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第五章 転生者達 とも、遠方より来たりなば 弐

設定資料が消失してしまったため、ショックで筆が停まっていました。

遅くなりましたが、よろしくお願いします。

 サクリカを発した車列は泥をはね上げながら、雨の(けぶ)る小麦畑の街道を、東へと。


 先頭にはずぶ濡れになりながら馬を駆る、アメリア。

 続く馬車には少女他、鍋ぶた旅団と、重戦士が乗っていた。


「お嬢さん、その装備は英雄ケイジの物と同じ流れを汲む品だね?」


 重戦士が少女に訊ねた。

 彼のチームメンバーは別の馬車に乗っていて、他は知らないメンツだからか、気まずかったのもあったろう。

 コミュニケーションを取ろうと、一番目立つ少女に声をかけたのだ。


「そうみたいですね。かっこいいでしょう?」

 少女はニコリと笑って答えた。


「君はその……東方の出身かい?」

 深い意味はなく、話題をつなぐための一言だった。


「いえ、西の生まれです。これは巡りあわせで私のもとへ来たんです」

 鎧の胸当てをガシッと叩いて見せながら少女はそう答えた。

 転生したとも、周辺諸国と仲の悪い草原の民だとも言えず、ただ『西の生まれ』と。


「そうか。私はいつか東方へ行ってみたいと思っているんだ。なんでも、酒の流れる滝があるっていうじゃないか。行ってみたくなるだろう?」

「まじかよ!?だんな!その話詳しく聞かせてくれよ!」

 この話にレイヴンが身を乗り出して食いついた。

 さらにはエドモンドやリィンまで興味を示し、馬車内の空気は一気に明るくなっていた。


 この重戦士、所属は『鉄腕(アイアンフィスト)』。名をゴローザといった。

 彼が言うには、酒の流れる滝の他にも、あの世へ通じる道があったり、神々が集う会議場があるらしいとのこと。


養老(ようろう)の滝? 黄泉比良坂(よもつひらさか)?……出雲(いずも)かな?)


