第四章 今生 彼編 めぐるもの
解説
時告げ鳥:鶏のこと。
大槌族の装備品:ドワーフは極めて高い技術を持ち、その手で作りだすものは魔法の品に匹敵する場合があります。
ノヨシはそんな道具を作り出す名工の一人です。
神社、もとい聖堂へ行った翌日。
朝ベッドで目が覚めた少女は、あの神官が言っていたことを思い出していた。
『聖堂は宗教施設ではありますが、「Nippon」からの転生者をサポートする秘密組織でもあります。我々は転生者の力を借り、その代償にこの世界での生活をサポートしてきました』
持ちつ持たれつ――いや、いきなり異世界へ『生きろ』と放り込まれれば、それすらままならないことも多いだろう。
そう考えると、聖堂の果たす役割はかなり大きい。
この組織を、先輩転生者たちが築き上げ、協力者たちが何世代にもわたって維持してきたのだという。
先輩たちの、優しさに頭が下がる想いだ。
そしてきっと、転生者は自分が最後ではないであろうことを思うと、聖堂に対して最大限の協力をしようと心に誓うのだった。
それと重要なことをひとつ。
『鑑定結果がすべてではない。あとあと才能が開花することはありうるのだから、努力は怠ってはいけない』と。
たしかに少女には身に覚えがあった。
もともと持っていなかった『闇』を野盗への復讐の最中に手に入れたのだ。
実戦で経験した以上、やらない言い訳なんてでてくるはずもなかった。
朝はゆっくりと時間を過ごし、午後からギルドの訓練場にてキーンを相手に剣の訓練を行った。
盾を使う相手を想定しての訓練だ。
キーンからすれば、格上の剣士を相手に訓練ができると喜んでいた。
数時間も訓練をしたころ、キーンがバテてしまいレイヴンと交代。
レイヴンは投げナイフや短弓を使って間合いを詰め、近距離では短剣を使い技で相手を追い詰めるタイプだ。
キーンとは違うタイプを相手にできると、少女は目を輝かせた。
レイヴンの体力が尽きるころ、空は茜色に染まっていた。
転生特典のステータスのおかげで、この程度でバテることがなかった少女である。
魔法用の訓練場に移動した少女は、リィンとディッダから魔法の腕を確認されその結果、現時点で霊銀級の実力があるのではないかと判断された。
実績がないため昇級はできないが、たとえ実績があってもギルド証に必要な素材は本人で用意することが条件のひとつであったから、昇格はまだ先の話であった。
ちなみに、霊銀、霊鋼となれば、引退した冒険者から譲り受けることもある。
それを使い昇級するというのは、ひとつの伝統でもあった。
四つの属性に『非常に優秀』という才能が開花していると評価を受けている少女だったが、それ以外の魔法の実力はどうなのか?
もしかしたら、他の魔法も一般の属性魔法使い並みに使えるかもしれないと、二人は興味本位から試し打ちをさせてみた。
結果は、二人の目を見開かせるものだった。
まずは水の魔法。才能は未開花と評価されている分野である。
一般人であれば制御が甘く、拡散してしまったり、威力が低かったりのはずだった。生活魔法の域を出ないものだ。
ところが、少女の放つそれは、未開花であるにも関わらず、中級魔法使いレベルの威力を発揮した。
さらに、『闇』が持つ『冷却』や『収束』といった能力を合わせて使うことにより、『水』は『氷』へと変わりその鋭利な氷の刃は、標的を容易く貫いた。
続いて土は、未開花ならば砂を操る、地面の凹凸を均す程度の物であるはずが、少女が使えば石の砲弾を打ち出し、岩の壁を出現させるものだった。
さらに、闇を合わせることにより、その砲弾はより固く、より重く、質量兵器として成長し、魔法による破壊ではなく、純粋な『衝突』による破壊をもたらすに至った。
結果、標的は周囲の地面と一緒に跡形もなく吹っ飛んだ。
「うわぁ」
レイヴンはドン引きである。
「さすがにあれは……無理だぞ」
キーンは自身が標的になった時の事を考えて、青ざめていた。
「敵じゃなくってよかったね」
エドモンドは、その幸運をかみしめていた。
「メルは強い」
いつものディッダ。
