第四章 今生 彼編 ときはいま
本作では『冒険者』に適宜、「もののふ」や「つわもの」といったルビを振っています。
これは単なる表記の揺れではなく、その場面で表現したい心境や印象に応じて選んだ言葉です。
「もののふ」は心の中で覚悟を静かに定める戦士のイメージを、
「つわもの」は実戦で力を振るう戦士の勢いや勇猛さを強調しています。
読者の皆さまには、この意図をご理解いただければ幸いです。
強制依頼――義務である。ただし、どうしても参加出来ない者を除く。
冒険者ギルドはその名の通り彼らのための互助組織だ。
本部はアイジア王国に置かれているが、国境を跨いで存在する組織だ。
では各国に対して中立かといえば、否である。
表向きは中立を謳っているものの、やはり本部のあるアイジア王国、そしてその地域の影響を受けざるを得ない。
それは『依頼』という形で表される。
平時であれば国やその領主から常設依頼が出され、年間を通せば莫大な額になる。
時には仮想敵国に対する諜報や、工作に繋がる依頼が出され、ギルドは素知らぬ顔で冒険者へ斡旋する。
その見返りとしてギルドへの税の優遇も存在する。
故に【完全な中立】は成し得ない。
そして、町や領地、国家存亡の折には強制依頼として徴兵的な依頼もある。
今がまさにそうだった。
女騎士は名をアメリアと名乗り、ルクスヴィカ近衛騎士団の騎士だという。
救護室のベッドに座り粥を掻き込みながら、彼女は真剣な面持ちでホスに告げる。
「これはアイジア王国、王太女近衛騎士団からの正式な依頼です。至急腕の立つ者を可能な限り集めて下さい。彼らを輸送する馬車も用意をお願いします。それと……軽食を持っていきます。最低でも50食、それも馬車に積んでください。全ての支払いは、騎士団がします。四〇分後には出発します。急いでください」
アメリアは道々考えていた内容を伝え、ホスがメモを取りながら、いくつかの質問をし、終えたのを確認した後、「時間が来たら起こして下さい。例え水をぶっかけてでも」と言って寝息を立て始めた。
ここから一気に事態が動き出す。
広場に戻りながらホスは別の職員へ指示を出す。
指示を受けた彼女たちは、スカートが邪魔になるため、たくし上げ走り出す。
それは馬車を手配するためであり、食事を用意するためであり、町の鐘楼へ、緊急招集の鐘を鳴らすためだった。
広間に戻ったホスは声を張り上げた。
「皆さん聴いて下さい!緊急招集が発せられました!対象は銀等級以上です!完全装備で三〇分以内にこの場に集まってください!」
「内容は!?」
どこからともなく質問が叫ばれた。
「戦闘任務です!相手は推定小隊規模!正規兵が含まれると予想されます!」
「報酬は?」
別のところから質問が上がった。
「危険度は推定不可です。通常は大銀貨六枚のところ、本依頼に関してのみ三倍――大銀貨十八枚が出ます!ただし、依頼成功時のみの支給です!前金はありません!」
場が騒めく。
多くの場合、彼らが一攫千金を夢見たとき、現実的な目標に上がるものが大銀貨だ。
大銀貨の使い道といえば不動産など大規模取引の際に使用される。
それを『危険度推定不可』とはいえ一八枚とは破格も破格だった。
言い換えればアイジア金貨一枚と大銀貨八枚。
超高級武具を購入できるほどの金額だ。
いかに危険なクエストか察せられた。
だからこそ、騒めきは歓喜の声だけではなく、恐怖や不安という色も含んでいた。
「ですので、参加資格はソロだと銀以上。チームであれば半数以上が銀であることが条件です!」
「まじかよ……おれ、鉄等級で良かったかも」
「バカだな、何のために冒険者やってんだよ。俺は行くぜ!」
「お前も鉄等級だろうが!」
あちこちで取り沙汰され、喜ぶ者、安堵する者、悔しがる者、様々だった。
なかには軍が動けば良いのでは?と口にするものもいたが、周りからは突っ込みを受けた。
軍を動かすには時間がなさすぎるし、冒険者の方が柔軟性が高い。
あらゆる局面で対応可能なのが冒険者と呼ばれる者達だ。
「何年冒険者やってんだよ!」
「うるせぇ!」
「緊急招集と聞いて来たぜ!」
ショージーがチームを率いてギルドのドアを勢いよく開けて登場。
彼らはすでに完全武装だった。
それは意外にも落ち着いた色合いの、実用的なデザインの逸品だ。
ノヨシの武具店で、無理にローンを組んで手に入れた『過ぎた物』だった。