 お兄さんにはどれも聞き覚えのある神話だったが、ここは異世界だ。

 もしかしたら本当にあるのかもしれないなと、少女の中のお兄さんは苦笑を浮かべたのだった。



 そうして話も盛り上がって打ち解けたころ、馬車はいよいよ現場へ到着した。



 そこは巨木がそびえ立っていた。

 街道の一里塚のような役割を果たすとともに、行き交う者に、ひとときの休息を与える場所でもあった。

 その根元は休息のために整えられ、騎士たちはここを拠点としていた。


 時刻は既に日没を過ぎ、分厚い雷雲も重なって周囲は闇に包まれている。


 闇の中では、わずかな光さえ敵に察知されかなかった。

 そのため灯されたのは、最小限に抑えた魔法の灯りのみ。

 しかも、小麦の穂より低く置かれたため、騎士たちの顔はほとんど見えなかった。

 横になって休息する者もいれば、雨に打たれながら話し込む者もいる。

 その静寂の中、馬車につるされたランタンの灯りに向かって、ひとりの人物が駆けてきた。

 その足音からも泥濘具合が想像できた。


 下馬したアメリアはその人物に、姿勢を正して報告する。


「ルミナ近衛騎士。アメリア、ただ今帰還いたしました!増援の兵士十二名、冒険者二十名、本隊に合流しました!次の指示まで待機します!」


 冒険者たちも順次馬車から降りていく。


「アメリアよく戻ってくれました。貴女のおかげで成功率が大きく上がります」

 ルミナと呼ばれた女騎士はアメリアを抱きしめ感謝を示した。


「あなた方も、よく駆けつけてくれました。おかげで明日への希望が見えてきました。心より感謝いたします」


 雨に打たれながら、そういってルミナは、深々と頭を下げた。


 冒険者達の中に驚きが広がる。

 ()()()()()()()()のだ。


 『上の者は頭を下げない』――それが常識だ。


 感謝を伝える時に頭を下げるなど、お兄さんにとっては当たり前ではあったが、この世界では違う。

 日本とは違って身分制度がハッキリとあるのだ。

 少女の中のメルニアも驚いていることから、これが普通ではないことがわかる。

 あのショージーでさえも驚いている。

「とんでもなく重要な依頼だということだな」

 誰かがポツリとこぼした。


 空気が張り詰めていく。


「この戦いは、王国の明日を左右します。我々はこの命を(なげう)ってでも目的を遂げる覚悟です。……どうか皆さんのご助力をお願いします」


 騎士ルミナのその言葉に、その姿に、彼らの闘志が燃え上がる。


 報酬に釣られて集まったとはいえ、彼らもアイジア王国の民なのだ。

 真の目的を告げられていなくとも、王太女の騎士団がここまでするとなれば、これは王太女のためであることに違いない。

 彼らはそう理解した。


 胸の奥に眠る愛国心に小さな火が灯る。



 そして、さらに十騎の騎士が合流する。


 作戦と編成が練られる。


『数名の騎士と冒険者は正面から派手に突撃し陽動を担い、騎士は裏から突撃する』


 大筋はすでに決まっていたが、誰を充てるのかということを決めねばならなかった。

 各冒険者チームのリーダーが集められ話し合いがもたれる。


 彼女らは紙やペンの持ち合わせがなかったため、どこからか引き裂いてきた白い布に、木の枝を燃やした炭で周辺地図を作成していた。


「おい……あの布って――」

「そこ! 不敬ですよ!」

 布を見たショージーが、その“出所(でどころ)”を言いかけた瞬間、ひとりの女騎士の顔がみるみる朱に染まり、声が裏返った。


 場に、妙な沈黙が流れる。

 やがて、誰かがごくりと唾を飲み込み、再び地図へと視線を戻した。


「……ま、まあ、素材はどうあれ――要は内容だ」

「そ、そうだな!」


 雨の滴る木の下、白布の地図を中心に、作戦会議は続けられた。


 ※※※※


 少女がアメリアに確認し、この話し合いの間に軽食を配っていく。

「どうぞ、今のうちに」

「ありがとう。あら……まるで、英雄ケイジのような姿ね。心強いわ」

「あんなに大きくはないですけどね」

「それでも、一緒に戦えると思えば、心強いわ」


 短い雑談を交わしながら手分けして配っていく。

 リィンが配った相手は笑顔になったが、ディッダが配った相手は無表情だった。


 二人のギャップが可笑しくて、戦の前だというのに笑みがこぼれた。


 ※※※※ 


「アメリア、貴女はそのまま冒険者を率いて表で陽動を頼みます」

「……わかりました」

「殿下をその手でお助けしたい気持ちは分かります。ですが、あの冒険者達も、知らない騎士に指揮されるよりもあなたに指揮された方が、安心して実力を発揮できるでしょう」

「わかりました。どうか、ご武運を」

「貴女にも『軍神ハチマヌ様』のご加護がありますように」



 表で派手に戦闘をこなす部隊を『冒険者隊』とし、隊長をアメリアが。

 裏からの突入部隊を『騎士隊』としてルミナが隊長を務めることとなった。



 ※※※※ 



 それぞれの任務が告げられると、冒険者たちは一斉に動き出した。


 濡れて滑りやすくなった剣の柄に、飾り紐で手首に縛り付ける者。