「『闇』と『光』はやばいって聞いてたけど、本当にやばいんだ」
リィンは師匠の言葉を思い出していた。
闇は【収束】や【減速】といった力があり、光は【拡散】や【加速】といった性質を持ち、他の属性と合わせることで、水を氷へと変えることができる。
これを【元素改変の理】と呼ぶ。
リィンはそれを思い出していた。
才能が未開花でコレである。
開花済みのもので同じことをしたら、この周囲はどうなってしまうのかと彼らは恐ろしくなった。
結局それらを試すことなく、逃げるようにこの場を去るのだった。
吹っ飛んだ地面はリィンが魔法によって修復しておくのを忘れない。
翌朝。
少女は妙な夢を見たせいで、日の出よりもだいぶん早く目が覚めてしまった。
《変な夢を見た気がする……けど覚えてない》
《何かの前兆かな?》
《いやいや、ただの夢だよ?》
《お兄さん、ここはお兄さんの世界とは違って、そういうことがあるんだよ? 気に留めておこう?》
《まぁ……そこまで言うなら》
二度寝するには半端な時間だった。
そこで少女は中庭に誰もいないことを確認して、井戸の水で行水した。
夜のうちにかいた汗を洗い流したのだ。
ひとしきりさっぱりしたところで、目が合ってしまった。
レイヴンと。
「うわああああ!!」
それはレイヴンの悲鳴であった。
「うわぁあ!?」
その悲鳴に驚いた少女。
思わず、タオルを取り落としてしまい、再び全裸となってしまった。
「うわあああああああああ!!」
その悲鳴に、他の客や宿の者が飛び出してきて、その光景を目撃。
「「「うわあああああ!?」」」
時告げ鳥も負けじと鳴きだして、悲鳴と鳴き声の大合唱の様相を呈したのだった。
なぜレイヴンがそこにいたのかというと、かなり前から隠形の練習をしていたのだが。
そこへ少女が後からやってきて、彼の前で行水をはじめ、声をかけるタイミングを逃してしまい、最悪のタイミングで事件がおこったのだった。
先日の全裸事件を噂で聞いていた宿の客は「命ばかりはお助けを!」と少女だけでなく、ディッダ、リィンにも頭を下げていた。
どんな噂であったかはここではあえて記すことはない。
ただ、レイヴンの悲鳴の理由を考えていただければよいだろう。
この事件のせいで、出発が遅くなったものの、本日はノヨシの武具店へ向かう予定であった。
《なんか……悲鳴を上げられるのは……傷つくよ》
《逆に襲われるよりはいいじゃない?》
《お兄さんは、女の子感覚を養った方がいい。いずれ、そうなるわけだし》
《いやいや……まだまだ先でしょ!》
(だったらいいんだけど……どうなのかなぁ)
昼食後、ノヨシの武具店には、鍋ぶた旅団全員で向かうことになった。
リィンの注文していた『魔力回復効果の付いたチョーカー』が出来上がっていた。
「ほれ、これじゃ」
特に包装されているわけでもなく、そのまま手渡された。
それは黒いバンドに、神秘的な桜色の輝きを湛えた石が美しい逸品だった。
「わぁ……キレェ」
うっとりした表情でリィンがそう言って、まじまじと眺めていた。
「で、お前さんらは決まったのか?」
キーンは鎧と盾を新調し、レイヴンは同じく鎧を新調した。
キーンは防御性能を上げるために、レイヴンは静寂性を高める方向で話を進めた。
薬師のエドモンドは、薬の効果を高めるためのカバンを購入。
これで鍋ぶた旅団の防御力、火力、情報収集能力、回復力、魔法対応能力が強化され、さらなる活躍が見込まれる。
ノヨシが未だに決められない少女を見かねて、奥から出してきたものが在った。
「瞳と同じ色の石は昔からお守りとして重宝されておってな、お前さんの黒瑪瑙の瞳にはちょうどよかろう」
それは『黒銀の絡みつく蔓が黒瑪瑙を支える指輪』だった。
「実はよくわからん代物だが、悪いものじゃぁない。おそらく当時流行った『月影の指輪』の一種だろう」
「月影の指輪?」
「なんじゃ知らんのか?」
そういってノヨシはその指輪を掌で転がしながら、説明する。
「これが作られた時代はのぉ、精神に対する魔法の研究が盛んだった。で、人の心を操るような魔法から身を護るものが多くつくられたんじゃな。これもそのひとつじゃと考えられておる」
