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第五章 転生者達 絆

 七色に煌めく火柱は、まるで蕾のように華ひらいていく。


 ゆるやかに――そして、静かに。


 それはまるで大輪の華のようだった。

 揺らめく炎は花弁のように、幾重にも重なりながら、

 光が零れ、きらめいていた。


 七色の炎の華。


 誰もが息をのんだ。

 声を発することすら、許されぬかのように。


 場の視線は、その華に囚われていた。


 この世で最も美しく、最も(かぐわ)しき華を前に――。

 五感を超え、魂までも虜にする。


 この世ならざる【理】を現すかのように。


 祈りが――世界へ響き渡る。


 ――停まっていた世界が、動き出した。


 花弁のような炎がふわりと散った。

 それは光の雫となって宙を舞い、倒れ伏す者たちを包み込んでいく。


 静寂の中で、ひとりが息を吹き返す。

 さらにひとり。――またひとり。

 命が――輝きを取り戻していく。


 けれど――。

 ルミナだけは、動かない。


 敵味方なく巻き起こった奇跡の業。

 しかし、奇跡の連鎖を起こした、ルミナ本人は――。


 その顔に、リアへ向けた微笑みを湛えたまま、動かない。


 この奇跡をあえて呼ぶなら、そうこれは【死者復活】。


 この世界ではありえないことではない。

 神の御業か、はたまた――。


「この――外道め!」

 この奇跡を死霊術士の技と看做した敵の一人が、怒号と共にリアへ切りかかる。


 赤毛の少女(お兄さん)は考えるよりも早く、飛び出していた。


 刃が閃き、首が飛んだ。

 炎の花に添える、赤い花が咲いた。


 七色の炎の周りで再び戦いが繰り広げられた。


 それは拾った命を無駄にする行為だった。

 しかし、近衛騎士はもとより、敵工作員たちもその命以上のモノを背負っていた。

 それは、国家への忠誠であり、家族の無事を祈る愛だった。


 近衛はリアを中心に密集し背中を預け合った。

 ディッダがその密集隊形の隙間から弓を射かけている。


 敵はこれに対して攻めあぐねる。


 少女はひとり密集隊形の外で駆け回り、敵の首を狩っていた。


「バケモノ!」

「いやだ!死にたくない!」

「妹が待ってるんだ!いやだ!ころさ」


 少女の瞳に、十字の揺らめく星が宿っている。

 月影の指輪を付けたわけではない。

 しかし、リアの炎の華が咲いたころから、少女――お兄さんに異変があったのだ。


 △△△△


 《お兄さん!どうしたの!お兄さん!》

 少女の中でメルニアは我を失ったかのように動揺していた。

 《ね!お兄さん!お兄さん!》

 炎の華をみてから、お兄さんの心が冷たく、痛いほどに冷静で、それでいてそこにお兄さんの存在を感じることができなかった。


 魂の一部を融合しているからこそわかる、それは【無】だった。


 共有している記憶から、それがお兄さんたちの修めた古武道・心影六刀流の教える心の極致だとわかるのは、だいぶん後になってからだった。


 少女の中のメルニアはあの日、お兄さんと融合を始めた日から、お兄さんの存在を感じなかった日はない。

 だというのに、これは心に穴が開いたという言葉を、比喩ではなく、より現実的なものとして体感したのだ。


 メルニアが裏切られ、仲間が次々に倒れていったあの時とは違う種類の喪失感だった。


 少女の激しい感情が、いつもなら体の主導権を握るはずだった。

 それなのに、其れすらできない。


 メルニアは初めて孤独を感じた。

 お兄さんとの別れを、こんなに早く迎えるなんて!

 二心同体の少女の中で、メルニアは号泣し、胸をかきむしり、のたうち回って、彼の名を――叫び続けていた。


 △△△△


「そいつは殺すな!」

 赤毛の少女が書記官を手にかけようとした瞬間、近衛のだれかが叫んだ。

 少女はその指示に従い、他にも兵士風でない男たちを峰打ちで気絶させ、

 ディッダが捕らえた者達を武装解除し縛り上げていく。

 こうして倉庫内の戦闘は終結した。



 外の戦闘も終息していたが、冒険者達の出入りは禁止されたままだった。


 リアはルミナを抱きかかえ祈り続けていた。


 近衛は声を掛けられずにいた。

 彼女達のだれ一人として無傷なものはいなかった。

 そして半数以上の近衛が、実際に敵の刃に倒れたのだ。

 しかし、今こうして立っていられるのはルミナが引き起こした奇跡だと、皆が理解している。

 彼女達の命をよみがえらせたのはリアだが、その切っ掛けとなったのが、ルミナなのだ。



 赤毛の少女は改めて、黒曜石色へ戻った瞳でリアを眺める。

 彼女は非常に美しい少女であったが、全裸のままなのだ。

 近衛がその服を渡そうにも、彼女たちの衣類も、自身の血や返り血で汚れていて、差し出すに差し出せない様子だった。


 あまりにも不憫に思った、赤毛の少女はマジックバッグから、愛用の白のワンピースを取り出した。

 どんなものを贈ったらいいか分からなかったため、一番のお気に入りを取り出したのだ。


 彼女の周りに、壁のように立つ近衛に手渡そうとするも、近衛達の手は血に汚れており……。

「赤毛の少女よ、見事な剣捌きだった――御覧の通り、われわれの手はこのありさまだ。殿(でん)――ん”ん――彼女に直接渡してあげてくれ。くれぐれも、無礼のないようにな」


 無礼のないようにと言われても、日本的な礼儀しか思いつかなかった。

 ディッダを探してみれば、生き残った敵――書記官、商人、その部下を縛り上げる作業の最中だった。

 ディッダの助けは期待できなかった。


 《メルにゃん?》


 《!?お兄さん!?》

 メルニアの声が再びお兄さんへと届く。

 《うあああ!お兄さんお兄さん!よかったよぉ!もう会えないかと思った!》


 お兄さんは戦いの中で、無心となっていた事に、今更ながら気がついた。


 それがこのように、メルニアを不安になせるとは、思っても見なかったし、自身がそこへ至れるとも思っていなかったのだ。


 《メルにゃん、ごめんね。ありがとうね。大丈夫、俺はここにいるよ》

 《お兄さん!お兄さん!》


 二人の会話に夢中になってしまうと外から見た時、呆けているように見えることから、お兄さんはメルニアを宥めつつ気を引き締めた。


「どうした?」

 近衛騎士が訝しんでいた。

「あ、作法とか詳しくなくて」

 赤毛の少女はそう取り繕った。

 それに対して近衛騎士は、無言のまま先へと促した。



「あの……そのままだと風邪をひいてしまうから……これを、どうぞ」


 控えめに声をかけたが、リアはルミナを抱き、祈りに集中して赤毛の少女に気がつかない。


 赤毛の少女は気まずかった。

 声をかけるのも憚られるこの状況で、しかも『無礼のないように』などと注意されるような相手だ。

 しばし、立ち尽くした赤毛の少女は、マジックバッグから改めて布を取り出した。

 それは暖かそうな、お兄さんが生前好きだったキャラクターの毛布だった。


 それを肩にかけようとした時だった。


 リアの肌と赤毛の少女の指が微かに触れたのだ。


 その瞬間、雷のような衝撃がふたりを貫いた。


 そして、リアの頭上に咲く炎の華は、閉じそして、リアの中へ戻っていく。


 それはまるで逆再生を見ているかのように。



 再び――リアの瞳に七色の炎が灯る。


 

 

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