第六章 彼 旅立ち
あの依頼の後、赤毛の少女は逃げるようにして街を出た。
『王族』っぽい『裸の女の子』の『左手薬指に指輪をはめた』――絶対、厄介ごとになると考えたからだ。
『責任とって結婚しろ』というなら、やぶさかではなかったが、そんなことになるはずもない。
第一彼女にはやることがあった。
この赤毛の少女はその身体に二人の魂が存在する。
体の元の持ち主で名をメルニア。
もう一人は『お兄さん』と呼ばれている現代日本からの転生者だった。
そのメルニアの故郷が、メルニアの死をきっかけに戦争を始めようとしていると聞いて、急ぎ故郷へと向かう必要があった。
赤毛の少女は世話になったハシモへ挨拶に赴いたが、スケジュールが合わず会うことはできなかった。
同じく世話になった鍋ぶた旅団に挨拶して旅立つ。
彼らは皆、別れを惜しみ、ディッダはその手を最後まで離さなかった。
「メル、用が済んだら絶対に戻っておいで」
お互い涙をグッと堪えて別れを告げた。
人で溢れる目抜き通りを西へと進む。
市門が見えてきた時だ。
人影の向こうで手を振る人物がいた。
落ち着いた色合いの、それでいて質の良い鎧を着た冒険者が、手を振っていた。
少女はそれが知り合いだとは思わず、無視して通り過ぎようとして抱き上げられた。
「きゃぁ!」
思わず、女の子らしい声が出てしまった。
「なんだよ、『きゃあ』って、女の子みたいな声出して ははは」
「……」
「いだだだだだあだああああ!!」
ゴボギン!
赤毛の少女が相手の指を極めて圧し折ったのだ。
「てめぇ!」と相手の仲間らしい男たちが怒号を上げて詰め寄るが――
「んだごらぁ!」すかさず、殺気を込めて怒鳴り返す。
相手の気勢をくじいた瞬間、一番近い男の喉を突き、殴りかかってきた男の腕を絡めとり、勢いのままの背負いあげてからの頭から落とす――「待て!俺だ!ショージーだ!」
すんでのところで、頭から落とすのをやめ、痛くないように着地させた。
「ああ!ディッダ達がいなくなった途端に痴漢行為たぁ、死にてぇのか?ああ?」
《ちょっと、メルニアさん?やり過ぎでは?》
《……ふん!》
メルニアの機嫌が悪いのは、ここへ到着するまでの間にすれ違った森詠族の女性に、お兄さんが目を奪われていたからだ。
「なんだよ、随分機嫌がわりぃな……」
仲間の薬師に指を直してもらいながらショージーはあっけらかんとしていた。
「そこのお前たち!何をしている!」
市門を守る衛士が騒ぎを聞きつけてか集まってきていた。
「ちっ!」
素早く駆け出してこの場を去ろうとするも、すでに門は衛士たちによって固められており、力づくで突破するわけにもいかず……。
赤毛の少女は、ショージー達『六鍵』と共に、詰め所に連行されるのであった。
※※※※
詰所の地下室兼、勾留部屋……つまり牢屋である。
とはいえ、ここは刑務所ではないので一時利用するだけの、何もないただの地下室だった。
同じ部屋に押し込まれた彼女たち。
「お前の痴漢行為のせいで、こんなことになってるんだぞ、誠心誠意お詫びろ、私に」
「うるせぇよ。簡単に後ろとられやがって。ここがダンジョンなら死んでたぞ。教訓だと思ってありがとうの1つでも言いやがれ」
「あそこはダンジョンじゃなくて、市街地だばかやろう! それにここは牢屋だよ。ろ う や お前のせいで牢屋に入ってんだよ!」
赤毛の少女とショージーが言い争いをしていると、衛士がドアの格子の向こうから声をかけてきた。
「赤毛の冒険者って聞いて来てみれば、お前さんらか……なにやってんだよ」
それは、先日の依頼に一緒に参加した兵士の一人だった。
「目撃者の話がとれた。メルニアだったか?お前さんはもう行っていいぞ」
「それは良かったわ。こんなのと一緒に居たくないからね」
「それはこっちも……まてまて!お前に用事があって待ってたんだよ!」
「痴漢行為がその用事ってわけ?ふざけんな。縛り首にでもなっとけ」
「まってまって!お前さんの護衛を頼まれて待ってたんだよ!」
「……私の、護衛?」
「たしかメルニアの方がボコってたって聞いたが……、お前らに護衛が勤まるのか?」
兵士が当然の疑問を口にする。
「依頼主は、そいつが世間知らずで危なっかしいと思ってるんだとよ!」
「……依頼主は?」
「これが、手紙だよ。――ああ、中身は人に見せるなとさ」
何も言わず、それを受け取って、周りには見えないように封を切る。
それは――なんとハシモからの手紙だった。
そこには、見送ることができずに申し訳ないという言葉。
深く感謝していること。
そして、きっと信頼にこたえてみせるという、彼らしい力強い一文が添えられていた。
さらに、「草原」までの道のりの護衛兼、道案内として『六鍵』を雇ったのだと記されている。
それは、別れの代わりに託された小さな親切だった。
封筒の底には、もう一通。
これから先に、立ち寄る町の商業ギルドで便宜を図ってくれるようにという、手形のような書状が入っていた。
彼女はそっと目を閉じ、短く息を吐く。
――やっぱり、あの人には敵わない。
「で、その護衛兼、道案内ってのがお前らってこと?」
「そうだよ!」
「それなのに手を出したんだ?」
「……」
「なに?聞こえないなぁ?」
「ごめん」
「……まぁいいでしょう」
その様子をみながら兵士は呆れた様子で、「んじゃなにか、結局内輪もめだったわけか?」
「……そうなりますかね」
肩をすくめた兵士は「もういい、二度と騒ぎを起こすなよ」といって彼女たちを解放してくれたのだった。
詰め所を出たころには、日が傾き始めていた。
その日の最後の乗り合い馬車が出るところだった。
彼女たちは慌ててそれに乗り込むのだった。