 荷車の影で祈りを捧げる者。

 たわいない冗談を言い合う者たち。


 彼らの顔に浮かぶのは恐怖ではなく、決意の色だった。


「ったく……まさか王国のために戦う日が来るとはな」

「文句言うな、英雄の横に立てるんだ。運がいいと思えよ」

 英雄ケイジのような格好をした女冒険者を思い出しながら、冗談とも取れない冗談を口にした。


 ※※※※


 一方騎士隊では、

 ルミナを総指揮として後方へ留まり指揮をとることを望む者がいた。

 が、それにはルミナ本人が断固として拒否。

 突入部隊が最も危険なのだから、最も腕のたつ自分が行くべきだと譲らなかったのだ。

 代わりに全体指揮はメイが担うことになった。

 彼女の特殊能力(スキル)幻影(プリズラク)ならば全体への支持も出しやすく、そこを買われての指名だった。


 ※※※※ 


 会議の途中、冒険者側から『裏手にも冒険者を混ぜたほうがいい』と提案がでていた。

 理由は騎士だけでは不測の事態に、取れる手段が限られてくるからだ。

 故に、あらゆる局面に対応可能な中衛職から選ぶべきだと。


 しかし、騎士側は会議中には決めれずにいた。


 無理もない事だった。

 なぜなら冒険者側には決して明かせないが、敵拠点の中には王太女が裸で囚われている可能性があるのだから。

 男――ましてや流れ者である冒険者に、リアの肌を見せるわけにはいかないのだ。


 だがしかし、それで失敗しては元も子もない。

 苦悩の末、騎士隊は苦渋の選択をする。

 中衛でかつ女性、口の固そうな者を騎士隊へ編成しなおした。

 それは鍋ぶた旅団の野伏、ディッダだった。


 絶対秘密厳守と誓わされたうえでディッダには突入の目的と、救助すべき対象の特徴について説明がなされた。

 それを聞いて、さらにディッダからの進言があった。

 救出直後は要救助者は混乱していることが多い。

 そこでその人物に歳近く同性の少女が推薦された。


「私ですか……?」

「そうメルは強い。突入後も安心」



 ※※※※



 リィンが、落ち着かない様子で杖を撫でていた。

「ディッダ、大丈夫かな……」


 エドモンドが肩をすくめる。

「彼女の腕なら大丈夫でしょ」


「いや、あの子、騎士を殴ったりしないかって心配で……」


「あー……なるほど……」

 その反応が妙に的を射ていたのか、鍋ぶた旅団の面々が苦笑した。


「メルもつれていかれちゃったし……何かあったら、皆で国外逃亡しないとね」

「お前もたいがいだよなぁ……」

 エドモンドは呆れたように頭をかいた。


 その時、ガシャガシャと鎧の音が近づいてきた。

 影の中から現れたのはゴローザだった。


「よう。……あれ? あの“ケイジ”の女の子は?」

「ん? ああ、騎士隊へ合流したよ。どうしたんだ?」

「いや、ケイジの逸話に『拳を交えた相手は最後まで生き残った』ってのがあるだろ? 験担(げんかつ)ぎに殴ってもらおうかと思ってな」


「代わりに、私が殴ってあげようか?」とリィンが笑いながら言った。

「いや、いくらなんでもそれは」とゴローザが突っ込む。


「あら、私、あの子の姉よ? 少しくらいご利益あるわよ」

 鍋ぶた旅団の面子は突っ込まなかった。

 今、突っ込むのは野暮(やぼ)だとわかっているのだ。


「……じゃ、じゃあ、頼むわ」

 験担(げんかつ)ぎなんて、こんなもんかと苦笑いを浮かべるゴローザだった。



 雨に混じって、あちこちで笑い声がこぼれた。

 それは不思議と静かな夜に響き、周囲の緊張を少しだけ和らげた。


 そんな様子を少し離れたところで眺めているショージー。

 彼は最初の出会いが最悪だったため、仲良くしたくてもそれを言いだせずにいた。



 ※※※※



 少女はディッダについて行く、そこにはアメリアと一緒に一人の女騎士がおり、事情を説明してくれた。

 彼女は冒険者たちを出迎えたあの女騎士だった。

 改めて名前をルミナと名乗っていた。


 《なるほど混乱してるかも……か》

 《お兄さん、あの指輪……なんか繋がってる気がするね》

 《うーん……持っていても身につけることなさそうだし、あげちゃっても良いかもね》


 (『売る』じゃないんだね。人が良すぎる――けど、そんなところも好き)

 メルニアは、好きな人の良いところを再確認してご満悦だった。


「メルは剣、魔法……ほかは?」

「弓と槍なんかも使えるのと、魔法なら索敵なんかも少しできますよ」

「なんですって?」

「索敵魔法が使えるのか!?」

「はい……例えば……」


 少女はその場で、(まぶた)を閉じた。

 それはまるで祈りをささげるかのようで、犯しがたい神聖なものであった。


 少女の――お兄さんのギフト――【波の支配】。


 その力に意識を注ぐ。

 風のざわめき、雨の粒の跳ねる音、人の声、鼓動までも。

 あらゆる【波】が彼女の中に流れ込む。


 うるさいほどの世界。

 眩しいほどの世界。

 (……ゴローザがわたしを探してる。ショージー、なにやってんだあいつ)


