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第五章 転生者達 血と炎と復讐と

映画を見ているつもりでお読みください。

 腕の中で動かない、愛おしい人。

 髪をそっと梳き、口元の血を拭った。

 まるで、寝ているのを邪魔しないように――。


 リアはこの女性を好きだ。愛してもいる。

 それは姉妹で、親子のような愛情だった。

 しかし、転生者の魂を宿してから――彼女への想いは、少しずつかたちを変えた。

 それは敬愛でも、憧憬でもない。

 ただ、愛しているのだ――一人の女性として。

 この(よわい)十一歳の少女は、自身よりも十も離れた女性を。


 奇跡を祈った。

 名前を知る全ての神に祈った。

 愛する人を失うかもしれないという、考えただけでも恐ろしい。

 なのに、いま腕の中でまさに彼女が息絶えようとしている。

 いや――すでに……。

 だからこそ――祈るしかなかった。


 失われていく体温に、絶望が反比例するように膨らんでいく。

 胸が締め付けられ、心臓が軋み、息ができない。

 それでもリアは、ひたすら『帰ってきて』と願い続けた。

 その時だった。

 全身を雷のような衝撃が貫いていった。



 雷のような衝撃の中に、懐かしい気配があった。

 いつも傍にいて、支え合ってきた【あいつ】――。

 折れそうな心を支えてくれる、かつての【相棒】のような温もり。

 そうだ、今もあの時と同じだ。


 きっと――【あいつ】が力を貸してくれた。

 なぜだかそう確信できた。



 その力がリアの祈りに乗って、理を超えて行く。

 リアは自然と、その唇を、ルミナの唇へと重ねた。


 ルミナが再び目を開けることを祈りながら、その温もりを取り戻すことを祈りながら。


 そして、唇を離したとき、リアの耳に届いたのは、文字通り生命の息吹だった。


 そしてそれは、ルミナの口から発せられたものだ。


「ルー!」


 ルミナへ抱き着いたリアは、誰はばかることなく泣いた。

 まさに号泣とはこのことだった。


 どれほどの時間がたったのだろうか、泣きはらした眼をしたリアが、もう一度ルミナの顔を確かめようとその顔をのぞき込む。


「本当に、ルーなのね!?私、夢を見てないわよね?」

 ルミナの顔をべたべたグニグニといじり倒して確かめる。


「殿下。ルミナ・アストリア、ファーストキスの責任を取ってもらうために、戻ってまいりました」


 一瞬、リアは意味を理解できず――次の瞬間、堰を切ったように笑い出した。

「ぷっふふっ なにそれ!いいわ!いくらでも取ってあげる!王配にだってしてあげちゃう!」


 リアの目からは、また涙が溢れていた。

 それは、喜びと希望の涙だった。


 近衛達もルミナの生還を喜び、リアの偉業をたたえた。



 ※※※※



 ディッダが敵を縛り上げていた。

「動けば命はない」

 声は低く冷ややかだが、その瞳は――奇跡を見つめていた。

 あの光景を、誰が信じるだろうか。


 もとより、秘密厳守の誓いを立てている身だ。

 誰に話すこともないのが幸いだ。



 奇跡に目を奪われた――その一瞬の出来事だった。

 縛り上げたはずの一人がディッダの縛を解き、駆け出した。

 そして、隠し持っていたナイフをリアへ向けて、必殺の気合と共に擲った。


 ルーは感じ取った。

 蘇生直後で本調子ではない彼女は、それでも『死の気配』を察したのだ。

 だからこそ、身を乗り出して、自らが盾となり、リアを守ったのだ。

 幸いにも、肩にあたって致命傷にはならなかった。


 しかし、目の前で倒れたルミナを見たリアは――。

 愛する人の【死】を二度も目撃した。

 その瞬間、何かがリアの中で――爆発した。


 怒りが噴火し、悲しみが荒れ狂い、魂そのものが燃え上がった。


 リアの瞳は七色に煌めき、理を焦がす炎を宿していた。


 リアの悲鳴――怒号に目を覚ました赤毛の少女。

 ルミナを回復させるべく、近衛の一人が駆け寄る。

 そして、自らも盾となるべく飛び出していく近衛達。


 ――しかし。


 『怒髪天を衝く』

 まさにこの言葉通り、リアの怒りは頂点に達し髪は逆立っていた。



 【跪け】



 声が、大気を震わせた。

 少女のものとは思えぬ、低く重い響き。

 それはまるで――地の底から這い上がる神の声だった。


 その言葉を聞いた者は皆、膝を折った。

 理由も、意思も、ない。ただ――抗えなかった。

 ルミナも、近衛も、敵もすべてが彼女の言葉に従わされたのだ。


 ただひとり、赤毛の少女は除く。

 赤毛の少女は、皆がそうしているからという理由で、つまり空気を読んで同じように跪いた。



【腹を切れ】


 世界が、一瞬静止した。

 それは、抗うことを許さぬ『絶対の命令』だった。

