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第五章 同僚 朝食は雨上がりのバルコニーで

 三日三晩続いた雨もやみ、この日は朝から快晴だった。

 まだ雨の臭いが残る街並みは陽光をはね返し、どこか浄められたかのようだった。

 空は澄み渡り、鳥は高く高く舞い上がる。


 夏の気配が色濃く感じられた。


 開け放たれた窓からは、南風が潮の香りを運んできていた。

 今年の夏はきっと暑くになるだろう。


 王都の北、天蓋山脈を背負う形で築かれた王城。

 その王城の自室のベッドで、少女は目を覚ます。

「殿下。お目覚めになられましたか」


 そこにはいつもと変わらない柔らかく、優しい――けれどいつもより艶めいた微笑み。

 筆頭侍女にして近衛騎士であるルミナが佇んでいた。


 あまりにも、いつも通りの笑顔だった。

 まるで、あの悪夢のような出来事がなかったかのように。


 いつもの部屋。

 いつものベッド。

 ……いつものルー。


 リアは夢でも見ていたのかと、首をひねる。

 そして、とあるイメージが浮かぶ。


 敵とは言え切腹させたことや、あの闇の中に囚われていた間の事を思い出したのだ。


 そのとき、月影の指輪に月光が灯る。

 しかし、昼間の事。その淡い光に気が付いた者はいなかった。

 月影の指輪――それは、精神を安定させる効果があり。安眠にも役に立つ。

 そして、この指輪が支える石は黒瑪瑙(くろめのう)ではなく、星闇石(せいあんせき)


 同じ星闇石の瞳を持つ赤毛の少女からの、贈り物として、今の持ち主であるリアを護るための、護符として効果を発揮していた。

 そしてその効果があって、リアは取り乱さずにいられるのだが――。

 普段は黒瑪瑙のように見えるこの石は、同じ瞳を持つ者が身につけている時や、効果を発揮中にはその本来の姿を現していた。


 

「……ああ、夢だったのね」

 できれば夢であってほしい。その思いから出た言葉だった。


 そう安堵するも、何やら違和感を覚えて左手を見る。

 するとそこには『黒銀の絡みつく蔓が星闇石を支える指輪』が。

 しかも、左手薬指に。


「……私、結婚したの?」ふふっと冗談めかしてルーにそう質問を投げかけた。


「……」

 ルミナは答えなかった。

 その代りに、あの柔らかく優しい笑顔は変わらままに、なぜか無言の圧力が増していく。


「えっと……ルー?」

 気圧されるリアに、ベッドに上がりながらその距離を詰めるルミナ。


 ついには、王太女であるリアに馬乗りになる。

「るぅ?どうしたの?」

 そう言いながらも、リアの胸は高鳴っていた。

(これって!?これって!?そういうことだよね!?いいのかな、このまま!いいんだよね!?)


 リアの頭の中がピンク一色に染まるころ、彼女の忠臣は、およそ忠臣らしからぬ場所から問いかけた。


「殿下……いえ、今は、リアと呼ばせていただきますね」

 そう前置きしてから、返事を待たずに言葉を重ねた。


「その指輪……いったい何なのですか? ――ずいぶん昔の話ですが、覚えていらっしゃいますか。私に『結婚しよう』とおっしゃったことを。子供の言葉でしたし、性別は同じで身分も違いますから、私も冗談だと笑って受け流しました。……けれど、仮にあれが冗談だったとしても――では今のこれは、何なのですか?」

 息を詰め、指先を震わせながら、続ける。

「指輪を、その指に。 その意味を……ご存じないはずがありませんよね?しかも――お相手は、流れの冒険者だとか。歳もそう変わらない、女の子だとか。……どういうおつもりなんです?」

 理性を保とうとしながらも、瞳は潤み、声が震える。

「最近になって『王配にする』などと仰るから、てっきり……私のことを、と。少しは、期待してしまったんですよ、私だって。なのに、そんな思わせぶりなことをしておいて……!」

 声が高くなり、涙が頬を伝う。

「しかも相手は、女の子! 本当に、そういうおつもりなのですか?一国の主となるお方が……お子を成す気もなく、そんな――そんな軽々しく……!」

 そして、堰を切ったように叫ぶ。

「リア……私の純情と……ファーストキス、返してください……!」


 最初は毅然と話していたルミナの声は、次第に震え、理性の仮面を剥がされるように揺らぎ、 ――最後には、涙混じりの叫びとなっていた。


「えっ! いや! これは違うの!そういうのじゃなくて!」


 まるで浮気が見つかった言い訳のようである。

「なんか、なりゆき……そう!なりゆきでこうなってるっていうか!」

「へぇ、成り行きですか? 行きずりってことですか?王太女ともあろうものが!?」

「うえぇ!?」王太女らしからぬ声が出た。

「どういうことなんですか!はっきりしてください!」


 あまりにも顔が近くて、このまま唇が触れてしまうんじゃないかと、むしろそうあってくれと、リアはただ、そのことで頭がいっぱいになって胸の鼓動は高まるばかりだった。


(これは……なんか、もう、誘われてるよね?てか、ここは唇で黙らせてからの『お前だけ』っていえばいいんじゃない?やれるのか?いや、やるんだ!いまはこんな美少女でも、前世は男だろ!いけ!やれ!)


 リアがその内心で覚悟を決め、ルーを抱き寄せようとするのと、ドアが開きルーが飛びのいたのはほぼ同時だった。


 空振りした手を、恥ずかし気に引っ込めてドアを見る。


 そこには、夢魔族の目隠し巫女『梓月』が立っていた。


「……邪魔しちゃったかな?」


「とんでもない!」「邪魔です」

 という、リアとルミナのセリフは同時だった。


 ※※※※


 リアの私室のバルコニー。

 その中央にはテーブルが置かれ、その上には3人分の朝食が置かれている。

 リアと、梓月と、ルミナの分であった。


 バターの香りが豊かなクロワッサンと、香り高いスライスきのこを乗せたエッグベネディクト、地元産の濃厚なヨーグルト、搾りたてのオレンジジュース。


 リアからしてみれば、ほぼ一週間ぶりのまともな食事だ。

 途中、誘拐犯から与えられた食事もあったが、覚えていなかった。


「ん~!おいしい!シェフを呼べ!」

「殿下。おやめください、料理人が困ってしまいます」

「いいじゃないの。冗談を言う元気が戻ったってことで」


 食事後、本当にシェフが来て焦ったリアは、つい「勲章を取らす!」と言ってしまい後日、家紋と系譜を管理・統括する部署『紋章院』が慌てて新しい勲章を作成したという。




勲章:金松葉付き文化勲章 三日でその意匠と製造と記録と式典までこなした紋章院。

リアは後日、担当者をお茶会へ招待して労を労った。

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