表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/71

第五章 転生者達 縁

あの方登場

 ある近衛はその一部始終を目撃した。


 赤毛の少女が王太女殿下(リア)へ毛布をかけようとした瞬間――。

 それはまるでとてつもない衝撃を受けたかのように、弓形にのけぞるふたり。

 赤毛の少女はその場で倒れ、王太女はその姿勢のまま、天を仰いでいた。


 炎の華が王太女へと還り、再びその瞳に炎が灯る。


 その炎は、やはり七色に光り輝いていた。


 世界は再び静寂に包まれ、七色の炎だけが揺らめいた。



 先ほどの衝撃から回復した王太女は、自身に起こった不思議な現象よりも、ルミナが戻ってくることを祈り続けた。



「……」

 頬を伝う涙は、希望か絶望か。


 こぼれた涙はルミナの頬を濡らし、それはまるで彼女の涙でもあるかのようだった。

 王太女は愛おし気にルミナの髪を梳かす。


 動かない。

 そんなルミナを見て王太女は何事かを呟いた。

 それは誰の耳にも届かない。


 やがて、王太女はルミナに顔を寄せると……それが最後であるかのように――大切に、大切に、唇を重ねた。


 そして近衛は見たのだ。

 再び奇跡が起こるのを。


 ルミナの顔にみるみる正気が戻っていく。

 王太女は気づかないまま――最後の別れを惜しみながら、唇を離す。


 呼吸音。

 それは新鮮な空気を一気に、大量に吸い込もうとする音だった。


 ※※※※


 ルミナはただ、夢の中にいるような状態であった。

 ただ虚しさだけが、彼女の胸にあった。


 暑くもなく、寒くもない。

 気がつけばルミナは白い服を着て、白い空間に立っていた。

 太陽はないのに明るく、しかし影もない。


 何も聞こえない。

 足音も、鼓動の音も。

 自身の声さえも。


 どこまでが上なのか、どこからが下なのかさえ分からないほどの白い空間だった。


 『立っていた』とはいえ、地に足がついている感覚はない。


 ただ、『立っている』と認識しただけだ。


 歩き出す。

 ただそれが正しい気がして。


 前方には幾本もの長大な列が見えてくる。

 それは最初、蜃気楼のように揺らめきながら、白の中にゆっくりと形を取っていった。

 列に近づくにつれて、他にも同じような人々が視界に入る。

 いつの間にか列に並んでいた。

 誰も声を発しない。だが、列の流れには明確な“秩序”があった。

 そのまま順番を待つ。


 前方には、唯一そこだけが色を有している、受付のような場所があった。


 ルミナの順番が来た時、そこにいたのは、濃紺の窮屈そうな服を着た、麗しい女性だった。

 白の世界に、唯一“影”を持つ存在。それが彼女だった。


 (見た事のない服装だ)


 カリカリと書類に書き込む音が響く。

 彼女の発する音――それが唯一の音だった。


 その女性は書類を書く手を止める。

 そして書類を手に、席を立つと「もしかして」といって近づいた。


 彼女から漂う香りは、どこかで触れた気がして、記憶を遡る。


 (たしか……殿下の寝所で……一度だけ)


「ああ、やっぱりあの子の身内なのね」

 そう、この女性はリア(同僚)を転生させたぴっちりスーツの天女だった。

 もちろんルミナはそんな事を知る由もない。


 ルミナの周りを回ってそんな事を言った彼女は、書類に目を戻しぶつぶつと何事かを呟いた。


「……この子、地球型未来惑星行き……あと、67秒……呼び戻しが72秒後?……ねぇ、貴女……今までの人生どうだった?」


(今までの……人生?)


