、誰かの面影を見た気がした。
けれど、それが誰なのかは、思い出せなかった。
これにて第一部 終幕