 意識を敵の方角へと傾ける。

 世界が――静まり返る。


 彼女はまるでその場にいるかの如く――いや、それ以上に、全てを知覚していた。 


「建物の中と外を合わせて、反応は三十一。

 外には武装した者が十八、中には軽武装の物が十二」


 周囲の騎士たちがざわつく。


「建物は一階建て。動かない反応がひとつ、建物のほぼ中央にある。これがおそらく……対象。その周囲には、四つの反応がある」



 じつはお兄さんの持つギフト【波の支配】によって、もっとはっきりと、そしてもっと速やかに把握できていた。

 それらの様子は細かくお兄さんの脳内に投影されていた。


 まるで、お兄さんが生前好きだったSF映画やアニメ・ゲームのワンシーンのようだった。


 しかし、メルニアの忠告に従い、実力を隠したのだ。

 ところが、隠しはしたものの、それでもここまでの事ができる者などほとんどいない。


「メルは剣士ではなく野伏(レンジャー)をやるべき」とはディッダの言だった。


「連中の話し声が……『明日には、サクリカから船に乗っていよいよ玄曜(げんよう)王国に帰れるんだな』」

「話し声まで聞こえるのか!?」

 この距離で音声を拾えるというとんでもない性能の索敵を披露するお兄さんだったが皆、今はそこよりも気になるところがあったのだ。


「……玄曜王国?」

 あまり聞きなれない国名に皆が首をひねっていると、騎士の一人が自信なさげに口を開いた。


「たしか……正統アイジアを僭称していて、我が国を偽のアイジアだと主張している小さな国ですね」

「そんな国がなぜ、殿下を?」


 少女の実況は続く。

「『今のうちに殿下にごまをすっておきたいところだがな、なにせ未来の王母(おうぼ)様だしな』」


「まさか……」

「!?……リア殿下は十一歳ですよ?そんな事……」


 さらに続く。

「『いや、生きて居られても困るだろ。何人か出産されたら、こうだよ』」

 少女にはこの人物がした仕草も、手に取るように見えていたが、あえて実況はしなかった。


「!?……そんな」

 しかし、皆は想像がついていた。


「玄曜王の歳はわかりますか?」

「いえ、ただ高齢だったと」

「自分の血脈にアイジアの血を混ぜるために……?」


「なんて、(おぞ)ましい!」

 騎士たちの怒りが上昇していく。

 このままでは作戦に支障が出そうだとディッダが感じ始めていた。


 それは少女の中のメルニアも同じだった。

 《お兄さん、代わって》

 《え?うん》

 体の主導権を譲られたメルニアはすぐさま口を開いた。

「不幸中の幸いだね。それならきっと純潔は守られているはずだよ」


「……なるほど、そうね……奴らが、任務に忠実な者であれば……そうね」

「あの書記官が採用されたのはたしか、四年か五年くらい前よ。それだけの期間を潜伏していたのだから、忠実で間違いないはずよ」

「そうであることを、期待するしかない……か」


 奇妙な現象だった。

 憎むべき相手、唾棄(だき)すべき相手であるはずなのに、いまはそんな相手を信頼しようとしている。


 これはただの希望的観測に過ぎない。

 何の証拠もなく、何の証言もない。

 全ては赤毛の少女の妄想かもしれないというのに。

 ただ、赤毛の少女がそう言っただけなのに。


 それでも彼らは、この【小さな“英雄ケイジ”】を――信じずにはいられなかった。




 各隊の準備が整い、配置についていく。


 小麦畑の中を身をかがめ、あるいは這って進む。


 敵拠点から洩れる灯りだけが、彼らの居場所を教えてくれる。

 まるで、荒海の灯台のようだった。



 彼らは口々に仲間の無事を祈っていた。

「ご武運を!」

「ご武運を!」


 雨脚はさらに強くなり、地上を打ちつける。


 雷鳴が轟き、夜空を切り裂く閃光が(つわもの)らの影を浮かび上がらせた。


 暗闇と豪雨と雷鳴は、敵の目を欺きその進軍を容易にさせた。


 いまやこの豪雨でさえ彼らの味方であるかのごとく、彼らの闘志を燃え上がらせた。


 ──やがて各隊が配置につき、ただ一つの合図を待つ。


 その瞬間をもって、全てが始まるのだった。




ハリウッド辺りで実写映画化されないかな・・・割と真剣に。

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