 何人も抗うことのできない『至上の命令』だった。


 リアの燃え上がる瞳は、ルミナを傷つけたものを捉えて離さない。


 命じられた男は、床へ放棄されたままになっていた剣を拾い上げ、抜き放つと、剣身を握りしめ、その切っ先を自らの腹へ向けた。

「い――いやだ!やめてくれ!」


【腹を切れ】


 再び発せられたその言葉は、先ほどよりも冷たく、重かった。


 抗うことのできない男は、そのまま剣を自身の腹へ突き立てた。

 剣身を握る手、そして突き立てた腹から血が噴き出る。


「ぎゃぁああ!この――この外道め!魔眼の中の魔眼を持つ外道!」


 刃はギリギリと腹を横一文字に切り裂き、さらに臍下からみぞおちへ向けて切り上げた。

 内臓が零れ落ち、あたりへ広がる。


 それでも、男の息はあった。


「く……そ……外……道めぇ!」

 息も絶え絶えに、呪詛の言葉を連ねながらも、男の意に反してその手は停まらない。

 最後には、その剣で首筋を掻き切った。


 血は思ったほどには噴出さず、しかし大量に流れ出て、男の意識と命を奪った。

 それは、凄惨な現場だった。


 皆が青ざめ、恐れ慄いた。

 己が仕える主の、十一歳の少女の所業なのだ。

 どうやったのかはわからない。

 けれど、確かに王太女のなしたことなのだ。


 王たるもの、時には強権を振るわねばならぬ。

 討つべき相手を、討つことはその最たるものだ。


 ――しかし。


 十一歳の子供が持っていい力なのかといえば……。


 ただ、静寂だけが残った。


 血と臓腑の匂いが立ちこめる中、誰もが動けずにいた。

 その沈黙を破ったのは――かすれたひとつの声だった。


「……殿下……」


 ルミナだった。

 彼女は血に濡れた肩を押さえながらも、リアへと手を伸ばした。


「……もう、大丈夫です。……ですから……」


 その声にリアの瞳が一瞬、揺らめいた。

 七色の炎が、まるで風に吹かれたようにふっと弱まり――やがて消えた。


 炎が消えると同時に、リアの身体から力が抜けていく。

「ルー……ルゥ……よかった……」

 震える声でそう呟き、リアは膝をついた。


 しかし――次の瞬間。

 彼女の視線が、ルミナの肩口に突き刺さるナイフを捉えた。


「そんな……まだ……血が……!」


 ルミナの血がリアの指に触れた。

 その温もりとともに、怒りが再び胸の奥から噴き出した。


「どうして……どうして、またあなたが傷つくの……!」


 七色の炎は再び爆ぜた。

 怒りが、悲しみが、炎となって噴き上がる。

 今度は祈りや理性では止められない。

 それは理性と感情の、現実と理想の狭間で、少女(リア)の魂そのものが裂けていくような炎だった。


 近衛が思わず声をあげた。

「おやめください殿下! ――それ以上は!」


 だが、リアにはもう誰の声も届かなかった。



 七色の炎はその身に纏うかのように、王太女を包み込んだ。

 先ほどまでは熱を帯びなかったその炎は、今や熱風を呼び荒れ狂っていた。

 纏っていた毛布は焼け落ちた。


「どうして!私の大切な人を!奪うの!」

 王太女の怒りは大気を震わせた。


 熱風吹き荒れる中、誰も寄せ付けない王太女の下へ、ひとりの少女が歩み寄る。

 『耐火』の魔法を纏った赤毛の少女だった。

 魔法の障壁をも貫くほどの熱風に顔をしかめ、その身を焦がしながらも、跪き、頭を垂れる。


(わたくし)の名は、ミルユル・メルニア・ミナリカ。草原の民の大氏族、ミルユル族の長の娘にして、炎と縁を結ぶ巫女。『焔翼の戦姫』の二つ名を頂きし者」

 荒れ狂う熱風の音に、赤毛の少女の声は王太女以外には届かなかった。


 赤毛の少女に炎がその手を伸ばし、ついにはその服に炎が宿る。


「メル!」

 ディッダが焦りの声を上げる。



「殿下。――お手を」


 その形式ばった行為に、王太女の体に染みついた作法が、半ば意識を失っている彼女の身体を動かした。

 差し出された左手を、恭しく頂き、掌のうちに忍ばせた【月影の指輪】をその指へ――。


 ――しかし不思議なことに、サイズが合わず、その隣の指――薬指へとはめる。


 その瞬間。

 王太女を包んでいた七色の炎は、音もなく消えた。

 そして、王太女の身体を月光のごとき光が包み込んだかと思うと、彼女の中へと染み込んでいく。 

 月影の光が脈打つように明滅し、リアの瞳から炎が消える。

 まるでその光が、彼女を癒すかのように。


 その身体がふわりと揺れ、赤毛の少女の腕の中に崩れ落ちた。


 近衛達とディッダが駆け寄る。


 

 そこには、二人の少女が手をつなぎ、静かに寝息を立てていた。


 炎も血も、いまはただ――ともに眠りについているかのようだった。




お疲れ様でした。

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