 ルミナの脳裏には走馬灯のように、これまでの人生が映されていた。


 それはリアを中心に据えた人生だった。


 同世代の娘が恋をして、結婚して、母になっていた。

 ある娘は冒険者として世界を巡って、会う度に珍しい話をしていた。


 では、ルミナ自身はどうだったろうか。

 まだ子供の時分から王城へあがり、実の弟や妹の世話ではなくて、血の繋がらない子供の世話をする。

 剣の訓練を受け、側仕えとして恥ずかしくない教養を身につけた。

 何人かの男性に告白されたことも、縁談話が来たこともある。

 けれど全て断った。


 それは『オルラ・アウレリア・ルクスヴィカ・コローインフィーリンネ』という少女と共に過ごす時間とは比較にはならなかったからだ。


 あの少女は、可愛らしく、愛らしく、愉快で、そして愛おしい。

 血は繋がらずとも、姉妹のようであり、親子のようでもあった。

 事実、父母であらせられる、国王陛下や王妃殿下よりも、自身の方が一緒にいる時間は長いのだ。


 それに最近は、以前にも増して輝いて見える。


 そして【未来の王】なのだ。

 その王を育て奉ったのは、誰でもない。

 ルミナ・アストリア・ソレイユなのだ。


 (楽しかった)


 (あの子は、歴史に残る偉大な王になる)


 (私の可愛いリア――)


 (ファーストキスの相手)


 (もっと――ずっと一緒にいたい)


 (せめてキスの責任は取ってもらいたいものですね)



 (……もっとあの子のそばにいたい)


 いろんな思いが、浮かんでくる。

 そのひとつ、ひとつが華やいでいた。


「そう、分かりました」

 彼女は微笑みを湛え、ペンを指で弄ぶ。



 ――沈黙。


(ツミカ先輩なら、きっと――)

 天女は尊敬する先輩の顔を思い浮かべながら――。


 わざとらしくペンを床に落とす。


 その手癖は、書類上の『定め』を一瞬だけ逸らすためのもの。

 (ことわり)に背く、禁じられた介入。

 それでも彼女は微笑んだ。

「あらいけない……ごめんね。そのペン、取ってくれる?」


(――私は、あなたのようにはなれないけど。

  でも、あなたなら……きっとこうしましたよね)


「(69、70、71、72)……貴女を地上に戻す祈りが届いたわ。おめでとう」


 そう言って、ペンを受け取った天女は続けた。

「上級転生審議官にしてニ級天女――あなたの主と絆を結ぶ者――【理衆(リズ)】の名において、愛する人の下へ還ることを事を許します」


 ルミナにはそれが何を意味するのか、おぼろげながら分かった気がした。

 この――天女様は、無茶をしたのだ。


(なぜ……ですか?)

「さぁ……どうしてかしらね。私にもわからないわ」

 そういって肩をすくめてみせた天女は、書類に何やら書き込んでこういった。


「ファーストキスの責任は、取ってもらいなさい。じゃ、いってらっしゃい」


 それは軽い口調だった。

 まるで、お茶にでも誘うかのように。


 足元が喪失し、おちていくような感覚――。

 虚しさが遠のき、代わりに、胸の奥で微かな鼓動が芽生えた。

 白がほどけ、七色の炎が迸る。


 まず、色が戻ってきた。

 つぎに、包み込むような温もり。

 最後に、頬を伝う雫の感触。


 ――還るべき場所が、彼女を呼んでいた。


 ※※※※


 やがて、王太女はルミナに顔を寄せると、それが最後であるかのように、大切に、大切に――唇を重ねた。


 そしてその口付けは、ルミナを呼び戻す祈りを届けた。



 ――願いの結晶たる奇跡――


 ルミナの顔にみるみる正気が戻っていく。

 王太女は気づかないまま最後の別れを惜しむ。


 そっと唇を離す。


 リアの耳に唯一届いたもの、それは、周囲の音と比べればとても小さな、普通なら聞き逃してしまう音だった。



 愛おしい人の呼吸音。


 それは、生を確かめるかのようで――。


 そして、生きる意志を世界へ告げるかのようだった。



 

ぴっちりスーツの天女:理衆(リズ)様。


そのうち人気投票と化してみたいな・・・チラ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