「呪いの指輪かも」
ノヨシの解説にディッダが茶々を入れる。
「意匠からして森詠族が作った物だろう。呪がかかっているとすれば暗い森で鬱々と暮らしている森詠族のものじゃろうなぁ」
「暗いというなら、ゴブリンみたいに穴の中で暮らしてる大槌族こそ呪いをかけてそう」
「また始まったよ」
少女は呆れて溜息をついた。
「髭もじゃデブゴブリン!」
「耳長ナナフシ!」
「もうほんとやめて!」
少女が止めに入るも話はあらぬ方向へ行くことになる。
「メル!焼き払え!」
「えぇ!?」
「ゴブリン退治は冒険者の務め!さぁ!」
「リィン止めてよぉ」
「多分……仲がいいんだよ」
肩をすくめながらそういった。
随分と軽い扱いである。
「……」
少女にはディッダの目が冗談を言っているようには見えなかった。
結局、キーンたちの説得で事なきを得ることができた。
普段クールな印象のあるディッダだが、なぜかノヨシに対してはやたらと突っかかる。
今回が初めてというわけではなく『相手が大槌族なら大体こんなもん』とはレイヴンの証言であった。
ディッダは旅団メンバーに連行され、距離を取らされていた。
ノヨシは思い出したかのように指輪を取り出し、少女へ手渡した。
ディッダが何かを言いたげにしていたが、少女は苦笑いを浮かべただけで、指輪を受け取った。
「この指輪は精神を安定させるのに有効じゃから、夜はぐっすり眠れるぞ」
「そこは別に困ってないけど……まぁでも、ありがたく頂きます」
試しに指輪をはめてみる。
その時だった。
月影の指輪が幽かな光を宿した。
それを見たノヨシは驚き、さらなる変化に息をのむ。
「おお、幽かに光がともっておるな……こりゃぁ黒瑪瑙かと思っておったが、もしや『星闇石』かの」
そういって、少女の目を見あげると、そこには指輪以上にはっきりと、揺らめく赤い十字の光を宿した瞳があった。
「なっ!?……おまえさん、そりゃ……」
ノヨシは慌てて少女の指から指輪を外すと、改めて少女の目をのぞき込む。
そこには、ただ美しい黒瑪瑙の瞳があった。
「ふぅ……そうか、お前さん――その瞳の事、誰にも言うんじゃないぞ。災いのもとじゃからの」
声を潜めてそういうノヨシにただならぬ雰囲気を感じ、少女は聞き返す。
「瞳?私の瞳がどうかしたんですか?」
「……気づいとらんのか?ここにはないが、鏡を見てみるといい。誰もいない時に、指輪をはめての」
「いったいなにがどういう……?」
「星闇石というのはの、【眠りの女神】が民の安らぎを願って流した涙が、大地にこぼれた時に結晶してできたと言われておるの」
少女には全く自覚もなく、瞬かせてみたが何も変わらなかった。
「星闇石はその由来からもわかる通り、神秘の塊での。原石の状態での発見はなく、遺跡からの発掘でしか手に入らん。その神秘的な輝きから人気は高く、場合によっちゃどんな手段を使っても……なんて連中も出てくる。たとえば裏社会の連中なら、つながりのある貴族に売ったりもするだろう」
「石?なら、その 瞳とは関係ないのでは?」
「なんじゃ知らんのか? モンスターは死ねば素材を残す。ヒトも……まぁ、例外じゃない。石化の魔法を掛ければ、そのまま残ることもある」
「……」
「つまり、素材を狙う連中にとっちゃ、お前さんが素材になるかもしれん、ということじゃ」
《そうなの!?》
《そうだよ?逆になんでそうならないと思ったの?》
《だって……ヒトだよ?》
《同じ生き物だからね?ヒトだけが例外なわけないじゃない》
「その指輪が星闇石だとわかった以上、お前さんが持っておれ。お前さんや、お前さんの大事な人を守ってくれるじゃろうて」
《そうなの?》
《そうだよ?》
《なんで?》
《……そういうものなのよ》
《了解》
少女は指輪をそっと握りしめた。
冷たい石は、なぜか胸の奥を温める。
それが守りとなるのか、それとも試練を呼ぶのか――まだ誰も知らない。
駆け足で進みましたが、いかがでしたか?
気になるところなどあれば教えてください。
よろしくお願いします。