ショージーが鍋ぶた旅団を見かけて挨拶に近寄った。
「よう……お前らも、参加するんだな?俺たちは今来たとこでよ、内容を聞いていいか?」
こうして後から来たものは、周りから情報を仕入れていく。
鍋ぶた旅団は時間までに装備を確認と、ギルドの飲食スペースで軽く食事をとり、その時に備えていた。
前衛職――彼らは敵の矢面に立ち、刃を防ぎ、敵を切り伏せる役割を担う。
重戦士一名と戦士六名。
中衛職――彼らは敵に矢を放ち、近づいては切り結ぶ。情報収集も担う。遊撃。
野伏四名と盗賊二名。
後衛職――味方を支援し、魔法による一撃で盤面を覆しうる戦術的な役割を担う。
回復術士四名、魔法使い二名、吟遊詩人一名。
参加が認められたのは少女を含め、計二十名の精鋭たち。
「もっと遅い時間であれば」と、ホスの口から洩れた。
そうすれば依頼から戻ったほかのチームの参加も望めただろう。
人数が増えれば報酬も増える、ギルドの取り分も増えただろう。
――そして、人数が増えれば成功率が上がる。なにより彼らの安全につながるのだ。
それはつまり、この依頼によって誰かが助かるということを意味する。
それを思うとホスは祈らずにはいられなかった。
――どうか、ハチマヌ様のご加護がありますように。
どうか、タケミカ様のご加護がありますように――と。
ギルドの広間が騒めく中、表からは馬の嘶きと共に荷馬車が停まる。
その数――四台。
「諸君!よく集まってくれた!」
それは、アメリアの声だった。
全身ずぶ濡れ――タオルでその水を拭きながらの登場だった。
《いよいよだね》
《うん、無事に帰って来よう》
依頼を持ち込んだ彼女の言葉を聴こうと、広間にいる全員が静かに彼女へ意識を向ける。
「これより諸君は重要な依頼についてもらう!」
ギルドへ転がり込むように現れた先ほどとは違い、幾分か疲れの取れた顔をしている。
「この依頼は、諸君の命を懸けてもらうことになる!」
冒険者から非難の声は上がらない。
もとより承知のうえだ。それが『冒険者』だからだ。
「この依頼で、命を落としたとしても、騎士団は諸君の忠義を必ずや国王陛下へお伝えし、悪いようにしないことを約束する」
これには皆が驚いた。
確かに騎士団を名乗っていたことは皆の知るところだったが、まさか国王陛下の名前が出てくるとは思わなかったのだ。
今更ながら、この依頼の重要性が彼らの肩に重くのしかかっていた。
だが、そうでない者達もいた。
「任せとけって!俺たち『六鍵』が、どんな相手だろうとぶっ飛ばしてやるよ!」
相手は騎士だ。
しかも近衛騎士団となれば、貴族の子弟が多いことは常識だ。
そんな相手にこの態度である。
周りが巻き込まれてはたまらないと、距離を取る中で、『六鍵』のリーダーであるショージーは胸を張って言い放つ。
「アンタもそのつもりで、ここへ来たんだろう?その判断が間違いじゃなかったと教えてやるぜ!なぁ!みんな!」
ショージーが仲間たちに、そして、ギルドを見まわしてそう叫んだ。
しかし、反応はいまひとつだった。
「えい!えい!おぅ!」
冷たくなり始めた空気に熱が注がれた。
それは、朱色の日本風の鎧姿――女性らしい曲線の南蛮胴。朱色と金色と白色が織り込まれた、非常に煌びやかな具足姿――の赤毛の少女だった。
「えい!えい!おぅ!」
鍋ぶた旅団がそれに続いて声を合わせた。
それに六鍵のメンバーも続く。
熱は伝播し、広間を包み込んでいく。
「「「えい‼ えい‼ おぅ‼」」」
「乗車!」
「「「おぅ!」」」
アメリアが叫び、士気も上がった冒険者共が一斉に馬車へ乗り込んでいく。
そして馬車は駆け出す。
「ご武運を!皆さま!ご武運を!――」
受付嬢たちが手を振って彼らを見送っている。
町門で待っていた兵士たちの馬車と合流し、町の外へと向かう。
門を抜けると、そこは一面の小麦畑。
初夏の小麦が青々と広がっている。
強風が緑の絨毯を薙いでいく。
彼等の中に、緊張が、滲むように広がっていく。
空は鉛色に染まり、重たく垂れ込めた雲が息をひそめている。
突如、雷鳴が空を裂いた。
それは死神の嘲笑か、はたまた戦神の喝采か。
雨が降りはじめた。
しだいに大粒となり、幌を叩く音が戦太鼓のように響く。
その響きに、誰もが覚悟を決め――冒険者の血を滾らせていた。
次回は少し時間ががかると思います。
シュレディンガーの読者の皆様、応援に星を付けてみたりとかどう?




