第二章 転生 彼
第5回です!
予定通りなんていかないモノですね。
だからこそ書くのは面白い。
その少女は死んだのだ。
――無念のうちに。
大陸西部に広がる大草原地帯。
冬になれば凍てつく大地に、家畜を飼い季節ごとに移動して生活する彼らは、平和を愛していたが、その分、排外的で侵略者に対しては容赦しなかった。
無数にある部族は、有事にあたって団結し草原の外の者と戦いの歴史を重ねて来た。
彼らの駆る騎獣は、驚異的な機動力とスタミナに優れ、外の者を圧倒した。
さらに彼らの得意とする魔法は、風と植物の魔法で、地の利を得て、猛威を振るった。
大極的に見れば勝利を収め続ける、草原の民であったが、そのための必要な敗北というものも理解していた。
彼女はその犠牲になったのだ。
そう、敵を釣る、生きた餌として。
草原の南部に、その基盤を持つ、大氏族の娘である彼女は、後の交渉ごとを有利に進めるための、餌に使われた。
彼女が望んだことではないが、部族の決定と、氏族に対して多額の補填が約束され、氏族長である父は渋々、首を縦に振ったのだ。
特別な事ではない。
これは、この世界においてよくある事だった。
だが、1つだけ誤算があった。
それは彼女が生き延びた事だった。
死ねば、戦士としての名誉を、女としての尊厳を失うことはない。
しかし、娘個人の能力の高さから、そして彼女の率いる部隊の強さから、戦って生き残ったのだ。
彼女の戦友は彼女を守るため、最後の一兵まで戦った。
刀折れ矢が尽きれば、その爪で、その牙で、敵の喉笛へ喰らいついた。
そして、最後に彼女だけが残った。
散っていった者たちの想いに報いるため、帰らねばならぬ。
彼らの名誉を。武勇を。忠義を。そしてその死に様を。
残された者へ、その全てを伝えるために。
なんとしても、生きて帰らねばならぬ。
その思いで、敵の捜査網を潜り抜け、あと少しで、草原の民の支配地域というところで――草原の民と通じていたはずの住民に、裏切られた。
そして、捕らえられ、売られたのだ。
都市部に送られて買い手がつき、地方の貴族領へ送られる。
その際に、盗賊の襲撃に遭い、武器すら持つこともできないまま、盗賊達の欲望とその暴力によって、散ったのだ。
戦士としての誇りも、尊厳も、託された思いも、全てを踏み躙られた。
もとより危険な任務だった。
分かってはいた。
しかし!
このままでは、私のために散った者へ顔向けも出来ぬ!
この躰に刻まれた、怒りを治めることなどできぬ!
私を騙したあの住人は、今も――草原の民に媚を売りながら生きている。
私を奴隷に落としたあの商人は、今も――何食わぬ顔で「商品」を捌いている。
私を汚したあの盗賊どもは、今も――すぐそこで誰かを嬲り、殺している。
――許せるはずがない。
殺す。
殺して!殺し!殺しつくす!
しかし、その身を焦がさんばかりの感情は、もはや叶うことはない。
彼女は死んだのだ。
無念のうちに。
全てを抱えたまま、何ひとつ成せぬまま。
けれど、その強すぎる思いは――。
この世に、留まった。
残滓となって、澱のように、【災い】へと変貌するかの如く。
その焔のような激しく燃える思いは――ひとつの奇跡を起こした。
死した肉体に、新たな命を吹き込んだのだ。
本来なら別の肉体に転生するはずだった、異世界の魂を引き寄せたのだ。
それは彼女の残した強烈な思いに引き寄せられ、この躰へと――融けた。
――何も見えない。
何も聞こえない。
けれど、何かに、強く、引かれている。
白い世界にいたはずだ。
列に並んで、転生を待ってついに順番がきて……。
「頑張ってね☆」なんて笑う、ギャルな天女に手を振られて――。
そういえば、その後、何か言っていた気がする……「ヤバい」とかなんとか……さっきまで、軽い調子だったギャル天女の顔色が、さっと変わったのが見えた。
……いや、どういうことだよ。今さら不安にさせるなよ。
遠ざかるギャル天女の引き攣った顔を思い浮かべながら――白い空間は……気がつけば、すでにどこかへ、消えていた。
意識は朧で、けれど確かに感じる。何かが、強く俺を――引いている。
それは、凄まじい熱だった。
怒り。憎しみ。悔しさ。
その全てが、異常なまでの熱を放っている。
近づくにつれて、それが【誰かの想い】だと、理解が染み込んでくる。
とてつもなく、激しく、痛々しいほどの……魂の叫び?
……俺は、どこへ行くんだ?
俺と、それが、互いに溶けて混ざり合うような……いや――俺の一部になるような――。
ここで俺の意識は、途切れた。
暗闇。
……意識が……浮上していく。
それと同時に、自分のものではない感覚が、俺の中に――蘇って来た。
いや、元々そこにあったモノへ、俺の意識――が重なっていくような……。
燃えるような怒りが、身を裂くような痛みが、血涙を流す程の悔しさが、我が事のように重なっていく。
けれど、ソレはもう、他人のものじゃない。
コレは確かに、俺の中で――【俺の意思】として、焼き付いていた。
焦げつくような怒りとともに、意識が浮上した。
全身を貫くような痛み――中でも、初めて味わう下腹部の激痛は、あまりに異質。
困惑を通り越し、恐怖へと変わっていた。
深い眠りの底から這い上がるたびに、まるで泥の中で身を捩るようなもどかしさが全身を覆う。
それがさらに怒りに火を注ぐ。
徐々に視界もクリアになり、辺りを見渡す。
そこには、折り重なるように積み重ねられた――俺と同じ、被害者達。
遺体の他にも多くの――人や獣の骨が、そこかしこに散乱していた。
長い間、奴らのゴミ捨て場として使われているのだろう。
死臭が満ち、蛆と蟲が這いまわる地獄のような場所だった。
ここでは、俺以外に動くものはいない。
漂う死の気配と、足元にまとわりつく泥濘――まさに死の沼地だ。
森の中だろうか。
木々の切れ目から覗く空は、かすかに茜色を帯びていた。
隣に転がっていたのは、確か……寒村から売られた娘だ。
口減しで売られた、と言っていた。
「売られれば、少なくとも飢えることはない」――そう言って、笑っていた。
……笑っていたんだ。
けれど、あの気立の良い娘は、もう二度と――笑うことはない。
その虚ろな瞳が、俺私に――【仇を】と訴えている。
周囲には、何人も……何人も……。
俺私は、その全てに手を合わせた。
そして彼らから――錆びた短剣、身に纏えそうな布、使えそうな紐を、できるだけ手にとった。
さらに、散乱する動物の骨と角を拾い集め、即席で弓を拵える。
犠牲者の指骨を削って矢じりを作り、矢羽根は程よい葉を、その代わりとした。
時間も材料も限られた中――かつて戦士として身につけた技術が、ここで活きた。
――俺は、そんなこと、知らない。
だけど、私は、それを知っている。
これは、私の――そして、想いを託された俺の――戦いだった。
第5回でした。
いかがでしたでしょうか?
あなたの心を 動かすことはできましたか?
もしよろしければ、それを教えてください。
次話のやる気につながります!
よろしくお願いします!